11 強制排敵ミッション

 死んだ。食われた。ワームに丸呑みにされて死んだ。

 ここがあの世か。随分と真っ暗だ。おまけに酷く生臭い……


 絶望的な思考の積み重ねを、真っ白な光が文字通り

 黄泉の国へと堕ちるさなか、咲の視界が真っ二つに裂けた。暗闇を割った閃光は縦横無尽に駆け巡り、暗転した世界へ幾重もの亀裂を入れる。


 それからほんの一拍後。空間に走った光の筋がほどけ、これにつられるようにして周囲の闇が崩れ落ちた――切り刻まれた砂蟲が少女だけを残し、ばらばらに崩壊していったのだ。



 再び開けた視界には、死骸と穴ぼこで荒れに荒れた砂地と、地鳴りを轟かせるモンスターの群れが変わらぬ様子で存在する。

 ……いいや、変わっているものもある。怪物のよだれと体液にまみれどろどろになった咲と、その前に佇むヒトの姿だ。


「……だ……誰……?」


 艶消しの黒衣を纏った背中は、一見すれば普通の成人男性と見紛うものだった。しかしその袖から覗く肌――血色のかけらもない陶磁器ビスクの肌と、手首や指のひとつひとつに嵌まる球体関節が、彼をヒトならざるモノと証明している。


 仮面マスクを載せた首からは呼吸の気配を感じず、アイホールの奥にはただただ真っ黒な空洞が続くばかり。彼は……いや、これは人形だ。ヒトの姿を真似た傀儡くぐつだ。



 そして今、人形は軽やかなステップを踏み、咲の頭上を飛び越えた。直後、少女に群がる大ミミズへと、両腕に仕込んだ薄刃ブレードを突き込む。


「っ危な……!」


 殺到する人形とワームが交差した瞬間、互いの動きが停止したかのように見えた。しかし一拍後、後者の巨体がずるりと斜めに、積み木崩しみたいに頭部を落とす。首無し死体は自らの死にも気づかず突進したものの、数メートル程で自重にひかれ、あえなく砂地に倒れ込んだ。


 ただの仕込み刃では巨大なワームの首なんぞ切り落とせまい。

 これを可能とさせるのは、人形に組み込まれた絡繰からくりが薄刃を高速度で振動させ、一種の高周波ブレードを形成しているからだろう。その証拠に、黒衣の周囲に降り注ぐ血飛沫だけが一瞬で気化して赤い湯気を上げている。



 人形は砂蟲の間を飛び交っては瞬く間に細切れにしていく――余りに現実離れした光景に、咲はぽかんと見入るばかりだった。するとそんな自分のもとへ『狂想曲カプリッチオ』が届けられる。


「お怪我はありませんか、サキさん」


 そう言ってこちらを助け起こしたのはセトだ。

 彼女の手を握り返したとき、そちらの指に嵌まるリングが目についた。更に咲の動体視力は指輪のみならず、そこから伸びる微細な煌めきをも捉える。


(――これは……糸?)

 集中して目をらさねば視認すら出来ないぐらい、極々細い十本の糸。セトのリングから放たれるその線の先端は、吹き荒ぶ砂煙に紛れていて目で追う事が出来ない。

 だが時折幻のように閃く方向には、決まってあの黒衣がいる。指輪と繋がる懸糸けんしがあの傀儡を操っているのだ。


「ご安心を。あれは『アマティ』。僕の大切な操り人形マリオネットです」


 人形を示す手を胸元へ添えなおし、女性は優美に一礼する。まるでショータイムを迎えた演者の如く。


「サキさんのお目に掛かるのは初めてですね――それでは僭越せんえつながら、彼の舞踏を披露致しましょう」


 セトはそう宣言するや、長い指先で宙を叩いた。


 一流ピアニストのような指捌きをみせる度、マリオネットは生き物さながらに踊り狂う。いや、生き物ではないからこそ、常軌を逸した動きが出来るのだろう。

 平衡感覚を持たぬ人形は砂蟲の頭上を自在に飛び回り、その巨体へ乗り移るごとにブレードで微塵に切り刻む。着実に、そして迅速に敵を殲滅せんめつする手際には、少女も「すごい」と目を見張った。


「サンドワームをいちいち相手取ってはキリがありません。サキさんは左翼側から群れを追い込んで下さい。僕が右翼側を担当し、纏めて掃討致します」

「わ、分かった! 任せて!」


 同僚に導かれ、こちらもやっと我に返る。目元にこびりつく粘液を拭い去った時には、咲の碧眼にも強い光が戻っていた。


 砂地を蹴って左側面へ回りつつ、シリンダーから空薬莢やっきょうを排除。代わって雷撃弾を装填し火力の底上げを図る。

 咲が銃口を閃かせれば、硝煙すら霧散させるほどの雷光が蟲どもを襲った。直撃を食らった数体は全身を痙攣けいれんさせて地に沈み、残るワームは大気を震撼しんかんさせる過電圧におののきワラワラと中央へ逃げていく。


(それにしたって数が多いっ……!)

