第17話 Flame of Victory(勝利の炎)
『カスンッ』
擦ったような乾いた音と共に力なく前に転がったボールに、余裕を持って反応した俺は、丁寧にボールを拾って一塁に送球した。
『アウツッ』
機械的にアウトを告げる審判の声を聞き、俺は肩で息をしながらバックスクリーンに視線を向ける。
東京Loosersの二連敗で迎えた第三戦の先発マウンドに立った俺は、ここまで112球、8回と1/3を投げて3失点に抑えていた。
味方打線はエンジェリーズの小刻みな継投を終盤に打ち崩して4点を奪い、1点リードのまま今シーズンの対エンジェリーズ戦初勝利に向けて、あとは9回裏を抑えるのみだ。
(あと、ツーアウトか)
先頭バッターのサモンズはなんとかピッチャーゴロに抑えたが、初めての100球超えで疲労困憊の俺はベンチに弱気な目を向ける。
本来ならこの回からリリーフエースの藤田を出すべきだ。
(あの監督、何考えてやがる…)
監督の吉本は、俺のイラ立った視線を受け流して守備陣形の指示を出している。
『二番・センター・トラウトン』
現役最強打者のコールに満員の【The Big A】は揺れんばかりの大歓声に包まれ、その声援を受けたトラウトンが悠然と打席に入る。
俺が今日取られた3点は、トラウトンのスリーランホームランだ。
その姿は20m近く離れているというのに、やけに大きく見えた。
キャッチャーの小島が、一度両腕を大きく広げてからサインを出す。
初球は様子見のカーブだ。
俺はセットポジションに入ると、ゆっくりと左足を高く上げて、初球のカーブを放る。
(しまった!!)
球が手を離れた瞬間、すっぽ抜けた勢いの無いボールが、右打席に立っているトラウトンの左腕に吸い付けられる様に飛んでいく。
『デッドボール!』
帽子を取って頭を下げる俺に、大型の冷蔵庫みたいな分厚い体のトラウトンは左手を軽く上げて笑顔を浮かべる。
キャッチャーの小島が、タイムを取ってマウンドにやってきた。
「どうだ、まだいけるか?」
「いや、正直キツイっすけど…」
諦めたような視線を監督に向ける俺を見て、小島も苦笑いを浮かべる。
「監督はお前と心中するみたいだな」
「はぁ…」
小島は、情けない返事をした俺の尻をグラブで叩いて鼓舞する。
「何を情けない返事してんだよ、そんだけ信頼して貰えてるって事だろ!」
「そ、そうっすね!」
(もうここまで来たら投げ切るしかない!)
無理やり決意を固めた俺の耳に、きたはら少年の良く通る声が聞こえてくる。
「がんばれ~! ささき~!!」
(あの子、こんな所まで応援に来てるんだ!)
少年を探そうとした俺の頭をグラブで掴んで、小島がプランを伝える。
「いいか、小谷は落ちる球が苦手だ、内角の縦スラで引っかけさせてダブルプレイ狙いでいくぞ!」
「はい!」
ポジションに戻った小島から初球のサインが出る。
初球はボールゾーンのインハイのストレートだ。
思いっきり腕を振って、サイン通りに投げ込んだインハイやや高めのボール気味のストレートは、小谷のフルスイングで一瞬のうちに一塁側ファールゾーンの外野スタンドに飛び込んだ。
二球目のサインはアウトコース低めのボールゾーンに落ちるスライダー。
俺は慎重にコントロールしたボールをアウトローに投げ込んだが、小谷はバットのヘッドを一瞬ピクッと動かしながらも、冷静に見逃す。
『ボール』
三球目のサインはもう一球同じボールだ。
俺は指先に神経を集中して、もう一球アウトローにスライダーを落とす。
乾いた音が響き、勢いよくはじき返されたボールは大きくスライスしながら三塁側ファールゾーンの外野スタンドに飛び込んでいく。
逆方向への打球が異様に伸びるのが小谷の特徴の一つだ。
小島が四球目のサインを出す。
インローのスライダー、打ち合わせ通りの決め球だ。
俺は大きく息を吐くと、勢いよくスライダーを投げ込む。
狙った位置よりやや高めから落ち始めたスライダーを、小谷のバットが掬う様に一閃した。
金属バットの様な甲高い音が響き、弾丸の様に放たれた打球は【The Big A】名物のバックスクリーン横の巨大な岩に跳ね、唖然として振り返る俺の目に、地元チームの勝利を祝う炎が勢いよく吹き上げていた。
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