22 Hello, my world

 自動制御機構オート・パイロットによってゆっくりと持ち上がった飛空艇が、海面に落ちる影を徐々に縮小させていく。

 巨大な気嚢きのうは船体を浮揚させ、また最新鋭の魔導機構エンジンによって回転されるプロペラは、多量の風の魔力を孕み力強い推進力をもたらした。船体は流れるように岬から上昇するや瞬く間に回転数を上げ、毎時三百キロにも及ぶ高速で雲海へと突入する。


 客間兼居間シッティング・ルームの窓ガラスから、フラナガン城の明かりを見下ろせたのも束の間。灯火が麦粒ほどに小さくなった時には、分厚い雲の層に遮られ、オレンジの光点も見えなくなった。

 そして丁度そのタイミングで、飛空艇エトワールに集結した面々が「せ――の!」と一斉に声を合わせる。




「改めて――……天志屋に就職おめでとう! サキちゃ~ん!」




 パパパパァン! 連続する破裂音は盛大に打ち上がった小型花火と、コルクを炸裂させたシャンパンの二重奏だ。


 放射された火花は天井に反射した途端七色の光芒を部屋いっぱいに振り撒く。きらきらと乱舞する虹の雨や、頬っぺたに浴びる白葡萄酒の泡に、咲は喜悦の声を上げた。

 乱反射する輝きと芳醇なアルコールの香りでクラクラしてしまいそう。けれど、湧き上がる高揚感によっていずれそれらも気にならなくなる。



 天志屋主催で幕を上げた、咲の為の歓迎会――もとい万事屋への就職祝い。


 こうなったのも、全ては咲自身の交わした『契約』に基づく。

 自らの護衛と引き換えに少女が差し出したのは『自分自身の存在全て』。つまり天志屋への献身を代償として契約した。


 献身はすなわち奉公、就労として解釈された結果、このような状況にまで至る。

 『風の国』での騒動にも決着をつけた今、咲は晴れて天志屋従業員〝見習い〟となったのだ。



「……あれ、見習い? ちょっと待って、何で私だけ見習い扱い?」

「だーって正式な従業員にするには実力不足なんだもーん。それともナニ、小間使いとかの方が良かったカナー?」

「見習いよりも格下げされてるじゃん! ハティだって一人前なんだよね? 私こんなちっちゃい子、っていうかニャンコよりも立場下かな!」

「ダメダメ、ハティを馬鹿にしないの。悪口には敏感なんだからサァ」


 ラヴィのやる気無い警告を食うそばから、食らい付かれた。猫耳の幼子に思いっきり噛み付かれ「いたぁ!」浮かれ気分も容赦無く吹き飛ぶ。いかに人型に変わったとて、その歯列の鋭さは牙と同レベルなのだ。


 テーブルいっぱいを埋め尽くすご馳走と、白磁の巻貝から奏でられる軽やかな鍵楽器の調べ。それらを各々楽しみつつ、天志屋は高い音を上げてグラスを打ち鳴らす。

 今もまた、痛みでひぃひぃ呻く新参者のもとへ、イリスがグラスを持ってやって来た。こちらが飲酒出来ないからか、乾杯酒の代わりにジュースを手渡してくるその少女は、上機嫌に声を弾ませる。


「だけど、サキちゃんがお仕事に就いてくれて嬉しいな~! ワタシね、ずっと女のコの仲間がほしかったの! サキちゃんみたいに可愛いコなら大歓迎~!」

「イリスちゃん……私の天使! ありがとうこれからも宜しくね!」

「そうそう、俺もサッキーが加入したらイイなーと思ってたんだヨネ! 荷物持ちとか靴磨きとかマッサージとかサンドバッグとか! サッキーにピッタリな役目が滾々こんこんと思いついちゃうんだヨネ!」

「ラヴィは端から反対してたっていうか同じ土俵に立って考えてすらいないよね! 貴方の小間使いになるなんてこちとら死んでも御免だからね!」


 美少女との癒しの時間もものの数秒で台無しにされる始末。腹立ちまぎれにピンチョスを手投げ弾よろしく投擲とうてきしまくるが、いずれもラヴィに捕食キャッチされてしまう。何という屈辱的な完封負け。突き刺した串ごと丸呑みしているのが怖い。