 微かな地響きに勘付いて飛び退いた直後、螺旋らせん状の牙が足もとから突き上がる。受け身を取って地を転がりつつ、すかさずそちらへ弾丸を速射。ハチの巣となった怪物の首が地中へずるずると戻るのを尻目に、咲は急いで戦場を把握した。


 営巣コロニーを派手に荒らしているのが原因か、砂の底から湧いて出る蟲たちは数を増すばかりだ。雷撃と威嚇射撃を使い分け追い散らしているものの、一方に構っているうちに別の方向から敵が寄ってくる。むしろ中央でニケが暴れ回っているおかげで、そこから逃れようとしたワームが左翼側こちらへ群がって来てさえいる。

 せめて敵の『足』を止めなければ一網打尽にするのは難しい――しかし巨体をくねらせて進む大ミミズの脚部なぞ狙えない。それなら一体どうすれば……!


「――〝足止め〟……?」


 咲が歯噛みしたところで、脳内に一案が閃いた。


 『足』をといったら、自身で体験したばかりではないか。



 咄嗟に『狂想曲カプリッチオ』を自動型へ変更するや、咲は銃弾を躊躇ちゅうちょなくばらまく。しかしその照準は左から追い込む者達でもなく中心からあぶれた者達でもなく、中央の砂地へ向いている。


 地面を穿うがつ弾丸が猛烈な砂煙を巻き上げた――転瞬、その薄茶の幕を突き破り、幾重もの蔓がワーム達を襲った。弾丸で刺激された植物の罠が、付近で動くもの全てを手あたり次第に引き摺り込んだのだ。


 砂蟲も共生しているモノたちに牙を剝かれるのは想定外だっただろう。左翼へ寄ろうとした巨体はことごとく絡め取られ、また左翼側の残党は引き続き中央部へ追い込まれる。

 止め処ないノズルフラッシュを焚きながら、咲は一瞬反対側をうかがった。人形を伴って駆り立てるセトが、右翼から賞賛の笑みを向けるのが見えた。



 両翼から押し寄せる大群は中央にて衝突する。

 逃げ場を失った者達の咆哮が一斉に轟く中、ニケが斧槍ハルバードを大きく振りかぶる。


「次から次へとウザッてェ! てめェら残らず串刺しにしてやらァ!」


 砂地を踏みしめる彼の足もとから刹那赤い光が散った気がした。だがそれは火花などではない。ニケの両足、また剝き出しの腕や首に刻まれた刺青が、燃えるような真紅に染まったのだ。


 タトゥーからほとばしる灼熱のオーラは、そのまま斧槍へと燃え移る。所有者の奔騰ほんとうする血気が現実に燃え盛る炎と化し、凶刃を明々と輝かせた。その時。


けェ、『ヴェルトクランク』!」


 引き絞られた斧槍が唸りを上げて宙を裂く。

 業火を纏った矛先は何十倍と膨れ上がり、その巨大な熱量と質量で砂蟲どもを貫いた。



 一瞬の空白。のちの爆炎。


 咲は真正面から爆風に叩かれ、危うく吹っ飛ばされるところだった。咄嗟に死骸の陰に飛び込んだのは我ながら良い判断だったといえる。

 大気の焼ける轟音が納まるのを待ち、恐る恐る様子を覗き見る。そして自らの目を疑った。


 五十を超える砂蟲は跡形もなく消え去っていた。恐らく桁外れの高温で消し炭すら残さず焼却されたのだろう。更に砂地の中心は直線状に深々と抉られて、その痕跡は視界の果てまで延々と続いている。

 恐ろしいのは、この強引にブチ抜かれた傷跡が、密林の遥か彼方……岩山のふもとまで達しているという事。咲は山裾を貫いたトンネルの先を見通そうと目を凝らし、途中で止めた。その先を辿れば辿る程、程度の行き過ぎた威力ばかぢからを思い知らされるようで、うんざりしてしまいそうだからだ。


 一方、当のニケは素っ気なく鼻を鳴らし、腕の一振りで斧槍『ヴェルトクランク』を再出現させる。そうしてまた何事も無かったように背負う姿を眺めてから、咲はふと、緑がかった体液と砂埃でぼろぼろに汚れた自分を見下ろした。



 あの時セトが助けに来なければ、とっくに腹の中で消化されていた。どんなに腕に覚えがあっても、たった一度の油断が命取りになる。今まで積み上げた人生も抱いた理想も守るべき信念も、死んでしまえば全てが一瞬で水の泡になる。


 ボタンひとつでリセット出来るゲームの世界とは比べ物にならない。これが、グランドールのダンジョンだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます