第26話 Reprimand(叱責)

「勝てて良かったっす、次は完封できるように頑張ります」


 完封は逃したもののプロ初完投勝利を挙げた俺は、威勢の良いコメントを期待して群がってきたスポーツ紙の記者に囲まれていた。


(本当ならプロ初完封だったのに、拙い守備のせいで…)


 うっかりすると本音をテレビの前で言ってしまいそうだったので、そっけないコメントを残して、逃げる様にロッカールームへと急いだ。


「おう、初完投勝利おめでとう!」

「すまんな、本当なら完封なのに」


 ロッカールームに入ると、まずい守備で足を引っ張った有田と鈴本から申し訳なさそうな激励を受ける。


「あ、いえ、いつも助けて貰ってますから…」


 インタビューを受けている時間が冷却期間になったのか、俺はとりあえず体面を取り繕う程度の冷静さは取り戻していた。


「次はバッチリ取るから、安心して打たせろよ!」

「は、はぁ…」


 俺の言葉にすっかり機嫌を取り戻した二人は連れ立って飲みに出かけて行った。


(切り替え速すぎるだろ…)


 内心で愚痴りながら着替え始めると、球団職員が声を掛けて来た。


「あの、佐々木さん、監督が呼んでます」


 聞き覚えのある声に振り向くと、そこにはいつも鏡で見ている俺が立っている。


「佐々木君!?」

「いえ、鈴木です。」

「あ、そうでしたね、鈴木さん…」


 俺は手早く着替えを済ませると、俺の姿をした佐々木に付いて監督室へ向かう。


「今日は完投勝利おめでとうございます」

「あ、いえ、最後完封できずに…」

「あれは仕方ないですよ、味方のエラーは気にしない事です」

「そういうものなのかね…、ああいうのは良くあるものなの?」

「良くはないですけど、たまにファインプレイとかで盛り立ててくれる事もあるし、トータルでは助けられる事の方が多いですよ」

「そういうものかなぁ」


 釈然としないまま監督室の前に来ると、俺の姿の佐々木が監督室のドアをノックする。


「監督、佐々木さんを連れてきました」

「入れ!」


 中から吉本監督の声が響いてきた。


「じゃ、また」


 ドアを開ける佐々木に小声で囁いて監督室へ入ると、後ろ手にドアを閉めた。


 吉本監督には聞きたい事がある。


 俺と佐々木が入れ替わってる事を監督は知っている様だと佐々木が言っていた。

 その事を直に確かめようと機会を伺っていたが、意外と二人きりになる場面は少なく、これまで延び延びになっていたのだ。


「監督!」

「佐々木、お前、あの態度は何だ?」


(え?何の事だ?)


 問い詰めようとした矢先に非難されて目を泳がせる俺を、監督はしばらくの間まじまじと見ていたが、急に質問を変えてきた。


「お前が背負ってる背番号はいくつだ?」

「18です」

「プロ野球で18番が持つ意味はなんだ?言ってみろ?」


 俺は少し考えてから答えた。


「…エースナンバーです」

「では、エースとはなんだ?」


 突然のエース論に、俺はしどろもどろになりながら答えを絞り出す。


「チームで一番結果を残す事…ですか?」

「結果とは?」


 逃げ道を塞ぎながら質問してくるようなやり方に少しイラッとしたが、監督の威圧感に敗けて素直に答える。


「防御率とか、勝ち星とか…」

「それだけか?」


 吉本はにこりともせずに俺の目を見据えている。


「あと…信頼感ですか?」

「では、9回のあの態度は何だ?」

「あ…」


 そこでようやく俺は思い当たった、味方のエラーの後のふてくされた態度の事を責めてるのだ。

 だが、それなら当の本人たちとは既にロッカールームで和解しているし、そんな事でいちいち小言を言われるのは割に合わない。


「でも、監督!『エラーしても俺が抑えるから大丈夫』なんて言える実績も実力も、俺にはまだありませんよ!」

「だからふてくされたのか?」

「あの場で怒って当たり散らすよりマシでしょう!」


 俺の答えに、吉本は大きなため息を吐いた後、更に質問を続けて来た。


「お前、野球を自分一人でやってると思ってるのか?」

「そ、そんな事は思ってませんけど…」

「確かに、チームメイトの信頼を得るのには実績も実力も必要だろう、だが、お前自身はチームメイトを信頼してるのか?」


 俺は答えに詰まった。


 信頼以前にチームメイトの事を良く知りもしない。

 だが、それは突然入れ替わった事が大きく影響しているし、それは監督も知ってる事じゃないのか?

 その事を問いかけようとした俺に、監督が有無を言わさぬ口調で告げた。


「帰ってもういちど考えてみろ、エースとは何なのか、そしてお前にエースの資格があるのか」

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