77話 強襲2-1

 ゼノビア率いる土蜘蛛部隊がオアシス中心部に入ると、そこはもぬけの殻となっていた。

 満々と水を湛えるオアシスの周りには下草が生え、少ないが高い木々もある。オアシスの中心部に建物ほとんどなかった。オアシス中のどの建物よりも大きな、巨石を積み上げてできた祭壇の様な建物がオアシスのほとりに建っているだけだった。その建物の周りにはテントがいくつか建っている。テントにある紋章から察するに貴族軍のものに違いない。テントのほとんどは踏み荒らされている。慌てて退却した様子がうかがえた。貴族軍の幹部や司令官のピエールのものと思わしきテントは特に激しく荒らされている。兵士が逃げていく際に略奪して言ったのだろう。


「わかっちゃいたけど、主力は逃げちまってるね。兜首は取れそうにないね」


「急げば敵の最後尾には追いつけるかもしれませんが、せいぜい雑兵の首を取れるくらいですかな」


ゼノビアが言うとヴェアヴォルフの戦士が一人アセナから降りながら答えた。この戦士はゼノビアの先行隊が土蜘蛛本隊と合流するまで、本隊の指揮をとっていた。


「それでは、大将が騎乗しないことには始まりませんからな。どうぞ」


戦士はアセナの手綱を携えてゼノビアに騎乗するように勧めた。ゼノビアも礼をいってアセナに飛び乗り指示を飛ばす。


「あの大きな建物に部隊旗を掲げな!!何人か旗の護衛に残す。あとから来た部隊に旗を引っこ抜かれたんじゃ、たまったもんじゃないからね。それから部隊を2つに分ける。1つ目の隊は敵の主力を追撃しな。黒母衣衆が待ち伏せてる東側に上手く追い詰めるんだ。追いついても手柄を横取りするんじゃないよ!!」


 ゼノビアの乗るアセナは興奮しているらしく、その場で足踏みしたり前後に動いたりと落ち着きがない。落ち着かせるためゼノビアが首元をパンパンと叩く。これでここが安全だと認識させるのだ。毛皮が厚い動物にはこういうときは叩かないと伝わらない。なでるだけでは興奮状態のときは刺激に鈍感で伝わらないのだ。


「2つ目の部隊は、尾白と鴻部隊に合流しな。両隊と協力してオアシス内外から挟み撃ちだ。降伏した敵兵には手を出すんじゃないよ。ただし、怪しい動きをした者は別だ、即座に叩っき切りな。疑わしきは殺せ、だよ。いいね!!」


 部隊から再びオオォーという掛け声が返ってきた。すぐさま大きな部隊旗がオアシス中で一番高い建物に掲げられる。その間に部隊は追撃とオアシス制圧を受け持つ2つに分けられていく。旗を掲げ終わり部隊を分け終わるとゼノビアはアセナに乗りながら2つの部隊の前に立って言う。


「他の隊にオアシス中心部一番乗りを知らしめるんだ!!ときの声を上げるよ。良いか良いかーーー」


『『『オオオォォォーーー!!』』』


 この声はオアシス中に響きわたり、他の2隊はその声に導かれてオアシス中心部へと視線を移す。そしてそこには土蜘蛛部隊の旗印である、黒布に白地ではっきりと「蜘蛛」の字があった。この瞬間、尾白と鴻の両隊は一番の大手柄であるオアシス中心部一番乗りを土蜘蛛部隊が取ったことを知った。両隊の戦士は悔しがり、それを貴族の兵士へとぶつけ、遭遇する兵士たちを次々と倒していった。

ゼノビアは気分を良くして更に続けた。


「もう一回いくよ、良いか良いか」


『『『オオオォォォーーー!!』』』


 オアシス中心部制圧、貴族軍主力敗走。このしらせはすぐに義清達がいる本陣にも、八咫烏を通じてしらされた。

義清はその報せを聞いて笑顔を浮かべた。


「やりおったな、ゼノビア」


「隠密失敗と強襲作戦へ移行の報せを聞いたときはどうなることかと思いましたが、無事で何よりですわ」


エカテリーナも安堵のため息を漏らしながら言う。


「ワシは心配なぞ、しておらなんだぞ」


「誰に聞かれるでもなく言うところに、心配していたことが見え見えですぞ」


義清の強がりを見透かしてラインハルトが言った。


「義清様はお優しい方ですからね」


ベアトリスが子供の様な笑顔でニコニコとしながら言った。


義清はなんだか照れくさくなり頭をかいた。

誰からともなく笑い声が漏れて本陣は和やかな雰囲気に包まれた。


「緊急!!、黒母衣衆より急ぎの報せ、黒母衣衆前面に展開中の部隊はいづれれの部隊か!!当該部隊は多数の生物に囲まれつつあり!!即刻退避せよ!!」


突然陣幕の中に入ってきたボア族の伝令の声が、先程までの和やかな雰囲気を跳ね飛ばした。

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