第八章 友を殺せるか、否か

第106話 ドリームランド


 例えば、君に友人がいるとして。その友人が敵に操られてしまった時、君はどうする?


 助ける? 殺す?


 ……判断できない?


 それはダメだね。うん、ダメダメだ。



─────────────────────



 平日の朝早く。舞浜駅から降りて数分歩いた場所にある有名な大型テーマパーク。名前を、ドリームランドという。まさしく夢の国だ。週末はさることながら、平日だろうと人でごった返している。そんなテーマパークの入口で、少し距離を離して立っている二人の人物がいた。


 夢の国には似合わないピシッとした黒色の服でかためている西条と、華の髪飾りをつけている背の小さな女の子こと藪雨だ。彼女は携帯を弄りながら時間を潰しているが、西条は腕を組んだまま苛立たしげに眉をひそめていた。


「……遅い。遅いぞアイツら」


「何分待たせる気なんですかねぇ。しかもバラバラで現地集合とか、何考えてるんでしょう」


「よりによって貴様と待たねばならんというのが余計に腹立たしい」


「はぁー? こっちだってイライラしてるんですぅー」


 売り言葉に買い言葉。今にも喧嘩に発展しそうな二人だったが、ほとんど同時に携帯の着信音が鳴る。西条の携帯には翔平から。藪雨の携帯には桜華からだ。互いに届いたメッセージを確認すると、合わせたわけでもなく同時にため息をついた。


 横目で視線を合わせ、まったくやれやれだと言わんばかりに顔を歪める。


「鈴華の奴、加藤が足くじいたから看病するといって、今日は来ないらしいな」


「こっちも、七草さんから『氷兎君が菜沙ちゃんに連れ去られたから追いかけます』って……」


「待て。それは放置したらまずいだろう」


「いいんじゃないですかねぇ。あの二人のことですし」


 はぁーっとクソデカため息。まさかの他の人が全員ドタキャンという馬鹿げた結果になってしまった。残された二人は、流石に遊ぶ気にもなれない。しかも、互いに忌み嫌う者同士だ。


「どうするんですかぁこれ」


「知らん、俺は帰るぞ。まったくとんだ無駄足だ」


「えぇー、せっかくここまで来たのにー? チケットも前日に配られてるのに、勿体なーい」


「貴様と回るのはゴメンだ」


「うわぁー、ひっどーい。まぁいいですよー、西条せんぱいって絶叫マシンとか怖くて乗れなさそうですし」


 そこまで言われ、流石に西条の眉間がピクリと動く。睨みつける力が一層増し、不機嫌そうな顔つきで藪雨に詰め寄った。


「誰が怖がるか、そんなもの」


「えぇー、だって今までこういった所に来たことがないお坊ちゃまでしょ? ジェットコースターのレバーにしがみついてガタガタ震えちゃうんじゃないですかぁ?」


「それは貴様ではないのか?」


「私怖くありませんしー」


「俺とて、こんなもの怖くはない」


 互いに睨み合うこと数分。西条はポケットの中に突っ込まれていたパンフレットと共に小さな紙を取り出し、それを藪雨に見せつけるようにして言った。


「上等だ。ここに全てのアトラクションを効率良く回るルートが書いてある。貴様が泣きっ面になりながらも全て回り終えるまで連れ回してやろう」


「うわっ、テーマパークで効率とか……。まぁ別にいいですよぉ? 西条せんぱいの怖がってる顔写真とか、せんぱいたちに高く売れそうですし」


「では貴様の泣きっ面を組織の中でばら撒くとしようか」


「やってみろこのなんちゃってヤクザ!」


「チビ助。あまり離れると保護者はどこだと聞かれることになるぞ」


「チビって言うなぁ!!」


 二人はそのままテーマパークの入口へと向かって歩いていく。間に多少の隙間はあるが、あまりに鬱陶しい西条の言い回しにカチンときた藪雨が何度か小突くように拳を入れている。おかげでその隙間はあまり広くは感じられなかった。


