第43話ーーおっさん、ためる

 東京国立競技場。

 以前おっさんによって半壊されたその場所。家族を人質にとって脅迫するという忌まわしい事件があった事など忘れたかのように、建物は修復され、今、またおっさんたちが現れるのを待っていた。


 おっさんたち神一行が記者会見をするという、前代未聞の話は瞬く間に世界中のメディアへと伝わった。当初は小さなホールでも借りて行う予定の主催者だったが、参加申し込みがあまりにも多く、小さなホールから中型、大型へと規模が変わり、最終的には国立競技場でないと収容出来ぬ程になったのだ。それもそのはず、神を一目見ようと普段なら映像を買うだけの放送局などのメディアまでがこぞって応募してきた為だ――中には明らかにメディア関連とは思えない人々も混じっていたが、そらは神への信仰か、それともただの怖いもの見たさなのかはわからない。


 競技場の半分をきっちりと埋めた人々がざわめく中、予定時刻になると雲一つない空より背に人を乗せたドラゴンが一体ずつゆっくりと降りてきた。

 まずは金色の龍に乗った黒髪を肩まで伸ばした女性。次に青い龍に乗り、右手に剣を持った二足歩行の猫。エメラルドに光るゴツゴツした龍に乗って、黒髪でどこか冷たさを湛えた瞳の女性。黒い龍に乗った、執事服に身を包んだスラリとした中年男性。赤い龍に乗った、テカテカ光る二足歩行の猫。


 順々に降り立ち龍を消し1列に並ぶと、一様に片膝を付き頭を下げた。


 人々がその光景を固唾を飲み見つめる……そのまま5分ほど経った頃、突然白い龍に乗った中年男性が、先に降り立った5人の前に現れた……『グオオオオオオォ!』という耳をつんざくようなドラゴンの咆哮と共に。


 突然の咆哮により耳を抑え、頭を抱えていた人々が、恐る恐る頭を上げると、いつの間にか設置された派手派手しく大きな椅子……まるで玉座のような物に座る神が、肘掛けに片腕を付き座っているのが、大型モニターに映し出されていた。その周りには、玉座を守るようにして先に降り立った5人が立ち並んでいる。


 ――その姿は……どう見ても魔王である。



 記者会見をすると決めた日から、今日この場に到るまで、すでに2ヶ月が経っていた。


 みんなの要望を受け入れて開催する事を伝えたおっさんだったが、じゃあすぐにでも……っというわけにはいかなかった。それは段取り的な意味ではなく、眷属たちの自分磨きに時間を要したためである。


 アルは立像を見て、ようやく自分がまん丸な体型になっている事に気付かされ、ダイエットをする事にした。

 これまで「デブ」という言葉が仲間内で出ても、いつもおっさんの事だと思い込んでいたのだ……自分がおっさんの縮小ケット・シー版になっているとは、露ほどにも思っいなかった。まぁ天空で適度に過ごしているだけなら問題はなったが、立像となるなら話は別問題となる。それが各地に設置され、かなりの長い時間あり続けるのだ……「まだ見ぬ子猫ちゃんに悪印象を与えてしまうにゃ」とか呟いていた、多分そこが1番だろう。


 ローガスはどうせならと、新しい執事服を新調する事にした――驚く事に、執事服は全て本人作製の物だった。おっさんが聞いたこともないようなモンスターの糸やら皮やらで作られている、防具としてもかなりの高性能な物らしい。


 ルルアーシュは特に何も変わらない、慣れているのか、それとも関心がないだけか……多分両方であろう。


 ウルフもアルや新木と一緒にダイエットをしだした。特に太ってなどいないのだが、アルと同じ姿を立像にされた事が、かなりのショックだったらしく、対比してわかりやすいようにと鍛える事にしたようだ。更に時折剣を構えてポーズをとる姿が度々見受けられるようになった……どうやら染まってしまってきたようである。


 新木もダイエットや、髪のカットなどの美容に力を入れ始めていた。こちらも地上に赴き『絵になる立ち姿集』なる本を購入してきて、ウルフと同じように鏡の前でポージングする姿を度々見かけることになる。



 2ヶ月の間ももちろん地上のダンジョン踏破は行っていた。変わった事といえば、これまで参加しなかった新木がダンジョン踏破に付き合うようになった事だろうか。まぁ目的は主に3人のダイエット&鍛錬目的としてなのだが……


