13 私に願いを、貴方へ対価を

 視界の端で列を成す風車群はどれも墓標の如く微動だにせず、海岸線に点々と暗い影を落とすばかり。魔導機構を組み込んだ羽根車が回転しなくなったせいで都市は動力源を失い、予備動力に切り替えてなお仄暗かった。


 娯楽施設は軒並み看板をしまい、酔客を捕まえる為に街路をさまよう浮揚艇ホバーの数も減る。また、異様な気配に怯えて家々を訪ね回っていた市民らも、市警軍による待機命令が触れ回った為、自宅へ引き返す事を余儀なくされた。

 それでなくとも、今やフラナガン公国首都内部には季節外れの濃霧が沸き立ち、自由に出歩く事もままならない。三軒先の建物の輪郭すら見通せぬ程、白いとばりで閉ざされた都には生ぬるい大気が停滞する。



 そして今、公国に蔓延はびこる夜霧に紛れ、どす黒い瘴気が国主の館を満たしていた。

 首都を見下ろす山岳の頂。木造家屋が大半を占める『風の国』において、一際目を引く石造りの城は、よどんだ紫の靄により尖塔の天辺まで呑み込まれていたのだ。



「どーよぉイリスぅ、ちゃーんと見えるー?」

「グロテスクなぐらい見えちゃってるな~。ご立派な結界が二重にも三重にも~」

「ダヨネー。城を丸ごと幻術で包むとは、公子サマも随分張り切っちゃってまあ」


 断崖に切り立つ城郭からは警邏けいら番の動く気配も感じ取れない。礼拝堂のステンドグラスは墨で塗り潰されたように暗く、見張り台の篝火かがりびすら鈍く滲む程度。


 今や廃墟とも見紛うその全貌を臨みつつ、天志屋の面々はそう口ずさんだ。

 完璧にドレスアップされた三人――ハティは獣型なので別として――をはたから見ると、まるで舞踏会に招待された花形のようである。だが、生憎と現状の彼らは公家にとり、招かざる客以外の何ものでもない。


 そして、閉ざされた城門を外から見上げる彼ら自身の姿勢もまた、傍観者のそれと同じだ。

 中でも特に顕著なのはラヴィである。


「……で、どーすんのよセイ。他所よその痴話喧嘩には首突っ込まない主義デショ」

嗚呼ああ、そうだな」

「だったら何でこんなトコにいるのさ。こんなんじゃ見物する事も出来ないし、野次だって飛ばせない距離じゃん? 茶々入れするつもりがないんならココで突っ立ってる必要なくない?」


 風も止まってるしアッツいんだよねぇ。と、襟元に指を突っ込む少年は、飛空艇に帰りたそうにするのを隠しもしない。


 一方、抗議を受ける方は汗の一粒すら掻かぬまま、無感動に切り返した。


「城内に用事が有る訳じゃない。――要件の方が、此処ここへ来るだけだ」


 この奇妙な言い回しに、同僚達は意味を測りかねたらしい。

 けれど直後、セイの背後から濃霧を割り、細身のシルエットが沸いて出た事で少年らも合点がいった。


 ただしこの時ばかりは、天志屋も意表をつかれたようだった。



 桜色の髪を躍らせてその場に現れたのは咲である。だが、その出で立ちは万事屋の記憶に残るものからがらりと様変わりしている。


 足首の程近くまであったイブニングドレスは両脚の付け根まで深々と切り裂かれ、更に膝上で強引に結び付けていた。この為今やそれはドレスでなく、アンバランスなミニワンピだ。

 あらわになった太腿に固定するのは、複数の弾倉をめるホルスター。利き手に提げるのは魔導銃『狂想曲カプリッチオ』。極めつけに、足もとは裸足だ。


 ほんの数時間前までめかし込んでいた筈が、追い剝ぎにあったかのような有様。余りの変貌ぶりを見て、ラヴィは驚きを通り越し呆れ果てる。


「うーわ、何なのそのカッコ。仮装パレードは時期じゃないヨ。っていうかヒトのあげたドレスをよくまーそこまでズタズタに出来るヨネ、脳味噌だってしゃぶしゃぶされてんの?」