 そしてそんな二人を遠くの柱の影から見守っている男が二人。赤色の帽子を深くかぶり、サングラスをかけ、チャラチャラした服装をしている男と、その隣に立っている黒髪に赤色が所々に混じった髪色をし、これまたサングラスをかけている男。


 天パを抑えた変装をしている翔平と、この日のためにエクステまでしている氷兎だ。彼らは互いに顔を見合わせると、さり気ない動作でハイタッチをし、柱から身体を出す。


「いやー、なんとか二人とも中に入っていってくれましたね」


「うんうん、これで二人がくっつくように後ろからチマチマとやってやれば……」


「目的は達成ってわけですね」


 二人以外のメンバーはというと、既に事情を話して買収済みである。実働隊はこの二人だけだ。先に入っていった二人を追うようにして、翔平と氷兎の二人も入口へと向かっていく。入ってしばらく行くと、大きな噴水がある広場にまでやってきた。噴水の前では西条と藪雨が口論を繰り広げており、遠巻きに眺めている二人の心境はハラハラとしている。


「だーかーらー、効率なんて考える必要ないんですよぉ!!」


「馬鹿を言うな。これだけ広い敷地を一日で回る必要があるのだぞ」


「違う、違う、ちっがぁーう!! それはドリームランドの楽しみ方じゃないんですー!!」


「俺の事前調査が足りないとでも言いたいのか?」


「効率なんて二の次!! 乗りたいものに乗って、待ち時間でお喋りするのが楽しみ方なんです!! 友達のいないお坊ちゃまにはそんなことわからないんでしょうけどね!!」


「貴様も友人などおらんだろう」


「いますぅー。せんぱいたちは私のお友達ですぅー」


「貴様が一方的にそう思っているだけではないか?」


 なんて幼稚な会話なんだろう。氷兎はなんだか頭痛がしてきた。いや、なんとなく嫌な感覚はドリームランドに近づいてきた時からしていたが、あの二人がこうまで反発し合うとは思ってもみなかったのだ。まさか一日中あぁして喧嘩をしているわけではあるまいが……。氷兎はなんとなく不安だった。


「とりあえず乗ってみたい奴を見に行って、並んでたらファストパスとって、他の場所回る。これが歩き方ってもんですよ!」


「貴様に指摘されると無性に腹が立つな……」


「うっさい! いいからさっさと行きますよ!」


 西条と藪雨の二人は適当に見て回るつもりなのか、とりあえずといった感じで歩き出した。方角的には水しぶきが舞うようなジェットコースターのある場所だろう。藪雨はともかく西条は恐怖とは縁遠いような性格だ。藪雨の方も気が立っているせいか、恐怖感を感じていない様子。どんなアトラクションでも楽しく乗り回せるだろう。


 そんな二人から離れ、買ってきたチュロスを食べている氷兎と、肌寒くなってくる季節だというのにアイスを齧る翔平。二人の目は細められ、なんともいえない顔をしていた。それもそのはず。せっかく遊園地に来たのに、この二人は派手に遊びまわることができないのだ。


「……あの二人、俺たちが介入する隙あるんですかね?」


「うーん……難しいな。俺たちが従業員だったならともかくなぁ」


「なんとかならんもんですかねぇ」


 前の方を歩いている二人を見失わないように彼らもついていく。西条と藪雨は比較的に並ぶ時間の短いジェットコースターを乗ることにしたらしい。待ち時間30分程度。そう苦にもならない。背が高く、服装もきっちりしている西条は離れていてもわかりやすかった。同じようにして、列の少し後ろ辺りに氷兎と翔平も並んでいく。


 腕を組んだまま周りを見回している西条は、なんとも不思議そうに言葉を発した。


「待ち時間100分となってる場所もあったが……果たして100分も待つ価値というのはあるのか?」


「西条せんぱいは考え方がダメダメですねぇ」


「なんだと?」


「いいですか? こういうのは、友達とかと待ち時間に過ごすことや、アトラクションが終わったあとの興奮を共有することに意味があるんですよ。まぁ、待ち時間が長くてもアトラクション自体は楽しいですよ、本当に」


「100分待つことが、その刹那のような時間をより濃密にさせる、と言いたいのか。なるほど、待てども待てども進まぬ事態。期待は高まりいざ乗ってみれば、これまた満足できる質を提供される……リピーターがつくのも納得がいく」


 自分の中で納得ができたのか、軽く満足げに頷いてから、いったいどのような興奮を届けてくれるのかと不敵に笑い始めた。生まれてこの方、遊園地になど来たこともない。家族で旅行なんてものもなかった西条にとって、ドリームランドは少し輝いて見えていた。


 周りにいるのは子供を連れた家族やカップル。平日だからか学生はいなさそうだ。それでも、そんな『誰か』と一緒に楽しむというこの場所に、まさか自分が来ることになろうとは思ってもみなかったと、西条は思う。縁遠いもので、自分には不必要だと思っていたもの。それが今になって、自分の元に歩み寄ってきていた。


 それを幸せだと喜ぶべきなのか。それとも、普通のことなんだと考えるべきなのか。とりあえず、隣にいる小娘が仮に唯野や鈴華だったのなら、今この時間をどう過ごしていたのだろう。その時の自分は、果たして笑っているだろうか。


「ちょっと西条せんぱいっ!」


 聞こえた声に西条がハッとなる。思考の海に潜りすぎていたらしい。眼鏡の位置を指で直し、気がつけば進んでいた前の人に続いていく。


「もう、ぼーっとしないでくださいよ。隣に女の子がいるのに考え事ですかー?」


「……いやなに。仮に隣にいるのがアイツらだったのならと考えていてな」


「……なにそれ。西条せんぱいって、他人に無頓着過ぎますよねー」


 不貞腐れたように頬を軽く膨らませ、ぷいっとそっぽを向く。そんな藪雨を見た西条は、無性にカチンと来ていた。あざとい。男を手玉に取るようなその仕草が嫌に神経を刺激する。しかしここは遊園地。西条も少し大人になるべきだと心を落ち着かせ、彼女から視線を逸らした。


「今隣にいるのは私なんですから、ちゃんと私のこと考えてくださいよー」


「………」


 思うところがあったのか、西条は再び藪雨の方に顔を向ける。すると、見上げるようにしていた彼女と視線が確かに交わった。未だに不貞腐れた顔をしている藪雨と、初めてのことに多少の動揺や興味を隠しきれない西条。そしてそんな状況で不意に伝えられたその言葉は、どうしてか西条の頭の中で反芻していた。


 しばらくの無言の後に発した言葉は、彼にとっては珍しく覇気のない申し訳なさそうな声音だった。


「悪かったな。確かに、今隣にいるのはお前以外に他の誰でもない。だというのに、他人を投影して考え事とは……些か、褒められたものではないな」


「─────」


 彼の口から出てきた言葉に、藪雨は唖然として口を開けたまましばらく呆けてしまった。不思議なものを見るような目のまま、西条が彼女に言う。


「……どうした、口に虫が入るぞ」


「い、いや……謝るんだなって」


「何を言うか。謝罪するのは当然のことだろう。非があると思えば、頭を下げねばならん。俺は確かに排他的ではあるが、礼節は弁えているつもりだ。礼節を尽くすべき相手かどうかは俺の判断によるがな」


 いつものように小馬鹿にしたような笑みを浮かべた西条は、なんともないことだと言わんばかりに先に進んでいく。藪雨は正直、もっとキツくて、当たりが強くて、酷い人だと思っていた。それらがなくなるのも、あの二人の前だけなんだろうとも。けれどそんなことはなかった。


 確かに他人に対して厳しい目を向ける西条だが、彼は基本的にしっかりとした相手ならば見下すこともない。人間嫌いも、少しずつ氷兎たちによって緩和してきている。丸くなったとも言えるのだろう。


「……ま、まぁ今回は西条せんぱいが悪いですし? えぇ、存分に反省してくださいね。女の子が隣にいる時に他のことを考えるのはご法度なんですから」


「なるほど、覚えておこう。俺にそんな機会があるとは思わんがな」


「今あるでしょうが! 実践してホラホラ!」


「流石に喧しいぞ」


 鬱陶しそうに眉をひそめるも、そんな西条の事なんぞ意に介さんと思っているのか、藪雨は態度を改めない。そんな二人のことを後ろから眺めている氷兎と翔平は、なんだか胃もたれを起こしそうになっていた。


「西条がデレた? デレたか?」


「徐々に心を開いてきている気がしなくもないですねぇ」


「いける。いけるぞ、西条。そのままくっつくんだ」


 バレないように小声でエールを送る。そうこうしている間に、順番は回ってきていた。西条と藪雨はカップルとでも思われているのか、二人一緒に乗せられてそのままジェットコースターは出発する。カートは一気に下るために、その高度をぐんぐん上昇させる。身体がシートにへばりつくような感覚に、二人の緊張と興奮は高まってきていた。


「……中々、緊張感のある上り坂だな」


「つ、強がっちゃって。本当は怖いんじゃないですかぁ?」


「馬鹿言え。これよりも怖いものを日頃体験している。こんなもの、まったく怖くはな─────」


 突如始まる急速な落下。西条の言葉は掻き消され、乗客たちの歓声ともとれるような悲鳴が更に興奮度をはね上げる。下り、曲がり、捻れ。そして最後は水辺に向かっての急速落下。大きな水しぶきと悲鳴を上げて、ようやくジェットコースターは終わりを告げた。


 カートから降り、写真を販売しているショップへと向かう途中。身体をわなわなと震わせている西条は、傍から見てやべぇ奴と思われても仕方がない様子であった。


「ククッ、なるほど。これは……中々刺激的だ。いや、侮っていた。たかだか遊具だと思っていたが……これ程とはな!」


「いやぁー、怖かったけど楽しかったですねぇ! ほら、写真ありますよ!」


 落下途中の乗客の様子を写した写真が画面に映されている。自分たちのはどれだと探してみれば、藪雨はすぐさま見つけだして指をさして笑い始めた。


「ぷぷっ、あははははっ! 西条せんぱいの顔、引きつってる!」


「予想以上で動転していただけだ、二度目はない。しかし……お前も変顔じゃないか。見てみろ、この面を。髪の毛までボサボサだ。まるで泉津醜女ヨモツシコメだな」


「言ってることはわからないですけど、すごい侮辱された気がする!」


「ほう、侮辱の意味がわかるのか」


「それぐらいわかりますぅー。ほらもう、次行きますよ!」


「急ぐとしよう。時間は有限だからな」


 なんだかんだ、楽しめている二人だった。





〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜





 しばらく経ち、西条と藪雨はトイレ休憩。氷兎と翔平も休憩を入れるべく、近くにあった自販機で飲み物を購入することに。しかしハロウィンの時期でもないのに、妙に自販機の色が禍々しかった。黒や赤が入り乱れるその見た目もさることながら、中身もまた一風変わったものばかり。ボトルだけでなく酒瓶まで並んでいた。


「……黄金の蜂蜜酒って、これ酒ですかね」


「遊園地で酒……いや、名前だけじゃね?」


「こっちはルルイエの天然水。あれ、ルルイエってどこかで……」


「コーラ、黄衣の王風味……なんだかよくわかんねぇけど、コーラなら外れはねぇだろ」


 ガシャコンっと自販機からボトルを二つ購入する。コーラの色をした不思議な飲み物だ。振ってもいないのに中身がグルグルと回転して、時折黄色が混じっているように見えたりする。本当に飲んでもいい代物なのだろうか。氷兎は訝しんだが、買ってしまった手前飲まないわけにもいかない。蓋を開けると、hastur……と空気が抜ける音にしては不思議な音が聞こえた気がする。ボトルを傾け、中身を口の中に流し込んでいくと……。


