14 RUN! RUN! RUN!

 度重なる銃声が土砂降りさながら鼓膜を叩く。吹き荒れる砂塵と爆炎は鼻腔を刺激してやまない。

 一方で、本来戦場に存在する筈の怒号や悲鳴といった類は一切無かった。代わりに途切れ途切れの唸り声が四方から迫り来るだけだ。



 回廊にそびえる石柱をくぐり、フラナガン城の中庭へと到達した咲、及びセイ。二人は銃口から噴く赤光しゃっこうと大太刀を濡らす銀光を、絶えず夜闇に閃かせる。


 互いに背中を預け合う中、咲の眼前の人工樹形トピアリーから青銀の甲冑が飛び出した。


「そこをっ……退けぇえ――――!」


 高い声で吠えながら、間髪入れず引鉄ひきがねを引く。着火した九ミリ弾は衛兵の振り上げたサーベルを弾き飛ばし、続けざま撃った第二弾が膝に命中する。


 装甲を貫通した銃弾は兵士を地に沈めたものの、それでも苦鳴の一つも上がらない。「ア」だか「ウ」だかの言語を成さぬ呻きを垂れ流し、しかも再び立ち上がろうと四肢を震わせ始める。

 穿うがたれた右足から噴き出す血にも、またその膝から下が奇妙にねじくれた方向を向いている事にも、まるで気付いていないかのように。


 畳み掛けてくる他の兵を、旋回させた足技で払い落としながら、咲は「ッも――!」と憤った。倒すそばから関節を狙い撃ちしているが、結果的に押し寄せる敵の総量が一向に減らないのだ。


「次から次へとウザったいなあ! 撃っても殴ってもゾンビみたいに襲って来るんだけどう!」

屍人ゾンビか。確かに自我と痛覚に欠けている点ではそれと相違無い。いずれも幻術で遮断されているんだろう」


 セイの言葉に鋭い風鳴りが重なる。一閃された神速の大太刀が、その剣風だけで殺到する重装兵を薙ぎ倒したのだ。

 更に返す刃から白銀の火花が散る。途端、回廊に隠れてこちらを砲撃しようとしていた砲兵隊が爆炎に呑まれた。彼らの構えていた火砲そのものが突如連なるように自爆し始めたのだ。


「とは言え幻術はまでまやかしの一種、肉体へ掛かる負荷は変わらん。即死させればそれ以上は動かないが」

「真顔で怖い事言わないでよ! この人達だって好きで襲って来てるわけじゃないんでしょー!」


 たった今自分が蹴倒した敵の面構えを垣間見て、咲は思わずウッとたじろぐ。濁った目玉は標的である筈の自分さき達に焦点を合わせておらず、半開きの口元からは涎をしたたらせていた。

 幻覚でコントロールされた彼らは、あくまで術師の操り人形に過ぎない。少女らを襲っているという自覚さえ持つ事を許されていないのだろう。


 だからこそ迎え撃つこちらが手こずっているのだけれど――。己が傷付こうが味方がやられようが士気を削がれる事もなく――いや〝士気〟そのものを存在させず、蟻の大群さながらに群がる軍勢。

 ただでさえ時間が惜しいというのに、こんなものを相手取っては埒が明かない。行儀悪く舌打ちしたい思いに駆られる一方、その背後でセイが呟いた。


「確かに、一々手間取るのも面倒か」


 得物を握る左手に再度白銀の光が爆ぜる。


 転瞬、銀光が長く尾を引き、その先で庭園を彩る泉が巨大な水柱を噴き上げた。

 泉水の底まで剝き出しになる程爆発的に打ち上がる奔流。それは一瞬で頭上を覆い尽くし、かと思えば大粒の雨となって庭中に降り注ぐ。


「――咲!」

「……!」


 鋭い呼び声が意識を叩く。咲は咄嗟に『狂想曲カプリッチオ』を操作し、回転弾倉シリンダー青の弾丸ブルーチップを装填する。

 同時に敵兵が戦斧を打ち下ろしてきたもののこれを回避。自ら足もとに飛び込みながら、濡れそぼつ地表すれすれを狙い撃った。



「っこれでも食らえぇ!」


 炸裂した氷結弾が、流星と化して地を駆ける。


 その青の軌跡を追うようにして大地は瞬く間に凍り付き、またそこに立つ兵隊をも巻き込んだ。ずぶ濡れの体は氷のかせによって両足から絡め取られ、何十もの軍勢が拘束されていく。