「ラヴィちゃん一切お金出して無いでしょ。っていうかちょっとは空気読も~」


「――ねえ、セイ。前に私が依頼した願いは、今でもまだ有効なの?」


 冷やかしも意に介さぬまま、夜色の青年の数歩手前で立ち止まる咲。

 その真っ直ぐな眼差しを受け止めつつ、セイは肯定の意を示す。


「対価が清算されていないので、契約は未だ継続中だ。

 ただし、御前が差し出す物如何いかんっては此処ここ終了わかれにも成るが」


 咲が異世界へ渡ったあの日。便箋びんせんつづった一言限りのメッセージから端を発した、自分達の関係性。


 契約者と請負人というそれぞれの立場に相応しく、セイの返答は至ってビジネスライクなものだ。けれどこれを聞く咲は、先程のようにショックを受ける事はない。

 少女の精神が凪いだままなのは、ここに来るまでの間に肝を据えて来たからだ。




「あのね。私、やっと決めたの」


 すう、と肺の深くまで息を吸い込み、膨らんだ胸元に手を添える。


 鼓動は僅かに高まっていたものの、掌に伝うリズムは一定で、心と同じく落ち着いていた。

 それをしっかりと確かめてから、咲は閉ざしていたまぶたを上げる。


「払うべき対価は――……私。私自身の、存在全て」




 刹那。この一帯の時を停めたのは、決然たる少女の言葉か、或いは青薔薇あおばらの双眸に灯る強かな輝きか。


 誰とはなしに息を呑む音が聞こえる中、よりいっそう語気を強める。


「無茶を言ってるのは分かってる。みんなの信条に背くって事も知ってる。

 でも、私はどうしたってクロエを見捨てる事なんか出来ないの。あの子を助ける為には私一人の力だけじゃ足りない。

 ……だから、ごめんね。貴方達には、


 身一つでグランドールに放り込まれた咲に、堂々と献上出来る程の財は無い。無論都合良く大量の稼ぎを得るだけの商才も技能も無い。

 かといって、見知らぬ異世界で生き残る為に――そしてさらわれた公女を救う為に、天志屋という強大な力は不可欠だ。また、クロエを助ける事が万事屋の契約外なのであれば、先んじて契りを交わした自分が彼らを巻き添えにする必要があった。


 ――俺達は、俺達自身に利するもの……価値有る代償を得る為に行動するだけ。


 セイの語った事が真実であるならば。いずれの勢力にも介入しないという彼らの理念を打ち崩すには、彼らの求める価値そのものに、自分自身がなるしかない。



「私の全てを貴方達にあげる。だから、貴方達の全てを懸けて私を護って。

 それが、『助けて』っていうはじまりの依頼と、それに対する私の代償」


 それがどんなに身勝手で、無茶苦茶な願いであったとしても。

 咲が自らの存在意義を賭けてまで、叶えたい希望に他ならなかった。



 幾ばくかの沈黙が、夜霧とともに皆を包む。


 やがて、打ち明けた想いに真っ先に反応したのは、ラヴィの高笑いだった。


「っぷは! アハハ、アハハハハ! なにそれ、ちょーウケるんですケド!

 俺らの全てを懸けてってさぁ、身の程知らずもイイとこでしょ! たった一人ぽっちの人間ヒュムの命が俺ら全員と等価値だとでも……!」


 堪え切れず腹を抱えだしたのも束の間。その前を夜色の長身が過ぎった事で、彼の嘲笑はぴたりと途絶える。


「……セ、セイ? ……なあ、ちょっと待てって!」


 心なしか頬を引きらせた親友ラヴィの制止にも応えない。


 セイは流れるような足運びでこちらとの距離を詰めるや、言葉少なに確認する。


「解っているな。契約を交わせば、元には戻れん」

「……そんなの覚悟してるよう。最初から、後戻りする気なんてないんだから」


 へへ、と唇で笑みを描いて、咲の表情が少しだけ和らぐ。見上げた美貌は相も変わらず表情を変えないけれど、今の台詞がこちらを気遣ったものである事は察した。


 今咲が立っているのは、きっと人生の分岐点だ。そしてこれから踏み込もうとする道は、今まで当たり前に思い描いていたような、長閑のどかで平坦なものではない。

 足を挫くあぜ道や、素肌を傷付ける茨道かもしれない。もしくは辿るべき道の途中で、底の見えぬ程深い谷間へと行き当たるかもしれない。

 しかしそれでも、構わない。


 例えどんなに過酷な道のりでも、その果てに望むものが在るのなら。

 信じた未来を掴み取る為に、前へ進むと決めたのだ。



「私はまだ死ぬわけにはいかないの。……だから、私を殺させないでね」


 柔らかで、そしてどこか不器用な微笑みを咲かせながら、少女は手を差し出す。


 ほんの一拍間をあけて、青年に握り返された時。互いを繋ぎとめる掌から、ダイヤモンドの輝きが散った。



 一斉に舞い上がる光の粒子は咲の足もとへと集中し、肌に吸い付くようにして結晶化する。

 引き裂けたドレスが元のパウダーピンクから煌めく白銀に上塗りされたと思いきや、次の瞬間には膝上のフレアドレスへと変貌した。更にいつの間にやら素足に纏っていたのは、まるで灰被り姫シンデレラが装ったような――しかしおとぎ話のそれよりずっとしなやかで履き易い――魔晶ガラス製のフラットシューズだ。


 濃密な霧も夜闇すらも押し退け、燦然さんぜんと照り輝く自らの姿。それはまるで、天上で身を潜めた星屑の代わりに、地上の一等星と化したかのよう。


 目も眩む程の光の中心で、咲とともに向き合う青年が、誓いの言葉を口にする。




「その願い、俺が叶えよう」

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