 おっさんはもう何をしても変わらない体型であるために、彼らの様子をただただ見つめるだけだった……当初は。

 アルやウルフの全身マッサージとブラッシングをせがまれて、毎日夜遅くまで行う事となった――まぁ本人は例のごとく頬を緩めていたが。


 それぞれが切磋琢磨し続け……2ヶ月経った。


 そして記者会見当日となったわけである。

 登場の仕方から、口上まで全て考えられている……つまり今日はおっさんたちの神降臨劇場の本番という訳だ。


 おっさんとルルアーシュの胸元には、自動的に声が拡散されるマイクのようなルルアーシュ製の道具が着いている――神の啓示のように、その場にいる人々の頭の中に直接響く仕様では無い。あれはさすがに神界仕様の物らしく、さすがのルルアーシュも作製出来ないようである。


「面をあげよ」


 ルルアーシュの声が響き渡り、詰めかけた人々はようやく耳から手を外し、顔を上げた――これまでであれば、このような議事進行のような役目はローガスであるが、今回はおっさんの希望により珍しくルルアーシュが担っている。


「神の啓示だと思い、言葉を謹んで受け取れ。我らは天空よりいつも見ている。愚かな事など考えず、歩をわきまえて生きよ」


「未だ1つも己らでなぜ試練を乗り越えようとしないのか。我らが主は、神へと到る前に約束したからと、慈悲の心でダンジョンへと赴かれるが、それに甘え、あろう事か入口に人で壁を作り邪魔をするとは……愚か極まりないっ!滅びを望むのなら、いつでも世界を無に帰す事など可能だという事を夢々忘れるではないわっ!」


 ルルアーシュはノリノリである。

 普段より少し声を低くまでしている。


 その為か、それとも言葉の意味を理解し、ようやく目の前にいる者たちは事を認識したのかは分からないが、物見遊山気分で来ていた者は皆首を竦め、震えを抑えるように己自身の身体を腕で抱きしめた。


われが手足となる眷属たちを紹介しよう。人類を監視する者と言った方がわかりやすいか……まぁどちらでも良い。眷属たちの姿を、その腐ったまなこと脳に刻みつけるが良い」


 満を持してのおっさんの発言である。

 ――誰がどう見ても、魔王そのものでしかないが、本人たちは全く気付いていない。それどころかアルなどが小声で「カッコイイにゃ」とか満足気に呟いていた。


「まず……」


 おっさんの言葉に、毛並みを輝かせるためと、自ら塗りたくったオイルでテカテカなアルが1歩前に出た。


「守護の化身……アルである」


 何を以て守護なのか……

 アル曰く、「動物たちの保護を初めに言ったのはアルにゃから間違ってないにゃ」らしい――守護の前に、ショタのという言葉をつけたいところである。


「次に……滅びの化身、ルルアーシュ」


 ニヤリと笑みを浮かべ、優雅に頭を下げるルルアーシュ。


「次に闘いの化身……ウルフ」


 右手に握った剣を肩に乗せ、なぜか斜め……半身でドヤ顔のウルフ。その身には赤白黒などで彩られた派手な鎧を身につけていた……誰もが初めて着ているのを見る物である。


「次に、創造の化身……ヒロコ」


 体型が際立つような、ぴったりとした服を着込んた新木が、モデル歩きで前へ出ると、優雅に頭を下げた。そしてまたモデル歩きで元の場所へと戻り、まるでJOJ〇立ちで構えた――廊下で歩き方を練習し、ローガスから優雅に見える頭の下げ方を学んだ新木である。そして『絵になる立ち姿集』からではなく、漫画から最高のものを見つけたようである。


 紹介が進む中、ローガスは不安をおぼえていた。本来ならアルの後に紹介されるはずなのに、何故か後回しにされた事、何故か今回に限り進行をルルアーシュとした事に……


「次に……慈愛……」


 言葉が続いた事に安心したローガス。慈愛とは、なんと嬉しい言葉を贈って頂けるのかと、喜びながら前へと歩き出した。


「と、ロリコンハーレムの化身ローガス」


 ローガスは固まった、そして勢いよくおっさんの方を振り返る。


 玉座のおっさんは、その様子を見ながら、してやったりと満面の笑みをうかべていた――その顔はやはりどこからどう見ても、魔王だった。


「もし願いある者は、教会神社仏閣どこでも良い、そこにて願え。叶うかどうかはわからぬが。では励め。さらば」


 おっさんの「さらば」の声と共に消え去る玉座と、4人の姿……一拍遅れてロリコンハーレムの化身も消えた。


 残されたのは、微妙な空気のみだった……




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