「ッ、おっぶ……おぉぉ……」


「おぼッ……ひ、氷……おぇッ」


 口の中に広がる理解することも恐ろしい冒涜的な味。コーラの甘味なんてものは一切なく、感じられるのは生臭さ。胃の中身すらも道端に全て吐き出していくも、口の中には未だに風味が残り続け、まるで口内に生きた何かが存在しているのではないかという錯覚まで感じさせる。


 口の中に指を突っ込み、何もないのだと実感しても尚悪寒は止まらない。指を更に突っ込み、喉の奥へ奥へ……。


「はい、ストップ」


 突然響くようにして聞こえた暗い女性の声に、二人の狂気に塗れた行為が止まる。今、自分は何をしていたのか。それを理解するのに十数秒はかかった。周りを歩く人々はまるで何も起きていないかのように素通りしていく。異様な光景だったが、それよりも身の毛がよだつような酷い悪寒を氷兎は感じていた。声の主……漆黒とも言い難い喪服のような服装に身を包んだ認識できない顔の人型。胸の起伏で女性だと判断できる。それと服装くらいでしか判断の材料がない。


 今まで窮地に陥った時に手を差し伸ばし、時にはむしろ地獄に叩き落とすような真似をしてきた神話生物。ナイアだ。


「……なんで、ここに」


「うぇ……っと、新顔さん。知り合いか?」


「ナイアですよ、こいつが」


 はろはろーっと仕草だけは楽しそうに翔平に向けて手を振るう。翔平の目にはナイアは確かに見目麗しい女性に見えていた。大人びた容姿を持つ美しさ。だがそれと同時に、培ってきた直感が警告を発していた。ヤバい。近寄るな、と。


「ご紹介にあずかり光栄。私がナイア、彼に力を貸しているモノだよ。それと、ようこそドリームランドへ」


 仰々しい動きで、本当に歓迎しているのかとも思えるように感じる挨拶だった。氷兎の、なんでここにという質問にナイアは答える。


「私はここの管理人の一人さ」


「……驚くところなんだろうけれど、すんませんが水貰えないっすかね。口の中が胃液で……」


「あぁ、それならどうぞ」


 翔平の頼みに、ナイアが指をパチンッと鳴らす。すると突然閉じられていた氷兎と翔平の口の中に液体が発生し始めた。塩辛い。これは海水だ。すぐさま二人は口を開いて再び吐き出す。まるで滝のように流れ出る海水は、数秒間続いた後にピタリと止まった。代わりに彼らの額には汗がにじみ出ている。


「や、やりやがったなナイアっ……」


「ふふっ、いい見世物だったよ。まぁ、存分に楽しんでくれたまえ。どうやらお客が来ているみたいだからね」


 瞬きをしたその一瞬、風に吹かれたかのようにナイアは消え去っていた。代わりにその場に現れたのは数人の暗い紫色のローブを来た人型たち。ローブの中はまったく見通せない。そのうちの何人かは掃除用具を持って二人の吐瀉物を片付け始めた。


「な、なんかすんません……」


「いやそれより、こいつらもヤバいですって。そもそも、周りの連中まったく気がついてないし……なんか、空の色までおかしくなってますよ」


 言われてみて初めて翔平は気がつく。空の色は晴れ渡った水色ではなく、薄暗い紫だ。彼らのローブと似たような色をしている。一体いつの間にと考えたが、間違いなくあの飲み物のせいだろう。意識が混濁している間に、似たような別世界にでも連れてこられたらしい。


 ローブを着た人型の一人が二人の前に歩みでる。どうやら歓迎しているようだ。


「ようこそ、起きたまま訪れた『夢見る人』よ。そしてあの御方のご客人。ここは幻夢境ドリームランド。貴方たちがおられた世界、『覚醒の世界』とはまた異なるパラレルワールド。本来ならば正規の手順を踏まねばなりませんが……あの御方は無理やり連れてこられた様子。ご自分のお身体をもう一度よく確認してくださいませ」