 壮麗な庭園が一転、一面のアイスリンクとこれを飾る氷像の世界へ変わる中。自らも氷のオブジェと化す前に、咲はセイによって掬い上げられた。

 魔法めいた跳躍力で対面の回廊へと舞い込んだ彼は、着地するや否や袈裟けさけに太刀を一閃。立ちはだかる青銀の壁を両断する。


「っすごいすごい! セイってば見てアレ、私魔法使いになったみたいー!」

はしゃぐのは後にしろ。このまま上階まで突破する。俺が先行し順路ルートを確保するので、咲は両サイドから迫る全敵兵を撃ち抜け」

「サラッと難題押し付けてくるよね! そもそも何でクロエが上にいるって分かるの!」


 慌てて相方バディの後に続きつつ、咲は『狂想曲カプリッチオ』を自動射撃モードへ切り替えた。

 再び魔導銃の火を噴き始めても、先導する方は戦下とは思えぬぐらい冷静だ。


「何故も何も、匂いを辿れば居場所は割れるからな」

「……におい?」


 えっコワ……。と、思わずドン引きしたそばから強烈なデコピンが飛んでくる。


「いッ、たー! そっちが変態チックな事言い出したのに何なのよう!」

「阿呆か。誰が公女の体臭の話をした」


 不意打ちのおかげで敵でなく肖像画の額をブチ抜くはめになったものの、撃ち漏らしたリカバリーはセイの担当だ。


 銃撃から逃れた衛兵が銃剣をこちらさきへ向けた瞬間、その腕に純白の刃が突き立つ。セイから電光の如く投擲とうてきされた大太刀が、青銀の板金すら貫通して兵士の攻撃を阻んだのだ。

 直後、突き刺さった刀身が空気に融け、白狼へと変幻する。ヒグマめいて巨大な獣は首の一振りで衛兵を跳ね飛ばすや、主の元までひとっ飛びで舞い戻り、ついでとばかりに追い縋る敵陣を蹴散らした。


 白狼と白刃。二つの形態を自在に操りつつ、青年は片目で階上を仰ぐ。



「先頃から、公女の魔器が放つ魔力マナ気配においが希薄になっている。……所有者の生命力の低下に応じて、魔器の力も弱まっているんだろう」



 瞬きもしない蒼瞳は、まるで天井も壁も関係無く全ての事象を見通すかのようで。

 その眼差しも、また彼の告げた言葉の意味も、咲の心身を引き締めるには充分な効力を持つ。


 表情に帯びる真剣みはそのまま。咲は切り拓かれた突破口を駆け抜け、上段から迫る敵影を撃ち抜いた。







 ――同刻。未だ戦乱の気配の及ばぬ城中枢では、くだんの囚われ人・クロエが近衛に伴われ連行されていた。


 観音開きの扉を開き、上層部の広間へ通された時、公女の曇った視界にその全貌が映る。

 広大な空間に幾重にも連なる石柱と彫像。見上げれば溜息の出る程麗しい天井画――公国を象徴する風切り鳥と、風の精霊らがたわむれるものだ――が頭上を覆い尽くす。反対に床には、正面扉からホールの最奥に至るまで、絨毯による真っ直ぐな道筋が描かれる。


 その道を辿って行き着くのは、乳白色の大理石と、赤子の頭部ほどもあるペリドットの原石で形作られた玉座。……そう、ここは正しくフラナガン城の玉座の間。


 そして今、件の席を埋める人影と、またその隣で守護神ガーディアンさながらに屹立する壮漢の姿を見て、クロエは無自覚に名をこぼした。


「……サルヴァス、お兄様……」

「久方振りだな、クロエ。息災で何より……と言いたいところだが、この状況ではそうもいかぬな」


 城内に居るにも関わらず、厳めしい甲冑で身を固めた長兄は始め、微笑みを向けてくれてように思えた。


 だが、ひとたび首を横に振った後。サルヴァスの顔面に浮かぶのはノミで削ったふうに荒々しい表情だ。


「城を離れる間に礼儀も忘れたか。陛下の御前ごぜんについておきながら、こうべの一つも垂れんとは」


 陛下――その名を聞いた途端、クロエの全身に急激な緊張が走る。

 だが、いざ正面に腰掛ける人物を臨んだ際、公女は別の意味で頬を強張らせた。



「…………お……とう、……さま…………?」


 彼女が呼び掛けに疑問符を足したのも無理はない。


 あれが陛下だというのか? あんなにも枯れ枝のように瘦せ細り、みじめな喘鳴ぜんめいを漏らす者が?


