第5話ーーおっさんは笑う
おっさんが目覚めてから2週間が経った。
この間は家でダラダラと過ごしていた、新バージョンのダンジョンを覗きもせずに、食っちゃ寝を繰り返すだけ……そのおかげで順調に長年連れ添ってきた伴侶とも言える贅肉を取り戻しつつあった。幾分太っちょ期間が長すぎたせいで体重が増える事に違和感がないのが災いとなっているのだ。
周りの人間ももちろん彼がぶくぶくと大きくなっている事に気が付いている。アルとローガスはおっさんがでぶなのが当たり前なので文句は無い。特にアルはおっさんが沢山食べる事イコール、沢山の料理や食材を購入する事となるので大歓迎なのだ。ガインミルカ夫妻にとっては、以前居た世界では太っている事は裕福の証であり、自慢でもあるという認識の為に気にならない。
本来食っちゃ寝だけでは2週間ごときでそこまで太るわけはないのだが、進化に伴いおっさんの体内には魔晶石が出来ていたのだ……ローガス以外の誰も気付いてなどいないのだが。それ故に食べたカロリーが全て過剰分となっている。
新木はこの2週間毎日仕事が終わるとおっさんの部屋に顔を出していた。そして彼女ももちろんおっさんの肥大化には気付いていたが、気にしていないどころか大歓迎で、更に大きくしようと企んで毎日ケーキを大量に持参していた。何故なら彼女はデブ専……小さな頃から大好きな父のお腹を枕にして寝る事が幸せと感じ、膝の上に座り包まれるように抱きかかえられる事が至福と思っていた。そう!デブ専+ファザコンの彼女にとって、おっさんは最高にタイプなのだ。因みに膝の上で抱えられるように座って、そこで見ていた機動戦士にハマったのがガノタになる原因でもある。
「そういえば、鑑定って種族名見えるんです?」
「うん、見えるけど?」
「それって不味くないですか?」
「アルとローガスだよね?これから他の人が見れるようになると種族とかバレちゃうし」
「それもそうなんですけど、大磯さんもですよ?」
「あっ!」
新木の質問ににこやかに答えていたおっさんだったが、自分の種族が変わった事を思い出し顔を青くした。
「ローガス〜なんか隠す方法ないの?」
困った時のローガスである。
体型だけは某未来型ロボットのくせにして、言ってる事はヒョロ眼鏡の万年小学生男子だ。
「スキル隠蔽というスキルがあると聞いた事が御座いますので、それを入手する事が出来れば大丈夫かと思われます」
「そ、それ持ってる!?」
「持っておりませぬな。そもそも我らがいた世界では強者が己を隠す必要など御座いませんでしたからな。アル様が偶然得る事が出来た、変身スキルと共に泥棒や盗賊が使う事もあるものです。同様に滅多に出ないとも……」
「そ、そんな〜」
そう簡単にはいかなかった。
おっさんが人間ではないとバレて、討伐される未来がやって来るのかもしれない。
「よし、潜ろう!どっちみち潜らないと溢れ出てきちゃうし」
「そうでございますな」
「そうにゃね」
「よし、行こう」
話は纏まり、久しぶりの3人による探索が始まろうとしていたが……それを止める者がいた。
「あの、先にもうひとつ質問いいです?」
「ん?何?」
「大磯さんって今って対外的には無職ですよ……ね?毎日大量に色々買ってますけど、税務署とかに目を付けられませんか?」
「えっ……」
いい歳をしたおっさん、全く考えていなかった。頭の中には黒服の集団が箱を持って家に押し入ってくる光景が思い浮かぶ……
「とりあえず探索者の申請出しませんか?あと、ガインさんとミルカさんも」
「私達もですか?」
「以前料理屋さんを経営されてたって仰ってたじゃないですか、探索経験もあるみたいなので、行く行くはお店を開く目標としてとりあえず探索者でお金を得ればと……」
新木の指摘はもっともだった、リビングにいる6人中5人が無職なのだ(3人人外だが)。日頃から夫妻もこのままおっさんに世話になるのを申し訳ないと度々口にしていた事から考えたようだ――いつか両親におっさんを紹介する時に無職なんて言えないとか夢想ばかりしていた訳では無い。そもそもまだ付き合ってもいないのに……
ともかく新木の提案から話は盛り上がった。その結果とりあえずおっさんと夫妻は申請を出す事、ある程度経ったらアルのお金を使って料理屋を開く事、その上でおっさん達がダンジョンから得た肉などを直接卸し金銭収入の実績を作るという事だった。