 同僚になる前もなった後も、この派手頭に対する印象はいけ好かないままだ。むしろともに過ごす時間が増える分だけ偏屈具合が露呈する。あんな性格のひん曲がったヤツと仲良くなんかなれそうもないんだけど……。

 と、咲が考えた段階で、ふともう一人の不仲な人員に思い至った。今更その存在を思い出したのは、問題の青年がこの場にいないせいで半ば忘れていたからだ。


「……あれ? ねえセトさん、あのおっかない顔の男の人は……」


 きょろきょろと辺りを見回しつつ、傍らの女性に問いかける。すると相手は澄まし顔に薄く微笑を乗せた。


「セトで構いませんよ、サキさん。ニケの事ならどうぞお気になさらず。

 少々人間ヒュム嫌いの発作が過ぎるので、別室に監禁しているだけですから。何の問題ありません」


 ……それって私は問題無くてもニケにとっちゃ大問題なんじゃ……?

 内心つっこみたくて堪らないものの、穏やかなセトの笑みに有無を言わさぬプレッシャーを感じ、大人しく引っ込む事にした。仮にも自分の祝いの席なのだから、不穏な要素には触れぬが吉。……例え、よくよく耳をすますと、唸るような怒号が遠く轟いていようとも、素知らぬふりを決め込んだ方が良いだろう。


 そうこうしている内に、咲の取り皿には女性陣からのお裾分けが盛り付けられ、華やかなオードブルが完成する。グラスが空けばすかさず新しい飲み物を注がれる。主役に相応しいチヤホヤぶりに、ニヤけ面が戻るのを自覚した。



 イカレポンチラヴィヤクザ者ニケなどの一部例外はあれど、自分の加入が歓待されたのは、素直に嬉しいと感じている。

 周りの反応から察するに、自身のような人間……魔法術の一つも扱えないヒュムの娘が天志屋へ仲間入りするなんぞ、特例中の特例なのだろう。従業員らから猛反発を受けずに済んだのは、店主代理たるセイの目が光っている為も大きい。


 だが一方でイリス達のように、純粋に自分をあたたかく迎え入れ、同胞として認めてくれる者達の存在が喜ばしかった。これまでずっと『客人』として肩身の狭い思いをしていた咲にも、ようやく自分自身の居場所が得られたのだ。


(今日から飛空艇ここが家になる。私、やっとそう言える場所が出来たんだ――)

 安心する気持ちが五割、期待に胸を膨らます気持ちが四割。残り一割は常識知らずな同居人達に対する一抹の不安だが、総合してポジティブな感情が上回る。



 ――それに天志屋は常に世界を渡り歩き、多種多様な各国の知識と触れ合う。彼らと行動する事は、故郷へ帰る手段を探し求める上でも都合が良い。


 更に、彼らの行使する異能の力を知り、またグランドールに生ける異形の生物を理解すれば、自分が長年追い求めている〝ばけもの〟――家族を襲った仇の謎を解くヒントが見つかるかもしれない。



 様々な思惑があってこの結果に帰着したわけだが、全ては咲自ら望んだ事だ。

 そうしみじみと実感している最中、参加者の一人がソファーの隣に乱入してきた。ディアンだ。


「よーう、サキ! 事件の話は聞いたぜぇ。何でも相当活躍したらしいじゃん?」

「そ、そうかなぁ! ふへへ、そう言われると照れちゃうなあ!」

「照れとけ、照れとけ。この店にゃヒトをけなして罠にハメて徹底的に気力をムシり取ろうとする輩がいるからな。褒められて伸びるチャンスにゃ全力で食い付いておかねーと。隙あらば精神的にハゲ山にされるぞ」


 言いながら、ゴーグルの下の目がちらりと他方を掠め見る。視線の先でラヴィが早くもデザートの山を貪っていたものの、あえて何も指摘すまい。


「それからコレは、オレからの就職祝いな! 徹夜で作ったんだから大事に扱えよ~!」


 ディアンは八重歯を二ッと見せて笑うと、こちらに贈り物を押し付けた。とはいえ剝き身の品に適当な布切れを巻き付けただけで、リボンすら使われていないけれど。おかげでプレゼントの中身がすぐ分かる。



 それは一丁の拳銃ハンドガン。しかも咲が今まで見たどれよりも「美しい」といえる代物だった。


 無骨で角張った形状の『狂想曲カプリッチオ』に対し、新たに手にしたそれは曲線をメインに形作られている。銃床など本体の大部分は真珠を溶かしたふうな乳白色の材質で装飾され、銃身や撃鉄といった一部のパーツは金で組み上げられていた。

 長く迫り出すバレルや、ツノみたいに迫り出す大型の撃鉄コック。そして銃身に直接弾丸を装填し、コックに装着された火打石を打ち下ろす事で火薬に着火させる独特の機構は、今時珍しい火打石フリントロック式だ。


 複合型で機能性に優れる『狂想曲カプリッチオ』に比べ大分シンプルと呼べる構造。しかし実際手にした際の感触は段違いだった。初めて握ったとは思えぬぐらいグリップが馴染み、掌へもぴたりと収まる。


「これって、この前お願いした……!」

「そっ! 正真正銘サキ専用にカスタマイズした、世界に一つだけの魔導銃! その名も『ファツィオーリ』!」



 まるで生まれた時からおしゃぶり代わりに持っていたかと錯覚する程、しっくりくるのはその為か。

 製造者も度重なる調整を経た甲斐かいあり、このお披露目に鼻高々だ。


「……まあカスタムっつっても元々開発途中だったモンをサキのデータに合わせて設計し直したんだけどな。何にせよ、今まで使ってた『狂想曲カプリッチオ』とは威力も性能も別物だから! 使い方色々試すといいぜ!」

「ありがとうディアン! 先込め式の銃なんて、ショットガン以外にあんまり使った事ないんだけど……軽いし手に馴染むしキレイだし、凄くイイ感じがする!」

「そーかそーか、実際すげーイイ仕上がりだぜ! つーかお前ショットガンぶっぱなした経験は有んのな!」


 想像以上に扱いやすい拳銃ファツィオーリを難なくスピンさせながら、咲は感嘆の息を吐く。この世界ではどうだか知らないが、フリントロック式といえば現代じゃ骨董と呼べる代物だ。これまで多岐にわたる銃火器の扱いを叩き込まれた自分でさえ、海賊映画でしかお目に掛かった事がない。

 物珍しさに加え、これもまた『魔導銃』であるという未知数さが好奇心を掻き立てる。咲自身無自覚ではあるものの、養父の度を越えた銃器愛を養子おのれも受け継いでいるのかもしれなかった。


「なんかワクワクしてきたよう! 試し撃ちするのが今から楽しみ――ダアッ!」

「あらまー弾丸ブチかますのが楽しみなんだってぇ! ヤダー、サッキーったら野蛮人!」


 突如後頭部をどつかれたせいで、変に気合を入れた語尾になってしまう。他人の楽しみを邪魔するのはいつだってラヴィの仕業である。


「魔法術よか肉弾戦が大得意なゴリラ系女子のくせに、この上武装化までする気? どんだけ物理攻撃力に特化するのサ。ゴリラ感も倍増させて、ゴリラ・ゴリラ・ゴリラに進化するつもりー?」

