第15話ーーおっさん固まる
「「「「「「お疲れ様です」」」」」」
カチンとグラスを合わせ鳴らす。
ここは日帰り温泉スパの飲食コーナーである。今日は飲食店もお休みで、アル・ローガス・新木・ガイン・ミルカ……つまりおっさん以外の面々で日頃の疲れを取りに来たのだ。おっさん?おっさんは1人家でお留守番だ。もちろん嫌がらせではない、1人家で拗ねている事は予想できるが違う。何たって背中にタトゥーがあるんだからしょうがない。
おっさんを1人で家に留守番などさせず、金はあるんだからみんなで温泉旅館でも借り切って行けばいいじゃないか?なんて思われるかもしれないが、もちろんこれには理由がある。
ガインミルカ夫妻の料理店はダンジョン前にオープンしたのもあるが、アルが絶賛していた通り美味しかった。元々異世界で大した香辛料もないのに繁盛させていた2人が、日本に来て望む物がほとんどあるのだ美味しくない訳がない。今では結構な数の常連客も出来、ご近所さんにも評判のお店である。
毎日たった2人で朝から晩まで働いているのを見た常連客が、これで身体でも休めなっとくれたのがスパのチケットだったのだ。
チケットは10枚あったので、夫妻はもちろん全員を誘った、その中にはもちろんおっさんも居たし喜んだ。
だが、それに待ったを掛けたのは新木、「日本の公衆温泉施設タトゥーダメ絶対」と言ったのだ。もう行く気満々だった6人……「じゃあなしで」としょんぼりするのを見て、おっさんが自ら「気にしないで行ってきてよ」と言ったのだが、「それは申し訳ない」とガイン・ミルカ・ローガスの3人。お互いに譲り合っていたが、チケットを無駄にするのも悪いという事で、5人で来場したという経緯である。
「そろそろオープンして3ヶ月ですか……慣れましたかな?」
「ええ、お陰様で。保様を初め、皆様にはなんと感謝したらいいのか」
「本当に……アルともう一度会えただけでも感謝だったのに、お店まで開けるようになるなんて思わなかったわ」
ガインミルカ夫妻の感謝はおっさんだけではなく、目の前でビールやジュースを呷る面々にも向かっていた。ローガスは店を開くに当たって様々な所用を手伝っていた、新木は時間が合う時は昼間にウェイトレスとして働いてもくれるし、肉なども積極的に下ろしてくれるのだ。ちなみにおっさんは自分の願いなど無視して、2人を呼んでくれた恩人だとだけ思っている。日頃のヌケている様々な事はあまり知らないので、ただただ優しく素敵な人だと信じているのだ……情報って大事。
おっさんの日々のヌケ具合はともかくとして、5人は周りにおかしく思われない程度のこちらの世界についての話を続けていた。そしてガイン・ミルカ・新木がだんだんとお酒に酔い始めた頃から話は恋愛について変わっていく……
「なんで私の気持ちに気付いてくれないんですかね?そんなに魅力ないですか?」
「そんな事ないと思うぞ?客として色々見てきたが、ヒロコは十分魅力的だ」
「そうよ〜もっと自信を持って」
「保はハッキリ言わなきゃ伝わんにゃいにゃ」
おっさんは新木の事を不倫に悩む後輩としか思ってないなど知らぬ為に、新木の疑問にそれぞれが返す。
「でも〜やっぱり大磯さんから伝えて欲しいっていうか……」
「そうよねー女の子だもんねヒロコは」
「じゃあもっとわかりやすい態度とるにゃ」
「例えば?」
「もういっその事寝込みを襲っちまえばどうだ?」
「キャーッ!そんな事出来ない〜」
もしおっさんの寝床に襲いいったら……きっと慌てふためいてソレどころじゃないだろう。ハーレムとか女性から迫り来る妄想や憧れはあるが、ピュアな中年なのだおっさんは。
「わかりました!帰ったら想いを告げますよ、私は!」
「応援するにゃ」
「頑張って!」
「ヒロコなら大丈夫だ!」
それぞれが思い思いに勝手な事を言いながら盛り上がる中、ローガスは黙ってそれを見つめながらワインを嗜んでいた。恋愛話に冷静な判断は必要ない、しっかりとわかっている出来る執事である。
一方その頃自宅でおっさんは1人……当初は拗ねていた、確かに拗ねていたが、久々の完全に1人である事に気がついてからは楽しんでいた……いや、はっちゃけていた。
なんせアルと知り合ってからというもの、誰も来る事が予想されない1人という状態は初めてなのである。家には必ずアルかローガスのどちらかがいるし、アルなんておっさんの部屋にノックなしで突然入ってくる事もしばしばあるのだ。
ここぞとばかりに、これまでこっそりと日々パソコンに貯め込んでいた際どい画像や、エッチな動画を楽しみ始めたおっさん。ヘッドフォンをして1人黙々と自家発電……
だが彼は忘れいた、己のスキルを……いつか使うかもしれないと悲しい希望と夢を見て取り入れた、<性豪>スキルを所持している事を。その為無駄に元気だった、どれほどゴミ箱をティッシュで溢れさせても尽きない……覚えたての中学生よりも夢中になって続けていた……
そしてその時は訪れる……
「ただいまー」「にゃー」「帰りました〜」
5人の帰宅である。
だが大した違いも分からないくせに購入した高級ヘッドフォンはいい仕事をしていた、おっさんには動画の声しか聴こえていなかった。
そっと部屋に入り、全裸のおっさんの肩を叩くローガス……その際部屋の鍵はしっかり厳重に閉めるのは忘れない。
叩かれた事におっさんは固まった、そしてギギギとばかりに顔を向け声無き声を上げた。顔を真っ青にし、冷や汗をダラダラと流し始めた。
「大丈夫です、誰も気付いておりませぬ」
「……ほ、ほんと?」
「ええ、大丈夫でございますので早くお支度を」
未だ出来る執事は健在だった。もし全員に発電に勤しむ姿を見られた日には、きっとおっさんは立ち直れなかっただろう……
未だ下半身を元気にさせたまま、おっさんは急いで服を着るとそのまま転移してその場を後にした……
部屋の換気や後始末を済ませたローガスが出て来ると、新木は勢い込んで尋ねる。
「大磯さん寝てます?」
「いえ、どこかにお出かけになられているようです」
「そっかー伝えようと思ったのに……」
おっさんはまたチャンスを逃したようである。
転移した先は22階層。
その日から3日間おっさんは部屋には戻らなかった、そして単騎で45階層までクリアした……
ローガス1人だけにしかバレていないとはいえ、心の傷は大きかったようである。
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