 六十半ばである筈の年齢に比べ、その蓬髪ほうはつや髭は根元まで白ちゃけており、百歳の老人と見紛う有様だ。肉を削ぎ落した顔面は墓石と同じ灰色。本来の色を失って濁りきった瞳なぞ、正常な視力が残っているかどうかさえ疑わしい。


 その身に纏う装束の重みで、今にも押し潰されそうな老いぼれ。これが陛下……フラナガン公国を統べる君主、セドラス=ソン=アンダルシア公だというのか?



 記憶に残る父王の姿と、虫の息となった目の前の老父との繫がりがどうあっても見出せず、クロエは困惑するばかり。

 一方で、彼女の懐疑にも答えぬまま、サルヴァスは眉間に深い皺を刻む。


「嘆かわしい……ああ、まこと嘆かわしい事だ。一国の公女ともあろう者が、女中なんぞに身をやつした挙句、貴族に相応しい矜持さえ失した。

 ――その上人としての理性まで捨て去るとは。やはり、女にみだりに自由を与えるべきではない」


 そう言って、板金でよろわれた腕を差し上げると、控えていた近衛兵が進み出る。


 木組みの担架を背負う彼らは、クロエの前で立ち止まるや機械的な手付きでそれを下ろした。床に触れた弾みで、運ばれた人物の腕がごろりと転げ落ちる。


 肘から先の砕け散った、石のように白い腕。

 絶叫の形にこじ開けた口元から、あの甲高い声を漏らす事はもう二度とあるまい。



 横たえられた四番目の兄の胸には、見覚えのある短剣が根元まで深々と突き刺さっていた。そこから伝い落ちる体液は、手織りの絨毯を少しずつ赤黒く染め直す。


 肉体をこの世に取り残し、死者の列へと加わったオスラ。これを目の前に突き付けられ、妹は忘れ去っていた悲鳴を上げた。



「オスラお兄様……ッ! そんな、うそ、嘘でしょう……!」

「ここへ来て更にしらを切るとは、見掛けによらず豪胆なものよ」

「しらを切る……? わ、私は何も知りません!」


 総毛立つ全身を掻き抱き、クロエは咄嗟に否定する。知らぬふりをするも何も、自分は今の今までオスラその人から追い詰められ、挙句気を失っていたのだ。

 次に目覚めた時には兄はおらず、代わって近衛兵に辺りを包囲されていた。そのまま否応無くここまで引き立てられたのだから、こちらが説明を求めたい。


 しかし、公女が必死で訴えるや否や、対するサルヴァスは烈火の如く語気を荒らげた。


「クロエ=フォン=アンダルシア! 貴様が得体の知れぬ魔法術でオスラの腕を切り落とした事、また逃げ惑うオスラ剣で追い詰めその胸を一突きにしてみせた事! 全ては城内に配備されていた多数の〝目撃者〟により証言されている!」


 険しいバリトンが夜気を震わせたと同時。一斉に光度を上げたシャンデリアが、ホールの壁際にわだかまる闇を拭い去った。


 そこに凝然と列を成していたのは、おびただしい数の従者である。

 助けを求める公女が城中を走り回ってなお、一人として出くわす事のなかった使用人達が皆、この玉座の間に集結していた。中にはクロエの見知った顔も多くを占める。だが、その誰もが表情を失い、どこを見ているともとれぬ目で虚空を眺めているのはなぜだ?


 身に覚えのない罪状で訴追される中、少女の混乱は加速する。『彼ら』は今、この狂った宮殿で一体何をのだろう。


 機械人形オートマタよりも生気に欠ける人間の群れは、怖気が走る程不気味な代物だ。クロエは反論すら喉の奥で凍り付かせ、ただただ体を竦める他ない。

 そして、彼女の相対する側では、セドラス公がほんの微かに唇を震わせた。ほとんど痙攣に近い動きだったが、乾いた唇がぼそぼそと何事かこぼすのを、ひざまずいたサルヴァスが拝聴する。


 そうして得られた『王命』を、君主に代わって長兄が獅子吼ししくする。



「公子の殺害はフラナガン公国における第一級殺人! 例え公女であろうとも免罪を許される所業ではない!

 『風の国』の法と秩序を司る番人、『神意の代行者』たるセドラス=ソン=アンダルシア陛下の御名において、クロエ、貴様を告発する! ――反逆者には極刑を!」



 この時、数多の証人の環視のもと、クロエの処刑が宣告された。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます