第47話ーーおっさん、押し切られる
かつてその国は、世界の警察を自称していた。
世界の各地に軍を駐留させ、自国の利益のために戦争へと介入し、時に戦争自体を起こす。
軍事産業は多大な利益をあげ、国を、人を潤す。
力こそ正義、我こそは正義と、我が物顔で地球の主は自分だと宣って憚らなかった。
だがそれも今は昔、世界にダンジョンという危機が現れた時、その力は、正義は何一つ通用しなかった。
そして策謀巡らせた挙句に、人智及ばぬ力を持つ神を誕生させてしまう。
世界はその神に、確かに救われた。核の恐怖から解放され、国という人のエゴで作られた枠組みによって、いつかの隣人の顔を見ぬままに殺し合うという戦争からも解き放たれた。
だが世界の警察……いや、世界の支配者と驕っていた国は、それを喜ばしき事と受け入れる事など出来なかった。
大いなる驕りは、神に自らの座を奪われたと勘違いさせた。巨大な軍事産業からの利益は無くなり、懐を潤す事が出来なくなった事により、更に焦りを覚える。
ダンジョンは新たな利益を産む。それは歓迎すべき事実だが、問題はそれがどの国にも存在するという事である。自国だけ……いや、傀儡に出来る、指示が効く国だけなら構わなかった。だが対抗国や、これまで価値なしと見向きもしなかった国にまであるのだ。
人類の誰もが未知となるダンジョン産のモノに対して、何故か活用手段を多々思いつく、不思議な小さな島国が、庇護下にある事は幸いだったが、その優位性がいつまで保たれるかは予断を許さないだろう。それどころか、ダンジョンという資源が出現した今、島国がいつ独り立ちすると言い出すかわからない。これまでなら、近隣国に火花を散らせる事で、軍事力を見せ守ってやるといえば、それで全ては上手くいったはずなのに、もはやその手法は行えない。
我が座を奪った神は今日も世界のどこかのダンジョンを踏破している。
このまま行けば全てのダンジョンは、脅威のないただ資源を産み続ける宝箱となるだろう。
世界は穏やかに、それでいてしっかりと未来へと歩み続けるだろう。
そして神は賞賛されるだろう。
我が国の力を奪い、我が国が受け取るべき宝を世界へとばら撒いた事で……
許せない。
神とその眷属は、呑気にSNSなどで間抜け面を晒している。
あのような者たちに、我が国は……
邪魔だ。
核兵器開発は禁じられたが、武器の製造開発は禁じられていない。
牙を研ぐ、研ぎ続ける。
我が国の座と富を奪ったこそ泥に鉄槌を。
人類を支配する、傲慢な神に鉄槌を下し、この手に自由を取り戻す事こそ、正義であると。
「大磯様、あの国が何やら企んでいるようです」
「何を?」
「あと地上に残っているダンジョンは、約100。その大半がかの国にある訳ですが、そこに軍と兵器を集中させております。踏破後に出てきたところを集中砲火を浴びせ、我らを攻撃するようです」
「あー、ダンジョン全部踏破したら、用済みって事かな?」
「そのようですね」
地上監視システムにより、企み全ては筒抜けだった―― これまでなら、自国本土でなどと考えもしなかっただろう。強大な反撃を恐れ、他国を実験場と選んだだろう。だが、そんな策を選べなかった、選んでいる余裕もなくなっているようだ。
おっさんとしては、口では天罰だ何だと言うが、本当に天罰などを落としたい訳では無い。未だ心は人間なのだ、大量の人々をわざわざ自らの決定で殺したいとは思えないのだ。
ルルアーシュは怒りに顔を赤く染め、「沈めますか?」などと物騒な事を呟いてはいるが……
「うーん、まぁとりあえず最後の1個を残して、そこまでは一気に踏破しちゃおうか。その後どうするか考えよう」
「……とりあえず、ちょっと、ちょっとだけ沈めませんか?島とかどうでしょう?少しですし、すぐ、すぐ終わりますから」
どうしても沈めたいらしい……何やら怪しげな口調でおっさんに迫る。
「ちょっと待って、こ、心の準備があるから」
「大丈夫ですよ、直ぐに気持ちよくなりますから」
大陸だか島だか……まぁどちらでもいいが、沈める事に気持ちよさを感じたらダメだ。
言っていることがヤバイ。
もしおっさんが本当に気持ちよさなど覚えてしまったら、世界の滅亡はすぐ来るだろう……