「ちょっと待て。いきなりで何がなんだか……って、なんじゃぁこりゃぁ!?」


 翔平が驚き声を上げる。なんとその姿は黄色い半袖のシャツに青色の短パンという青少年スタイルだったのだ。何故か腰にはポーチがあり、中には野球ボールがぎっしり詰まっている。


 一方氷兎も見てみれば、これまた奇っ怪な格好であった。身体にまとわりつく黄色の毛皮と赤色のベスト。不思議な形をした手には木製の棒のような限りなく鈍器に近いものが握られている。自分自身でもどう握っているのかわからない。更には頭部にはいつの間にかキグルミの頭が装着されている。だというのに自然と視界は開けていて、なんだかよくわからない。


「なんだこれは、たまげたなぁ。氷兎が完全にプニキじゃないか」


「先輩のそれは……ロビカスですかね」


「こちらでは、それ相応の格好に変わります。一応遊園地ですので、周りの人に見られても大丈夫な服装になっております」


「……上位存在が敬語使ってることに違和感を感じて仕方がないんですが。それで、一体俺たちに何を……?」


 コホンっと改めるように咳払いをしたローブの人型は、氷兎の質問に答えるべく自分たちが何者であるのかを説明し始めた。


「我々はこの星に住まう古の神。訳あってあの御方の力の庇護下に置かれる形でこの地に住まわせて頂いております。無論、あの御方のお客人に粗相をするわけにもいきませぬゆえ、このような言葉遣いでございます」


「神……そう、神……神ッ!?」


「あぁぁもう、頭痛くなるぅ……」


 目の前の存在が異様なものであると知った翔平は驚き、氷兎は頭痛を感じ始める。もう嫌だ帰りたい。氷兎は既に逃げ腰だ。しかしそうは問屋が卸さない。逃がさんとばかりにローブの人型、古の神々たちによって取り囲まれてしまう。


「あの御方のお客人だからこそ、頼み事があるのです。敵対する旧神ノーデンスが、この地に尖兵を送り届けております。名を、夜鬼ナイトゴーントと申します。こ奴等はこの遊園地にいる人々に幻夢境から覚醒の世界に移動して接触するためなのか、あちこち飛び回っております。既に何体かは覚醒の世界にいるかと……。お客人には、このナイトゴーントの退治をお願いしたいのです」


「放っておくと一般人に被害が出る……ってことですか?」


「その可能性が高いと申し上げます」


「あぁーっと……戦うのは別にいいんだけど……この装備で?」


「はい」


「いや、はいじゃないんですが」


 もっとマシな装備を支給しろよと二人は自分の格好を見て思う。しかし古の神はそれを申し訳なさそうに謝罪した。


「覚醒の世界と幻夢境を行き来して奴らを倒すには、その格好でなくては目立ってしまいます。幸いにもここは遊園地。施設は顔パスでどうとでもなりますし、パレードに紛れて奴らを倒すこともできます。武器も持っていて不思議ではありませんし、行き来するためのゲートは各地に点在しておりますので。それに、その装備には我々の加護が宿っております。普通の装備よりかは強いでしょう。どうかこれで、奴らの退治をお願いできませんか?」


『……えぇー……?』


 西条と藪雨をくっつけるための作戦は、いつの間にか人々を守るための神話生物掃討作戦へと変わっていた。


 かくして彼らは戦いに赴く。フルスイングで場外ホームランを狙う黄色い熊と、様々な球種と緩急のつく速度を投げられる化け物ピッチャーとして。


 プニキのホームランダービー in 幻夢境。開催である。




To be continued……



 ドリームランド


 正規の手順を踏まなくては行くことのできないパラレルワールド。神々の住処になっていたりする。死んでも夢から覚めるだけだが、二度とドリームランドに行くことはできない。

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