87話 帝国

 義清は使者の求めに応じて砂丘を下り盆地へと向かう。従うはエカテリーナとベアトリス、ラインハルトにゼノビアら側近と数人のボア族の護衛だ。

 向かいの砂丘からも下ってくる者達がいる。護衛の者達は騎士と歩兵が数人。

その前を歩く人物はマントの色は騎士と変わらないが、膝から下にしか鎧を付けておらず軽装だ。上半身は鎧を付けずにマントよりも明るい青い服を着ている。髪は茶色で短髪、歳は三十代といったところか。上唇の上に薄いヒゲを生やしている。

 そして彼らを従え一番先頭を行くのが総大将だろう。淡い赤色のマントをまとい、手足と兜を黄金の鎧で覆っている。胴の鎧は淡い青色の小さな楕円の金属をいくつも繋ぎ合わせている。さながら龍の鱗のようだ。その鱗は太もも辺りまで覆っており、ある程度の伸縮に耐えるようだ。茶色い長髪は腰ほどまであるが、後ろで編んでいるため正面から見ると短髪に見えた。年の頃は二十代後半といったところだろうか。碧色の瞳が特徴的だ。

 一行はお互いの陣の中間に位置する盆地で会談することとなった。

まず口を開いたのは軽装の男だった。


「聞け。ラファルノヴァ帝国第三王女、ナタリア殿下のお言葉だ」


男の言葉に続いてナタリアと呼ばれた女が言う。


「ラビンス王国とのたたかい見事であった。我らと敵対しないというのは喜ばしい限りだ。我らは父、デューラー王の命によりこの砂漠に住まうクロディスの民と呼ばれる部族を従えに来た。我らに協力するのであれば褒美を約束しよう」


義清が答える。


「北の地を統べる帝国の王女にお会いできるとは光栄だ」


義清は敬意の表れとして手を胸にやり、左足を半歩引いて軽くお辞儀した。無論だが義清はラファルノヴァと呼ばれる帝国がどれくらいの規模のものなのか知らない。知りはしないが相手を立てる為にこうしているのだ。何よりここで義清たちが異世界から来たことや、この世界のことをあまり良く知らないことなどの手の内を見せる必要もない。


「我らここより南の大森林から来た‥‥」


義清はここではたと気づいた。義清たちは自分の国の名前を知らない。転移前の国の名前は後で王からもらえる事になっており、その前に王国から攻められた義清たちは国の名前がないのだ。


「大森林から来た‥‥大禍国おおままがこくだ」


「オオマガ‥‥?、聞かないなだ」


「我が国の言葉をもじったものだ。知らぬのも無理あるまい。申し遅れた、ワシは大禍国おおままがこくを束ねる義清という」


 義清は咄嗟とっさにひねり出した大禍国おおままがこくとは逢魔時おうまがときをもじったものだ。逢魔時おうまがときは元は大禍時おおまがときと書く。意味は夕方の薄暗くなった刻限で昼と夜の移り変わる狭間だ。このぐらいの時間になると幽霊や妖怪の様な禍々しい何かが、そろそろ起き出してきて活動を開始する時間になってくる。現実と他界の境界線が曖昧になる時間だ。魔物に会う(逢う)と如何にもそれらしい字だが、本来は大きな災い(禍)を被る時間である。

義清はこの大禍時おおまがときの「時」の字を意味が似ている、「刻」の字に置き換えて「こく」と読んだのだ。そして最終的に大禍国おおままがこくとしたのだ。


「大森林に国は無いと聞くぞ?」


ナタリアが訝しげに聞く。


「いわゆる新興勢力よ。ラビンス王国とは目下しのぎを削っておる最中でな。先程のいくさも我が国の同胞にちょっかいをかけていたのでな、踏み潰したまでのこと」


「同胞とは?」


「そちらの話に出たクロディスの民の事だ。同胞の求めに応じ、我らは彼らをラビンス王国より開放した」


ここで青い服の男がナタリアにそっと耳打ちした。


「ラビンス王国にはヴォルクス家がおります。遠い血族とはいえその伝手を頼って真偽の確認がでます。ここは王都に一度王都に戻り確認してみては?」


この言葉にナタリアは男を睨みつけた。男はハッしてバツが悪そうに笑う。

ナタリアは義清の方に向き直ると言った。


「我らはクロディスの民を虐げようとしているわけではない。あくまで父、デューラー王の命はこの砂漠での通行を確保すること。クロディスの民が我らの求めに応じ、砂漠の案内をするというのであれば、こちらも無礼を働くつもりはない」


「そして我らとここで死闘を繰り広げずに済むと?」


「それは脅しか?義清」


「事実だ。同胞を無下にする輩はどうなるか見たはずだ」


ナタリアは義清を睨みつけた。ナタリアには手ぶらで王都に帰れない理由があるのだ。

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