「後日、後日考えよう」
「そうですか……期待してお待ちしております」
おっさん得意の先延ばし作戦である。だがそれは悪手である、ルルアーシュが未来に期待してしまったようである。このままでは、太平洋とか大西洋の表記の意味がなくなりそうだ……
この事はもちろん眷属全員に周知された。
アルやウルフ、新木はおっさんと同じく先延ばし案に賛成で、ルルアーシュとローガスはすぐさま見せしめに島か半島辺りを沈める事を主張した。だがおっさんの意志や、多数決的な事を含め、決定は覆る事はなかった。
そして五日後、かの国の砂漠にある軍基地近くのダンジョンをたった1つ残して、世界のダンジョン全ては踏破された。
なぜそこを残したか、それは攻撃されたり反撃したりと暴れ回っても、それほど他に外はないだろうと踏んでの事だった――更におっさんとアルには、ある思惑があった。そこはかのUFOなどの噂が耐えない有名な場所である。それゆえに、どさくさ紛れに基地内を隅々まで探検見学したいと企んでいた。
――この世界が神に管理されているのならば、UFOやら宇宙人も、その範疇にあるのではないかという事になど思い付きもしないおっさんたちである。おっさんは後日衝撃的な事実を知る事になるのだが、それはまた別の話。
おっさんたちは50日待った。
何をか?持ちうる力全てがそのダンジョン周辺に集まるのをである。また、同調する国の参加到着もだ。
――残念な事に、神を邪魔だと思う国は他にもあったようで、以前いがみ合っていたはずの国までが参加していた。
結論から言おう、おっさんと、新木を除いた眷属4人たちは踏破後、その一帯の全てを塵に変えた、山も街も何もかも……
そして神の啓示で事実を発表後、参加国の象徴たる政府建物や、企てを先導した軍事産業建物や自宅などの資産へと、天罰が落とされた。
天罰とは何か。
落とさないというのは、第二第三の愚物が産まれる可能性が高いために、有り得ない
ルルアーシュやローガスの望む、大陸や島を沈める案は、
では何を以て天罰とするか……おっさんたちは50日の間に何度も意見を交わしあった。ピンポイントで、しかもわかりやすく愚かさを知らしめる事が目的となる。
誰もが頭を悩ませていたある日の事だった。
「今回参加国政府建物や、裏から世界を牛耳っていた軍事産業のフィクサーたちだけに、わかりやすく、なおかつ二度と愚かな事を考えぬようにしたらいいのですよね?」
何故かルルアーシュと新木が、揃って確認をとってきた。
「うん、何かいい方法思い付いた?」
「ええ、私たちにお任せ頂けませんか?」
「えっと、内容は?」
「決して沈めるなどといった、無辜の民たちを傷つける事はないと誓います」
「大磯さん、任せてっ!楽しみに見ていてくれれば大丈夫だから」
内容を言わず、大丈夫だけを繰り返す2人……怪しすぎた。
だが、頑なに内容は言わないし、他に案がある訳でもない。
そして時は迫りつつある。
「変な事じゃないよね?」
「もちろんです!ご信用下さいませ」
「大磯さんをバカにするやつに思い知らせるから」
「内容は教えてくれないの?」
「任せておいてっ!ねっ?大磯さんっ」
「大磯様……」
「わかったよ……変な事はないんだよね?」
おっさんは新木とルルアーシュの圧力に負けた。頷いてしまった。
その日か新木とルルアーシュは2人は、どこかに篭っていた。
そして神の啓示後……
目的の場所には、巨大人型ゴーレム・外装:大磯保ver.(新木監修・ルルアーシュ制作)が現れ、建物を、贅を極めた全てを破壊し尽くした後、まるで見張るように鎮座する事となった。
おっさんは絶句した。
アルとウルフはその背を、慰めるように優しく撫でた。
ローガスは俯き肩を震わせた。
「大磯さんが神だと、これで知らしめる事が出来て一石二鳥でしょっ!」
「いい物が出来たと自負しております」
ドヤ顔の新木とルルアーシュ。
誰にも聞こえない程のアルの小さな呟きが、虚しく響いた。
「沈めた方がよかったのかもにゃ……」
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