アルのお金としたのは、おっさんのお金と言ったら「これ以上は申し訳ない」と固辞するので、「今あるお金はアルも一緒に稼いだもの」と言い含め、子供から両親へのプレゼントという形で納得させた為だ。
「よし、話は纏まったところでと……新木さん申請は2人と明日行っておくので、一緒にダンジョン行くのは明明後日の日曜日でいいかな?」
「はいっ!お願いします」
せっかく登録もしたし、新木が何よりもおっさんと行動を共にする事を望んだ結果だ。その証拠のように、「初デート」とブツブツと呟いていた――ガインが若干可哀想な目で見ているのには気付いていない……どこかおっさんと似たような匂いを感じないでもないのは気のせいだろうか。
「では早速行こうか!」
「にゃー!」
新バージョンのダンジョン初潜入である。
押し入れの扉を開けると、見慣れた石畳が続いていた。
「何が変わったんだろ?」
おっさんが呟きと共にまっすぐ進んでいくと、いつもの定位置にモンスターがいた。
「うーん、ちょっと大きいかな?」
「ちゃんと鑑定するにゃ、あれはゴブリンキングにゃ」
ちょっとでは無い、以前のゴブリンはおっさんの腰あたりまでの身長であったのに、目の前にいるのは肩の辺りまである。その癖相変わらず人型に鑑定をしないおっさん。もはや魂に刻まれているのだろう、スケルトンナイトさんの説教が―呪いともいえる。
<ゴブリンキング Lv173 スキル:咆哮・剣術(上級)・格闘術(中級)・再生・噛みつき・性豪>
ゴブリンはゴブリンでもキングだった。もしあのままいつものただのゴブリンだと思って突っ込んで行ったら、大変な目にあっていただろう。
だが3人で攻めるには通路が狭い。おっさんとアルが並び立つと、剣を振り回すと少々危険を感じる距離であり、誰が並んでも1人余るし、フレンドリーファイアの可能性さえある。どう立ち向かおうかと考えていると、おっさんが1人前に出た。
「進化した俺に任せたまえ」
「し、進化したってら言っても危険にゃっ」
「ふはははっ、アルよ安心しろ」
この口調、どう考えても誰が聞いても嫌な予感しかしない。
きっとあれだろう……
「ひれ伏せいっ!」
言葉と同時に振り下ろす左手、そして勢いよくゴブリンキングの顔めがけて飛んでいく白い小袋5つ……
「グギャオオオオッグギャッ」
おっさんの目論見通り、顔を抑え膝を付き苦しむゴブリンキング。
「ふはははははっ」
「凄いにゃっ!」
アルの反応に満足感を覚え、高らかに笑いながら強者の余裕と言わんばかりの態度でゆっくりと近寄るおっさん。
「我らに刃向かった事を後悔しながら死ぬがよい」
魔剣を振り上げ首元へと振りおりす。
「グキャーッ」
顔を抑え蹲りながらも、近寄るなと剣を水平に振るゴブリンキング。
その刃は無防備なおっさんの脛に当たり、そのまま振り抜かれる事となった。
ズドンッ
激しい痛みと共に立っている事が出来なくなり、後ろへ尻もちを着くおっさん……残された中身の入ったブーツ。
「ぎゃああああっ」
方やゴブリンはと言えば、自分を苦しめた憎き敵が目の前で尻もちを着いて震えているのを見て、ここぞとばかりに剣を振り上げ襲いかかる。
その光景をアルとローガスは呆然と見ていた……あまりにもアホな光景に絶句してしまい動けないでいたのだ。
「うわあああ!」
迫り来るゴブリンから逃げようと身体を捻り、手を地面に着いたその時だった……落ちていた剣の柄先にと偶然にもあたりーーテコの作用で浮き上がった剣先がゴブリンの鳩尾へと吸い込まれていった。同時に我に返ったアルの火魔法と、ローガスが投げた短剣がゴブリンの頭に炸裂した。
「痛い痛い痛い痛いっ」
痛みに喚くおっさんだが、それに反して膝下はいつの間にか血は止まりにゅるにゅると肉と骨が形成され元通りになろうとしていた――持ち主がアレでもいい仕事をする超再生スキルだった。
少々の違いはあるが、初めておっさんがダンジョンに突入した時と同じような光景だった。
違う事は今回は手助けしてくれた目撃者がいる事だろうか……
その2人といえば、いつの間にか部屋へと戻りお茶を飲んでいた。
「ちょっと色々間違ってたかもしれにゃいにゃ……」
「アル様私もでございます……少々後悔しそうに……」
こんな事を話してた……
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