第18話 Sell the team(球団買収)

 プロ初完投勝利を目前にしてサヨナラ負けの憂き目にあった俺は、先輩たちに連れられて【The Big A】近くの居酒屋風バーに来ていた。

 

「佐々木、お前何飲むんだよ?」

「先輩、俺、一応未成年なんでウーロン茶で」


 こんな所で週刊誌に写真撮られてキャリアに傷を付けるのはまっぴらだ、俺は秋田にノンアルコールをお願いする。


「ここは州法で18歳以上なら酒飲んでいいんだぞ」


(じゃあビールで!)


 喉元まで出かかった言葉を飲み込んで秋田に告げる。

「いや、ウーロン茶でいいっす」


「ふーん、お前、意外とマジメ君だよな」

 秋田は興味無さそうに呟くと店員に注文を通した。

「すんませーん、生四つとウーロン一つ!」


 飲み物が席に届けられ、控えめな乾杯の音頭と共にグラスが合わせられる。

「お疲れ~!」


 乾杯早々に、秋田が早速グチり始めた。

「それにしても、あのトラウタニ、あいつら打ち過ぎだよな」


 三連敗を喫したLoosersだが、特にトラウトンと小谷のコンビには滅多打ちにされており、俺が今日一本ずつ打たれただけでなく、この三連戦だけで二人に八本のホームランを献上している。

 グチの先陣を切った秋田は、初戦でトラウトンに一本、小谷に二本打たれてKOされていた。


「小島のリードが悪いんだよ、小島の!」

「え?俺っすか!?」


 この中では最年長で三連戦は出番の無かったリリーフエース藤田に責められた小島が、逃げ道を探して俺と目が合う。


「いや、今日のは、最後コイツがもうちょっと低めに投げてれば三振でしたよ!」

 小島が隣に居る俺を指さす。

「まぁ、今日のはそうだな」

 藤田もチョリソーを頬張りながら同意した。

「はい、すんません」

 俺も頭を下げながら、チョリソーにマスタードを付けて口に放り込む。


(思ったより、勝ち負けを引きずらないんだな)


 俺はちょっと意外に感じたが、140試合以上もあるペナントレースの特に序盤では、一試合の結果に一喜一憂していては身が持たないのだろう。

 俺たちが、どうでもいい話に花を咲かせながらも食事をしていると、店の角から睨みを利かせているテレビがスポーツニュースを流し始めた。


「お! お前がサヨナラ打たれるの出てるじゃん!」


 秋田に言われてテレビを見上げると、ちょうど俺が小谷にサヨナラホームランを打たれる場面だった。


(クソッ、もうちょっと低めにいってれば!)


 最後の一球の指先の感触を思い出していると、画面が切り替わり、吉本監督のインタビューが始まる。 


『監督、最後の場面、藤田への切り替えが遅れたという見方がありますが?』

『いえ、今日は継投は考えていませんでした』

『佐々木に1試合任せたと?』

『我々には、佐々木をああいう場面を抑えきるエースに育てる責任がありますから』

『それは身売りが噂される、草草ソウソウタウンの後沢社長に対する責任という事ですか?』

『その話にはまだ何もお答えできません』


 テレビの中の吉本監督は、そう言うと報道陣に背中を向けて立ち去って行った。


(え?身売り??)


 初耳だ。


(しかも、草草タウンの後沢社長!?)


「秋田さん! 何すか身売りって!」

「おぅ、草草タウンズになれば、MVP取ったら月に連れてって貰えるかもな!」

「冗談じゃないですよ!あんな自分の会社もすぐ売っちゃうようなヤツ!」

「はぁ? お前何言ってんだよ」


 俺の知ってる後沢は、つい最近自分の会社をホークスの親会社に身売りしたが、どうやらこっちではまだの様だ、秋田は間の抜けた調子で返す。


「あ、分かった、お前【超力ちょうりき】のファンなんだろ?」

 【超力 亜弥】は後沢との交際が噂される若手人気女優である。


「誰があんな!」

 後に続く嘲りの言葉を、すんでの所でとどめると、秋田たちに問いかける。

「先輩たちは、あんなお調子者にチーム買われて平気なんですか?」


「いや、そりゃあ、面白くないけどさ…」

 黙り込む秋田の代わりに藤田が答えた。

「でも、他にどうしろって言うんだよ」


 一同が水を打ったように静まり返る中、必死に考えていた俺の脳裏に北原さんの笑顔が浮かんだ。


「そうだ! エンプロイー・バイアウトですよ!」

「なんだ、そのエンプロなんちゃらって?」

 秋田が眉間にしわを寄せて聞き返す。


「エンプロイー・バイアウト! 従業員による会社の買収の事です!」

「従業員って、俺達がカンパし合って買うって事かよ、出来るわけないじゃん!」

 秋田は即座に否定した。


(この人、俺と同じリアクションだな…)


 俺は少し前の無知な自分を棚に上げて、優越感に浸りながら切り返す。


「もちろん、俺達だけじゃダメですけど、融資してくれる企業を募ったり、クラウドファンディングとかで応援してくれる人達からも資金を集めるんですよ!」


「う~ん、面白そうだけど、大口で融資してくれる所がなないと、クラウドファンディングじゃたかが知れてるだろ」

 藤田が冷静な意見を投げてくる。


「お前どこか融資してくれる所にアテがあるのか?」

 秋田が俺に聞いて来た。

 高卒ルーキーの俺にそんなアテなどある訳がない。


「それはこれから見つけて…」


 俺の返答を聞いて秋田は失望したようにため息を吐いたが、これまで黙っていた小島が口を開いた。


「実は、俺、アテがあるかも」


「えっ!?」

 皆の視線が一斉に小島に集まる。


「いや、知り合いの社長でさ、球団経営には前向きなんだけど、草草タウンとのマネーゲームはちょっとに厳しいって感じだったから、今の話なら乗ってくれるかも知れない」

「小島ぁ、リードはまだまだのクセにやるじゃんか!で、どこなんだよ?」


 藤田の問いかけに、小島は得意げな顔でもったい付けた。

「それは、話がまとまってからのお楽しみって事で」

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