「それって単にゴリラの学名だよね! 何なら貴方の派手頭で試し撃ちしてあげましょーか!」




 ――貰ったばかりの銃器をぶん回し、騒々しい鬼ごっこが勃発する。天志屋の諸先輩らが暢気のんきに野次を飛ばす中、一人だけ一切の感情を浮かべぬ青年がいた。


 彼……セイはおもむろに懐へ手を差すや、取り出した武器をディアンへ渡す。

 それはセイ自身の得物でなく、追いかけっこ中の少女が使っていた魔導銃カプリッチオだ。


「先日の交戦で弾薬のほぼ十割を消費したらしい。暇を見て補充して置いて遣れ」

「へいへーい、任せとき。暇と言わず二徹覚悟でやっとくさ」


 店主代理の要望とあらば、何をおいても最優先せねばならない。そんな性分が従業員一同根付いているせいか、応えるディアンも慣れた様子だ。


 ただし、次の指摘を受けた時ばかりは、半笑いだった少年の表情も引き締まる。



「――試作として開発した『狂想曲カプリッチオ』は、精々拳大の火の玉を放つか、軽度の電気ショックを与えるのが関の山だった筈だろう」



 ゴーグル越しに覗くライムグリーンの瞳が、刹那大きく見開かれた。

 一拍後、ディアンは再び眠たげな眼に戻り、ぽりぽりと軽く頬を掻く。


「まーね、その筈なんだけどなぁ」


 受け取ったハンドガンを差し上げて、少年はそのまま天を仰いだ。

 設計から素材選び、各種部品精製、魔力補正……。あらゆる工程を己が手で築き上げた技術士は、しかし自らの作品を前にして、明らかに困惑を浮かべていた。



 雑木林を何十メートルにわたり食い破ってなお、勢い衰えなかった業火球。宮廷の中庭一帯を氷漬けにした影響力。極めつけに、数多の命を喰らっておぞましい程肥大化した悪鬼を、解呪の呪文ひとつ唱える事なく、ただただ純粋な武力だけでぶち破った破壊力……。

 それら全てが、元々『狂想曲カプリッチオ』に備わる性能を遥かに凌駕してしている。これは開発者であるディアンにも想定し得ぬケースだった。


 そもそも機工術によって造られた武器とは、魔力を持たぬ者に予め設定された魔術的効果を発揮させる為のものだ。発動する技も効力も全て計算されており、使い手の才能の有無に関わらず、一定の結果を出し続ける。

 持ち主のポテンシャルなんぞには一切干渉されないのが、この魔導技術の強みでもある。――その定石が、ここにきて覆されようとは。


「サキ自身に潜在する魔力マナが、魔弾に着火して暴発バーストした……。そう考えるっきゃないだろうよ。

 本来魔力マナの影響を受けない機工術が、使用者の力に感応するなんざ有り得ねー。だけどなぁ……」


 そうボヤきながら、ディアンは上着のポケットをまさぐった。取り出した紙きれをセイへと手渡して「オレも最初は測定器の故障かと思ったけどよ」と付け足す。


 四方形の紙片には、何重もの数値の羅列が続いていた。傍からすれば、それは異国の暗号か、或いは何の法則性もないデタラメな数字のタイピングに見えただろう。

 だが一転、その解読法コードを知る者が読み取れば……誰もが正気を疑って目もとをこするに違いない。事実、ディアンも初見でそうした。更にあの神術師デウスまでもが、滅多に微動だにしない眉をほんの数ミリひそめたのだ。



は、人間ヒュムが持てる魔力マナの量じゃない。……セイは始めから知ってたんだろ?」



 どこか探るような眼差しが、指導者の横顔を見上げる。


 美貌は夜色の髪によって大半を覆い隠し、表情のほとんどはうかがい知る事が出来なかった――見えたところで無表情に変わりはなかったが。やがて、くしゃりと用紙を握り締めた時、その唇だけが微かに上下した。



「――有り得ない事は有り得ない、か……」



 短い言葉はディアンに向けたものでなく、セイ自身に向けたものでもない。


 何人なんぴとにも真意を見通せぬ右眼は、ただ、目の前ではしゃぎ回る桜色の少女を見据えている。




 無邪気に弾ける咲の笑みに、今この時は、一片の憂慮も有りはしない。

 一つの区切りを迎えた活劇への終息感、そして新たに幕を上げる旅路への予感に、彼女の鼓動は高鳴っている。


 異世界を巡る少女の冒険は、未だ始まったばかりなのだ。






――ハロー、ハロー。グランドール。


  まだ見ぬ世界を知る為に、失った答えを掴む為に。


  私はここで、生きていく。

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