第93話 痛い
とくん、とくん、と脈打つ黒い物体がある。それは見てくれは心臓のようだ。暗い地中に埋められたソレは、上から漂ってくるモノを感知して吸収していく。
とくん、とくん、とくん。脈打つ度にその心臓のようなものは輝きを増していく。それは鈍い黒の光だ。暗い地中よりもなお暗い。
『アイツのせいで……』
『さっさと死ねばいいのに』
『死にたい』
『嫌だ、死にたくない』
『何がヒーローだ』
『アイツのせいで、何もかも滅茶苦茶だ』
『殺しちまえばいいんだ、全員』
響く。脈打つ。死ね、殺せ、死ね、殺せ、シネ、コロセ。
誰かの悪意が流れ込んでいく。心臓は……脈動することをやめない。
〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜
「………」
気がつけばもう放課後になっていた。最近は明日香も僕との接触を少なくしているのか、会いに来ることが減った気がする。でも連絡はいつものように取り合っていた。どうしたらいいとか、アレが格好よかったとか。たわいない話から、君の好きな人自慢まで。
「……帰ろう」
何か嫌な予感がしていた。心臓が嫌に脈打っていて、呼吸が少し浅くなっている気がする。こういう日はさっさと帰った方がいい。それに、なんだか最近物忘れも酷い。心臓の暴れ具合といい、物忘れといい……僕は何か病気にでもなっているのだろうか。
あぁいや、ずっと昔からかかっている病気ならあったな。恋の病とかいう、どうにもならない不治の病だ。どんな薬も、治療も効果はなく、唯一治せるとすればそれは……告白して振られるという自殺行為のみ。
カバンを持ち上げて、いざ帰ろうと席を立つと……ちょうど、誰かが教室の前の扉を開けて中に入ってきた。学生服をしっかりと着こなし、赤い眼鏡をかけた女の子。なんだか最近、彼女と会う機会が多い気がする。
「まだ教室にいたんだね、藤堂君」
「今から帰ろうと思っていたところだよ」
彼女は優しげな笑みを浮かべながら近寄ってくる。カバンを持ってきている辺り、今日は何も仕事がないらしい。
「ちょっと話でもしない? 帰りながらでもいいけど……外は暑いから」
「……まぁ、いいよ。特に用がある訳でもないし」
断るのも僕の心境的に良くない。嫌な予感はしてるけど、まぁいいやと僕は流した。それに、彼女にはコロと会わせてくれた恩もある。
自分の席に座って話を聞く体制になると、加賀さんも隣の席に座った。その座る時の動作とかがとても洗練されている気がする。その立ち振る舞いだけで随分とお淑やかな感じがしてきた。当の本人はSNSとかでアニメの話が多いけど。
「藤堂君はこの前放送開始したアニメ見ましたか?」
「転生したらなんたらでしたってやつ? いや、俺は見てないよ」
「そうなんですか? 結構面白かったんですよ、アレ」
「加賀さんはアニメが好きだね……」
「それはもう、大好きですよ。やっぱり男の子が女の子を助けるために戦うみたいな王道物もいいですけど、何もかも奪われて復讐する復讐物も中々捨て難いですし……」
最近はMADも作ってるんですと言った彼女はとても生き生きとしていた。もはやオタクの領域ではないか。人は見た目によらないものだという言葉がここまで突き刺さるとは思わなかった。
「そうそう、アニメといえばこの辺りでもヒーローの話があるじゃないですか」
彼女は唐突に、ヒーローの話をしてくる。どうやら現実世界のヒーローにも彼女は興味津々らしい。
「そうだね。神出鬼没で手口もわからないって言われてるけど……」
「えぇ。でも私凄いことに気がついちゃったんですよ!」
自分の好きなことを話せて嬉しそうに顔を破顔させている加賀さん。なんだか目がキラキラしている。アニメ好きだと本人もアニメ表現ができるようになるのか。末恐ろしい。
「実は……ヒーローって高校生かもしれないんです!」
「……なんで?」
「だって活動は基本夜中ですし、ヒーローの活動について語るスレとかで日付とか確認してみたら、夏休みとかは活動量が多くて、逆に去年の高校受験期間とかはめっきり活動してないんです。つまり……ヒーローは高校一年生なんですよ!」
「随分と詳しく調べたんだね、加賀さん……」
正直呆れた部分が多い。一体何が彼女をそこまで突き動かすんだ。小さなため息をつく僕に気づかず、彼女はまだまだ話を続けた。
「それに、受験は前期で終わってます。後期の時期は既に活動を再開させて、その活動量も増えてますね。前期で合格できて嬉しかったんでしょうか?」
「えぇ……」
流石に頭を抑えた。ダメだ、流石にここまで僕はついていけない。加賀さんの情報収集能力が高すぎる。しかも彼女が言うには、スレの内容もしっかりと確認して、実際にそれが起きたことなのかも逐次確認していったらしい。
「……加賀さんは楽しそうだね」
「それは……楽しいですよ。だって現代に現れたヒーローって、格好いいじゃないですか。女の子として、危険なところを救われてみたいなーとか思うわけですし」
「通りすがりの、たい焼き屋サンよ……って?」
「流石にそれはちょっと……。藤堂君って昔のゲームとかも知ってるんですね」
「たまにミ=ゴミ=ゴ動画見たりするから、それのせいかな」
「私もよく見ますよ。レアハンターとか、RTAとか」
ガッツリオタクだ。真面目そうな顔してパソコンの前でカタカタやってるのが思い浮かんでくる。真顔でコメント打ってそうな気がしてきた。こわいなぁ、とづまりすとこ。
「……加賀さんって、随分とその……アレだね」
「あ、アレって言わないでくださいよ! 私他の人には恥ずかしくてこんなこと言えないんですから!」
「その割には自爆してた気がするけどね」
真っ赤な顔で、両手を振って否定している加賀さん。なんだか笑いがこぼれてくる。別にこんな性格なら、多少……いやガッツリオタクでもそこまで引いたりしないだろう。
『アッハハ』
話していると、ふと耳に女の子の笑い声が届いてきた。その声は……僕が何度も聞いたことのあるものだ。間違えるはずもない。明日香の笑い声だ。そういえば今日は部活が休みだったっけ。ならすぐそこにいるのかな。
「ごめん加賀さん、ちょっと……」
「あっ、藤堂君?」
加賀さんの声を聞き流しながら、僕は前の扉を開けて教室の外に出た。廊下には何人かの生徒が残っていて、二つ程隣の教室の前で見知った後ろ姿の女子生徒が見える。明日香だ。誰かと話しているらしいけど……。
「それでね、私その時ちょうど部活帰りの時でさ」
「そう……。それはちょっと怖いね」
……誰と、話しているんだ。
「………」
この位置からじゃ誰と話してるのか見えない。でも、その声は確かに男の声だ。
……とくん、とくん、と心臓が脈打つ。引き返した方がいいと心が訴えかけている。それでも、それでも足は前に進んでいく。
「──────」
彼女の陰から見えたその人物は……冴えない、男子生徒だった。気の弱そうな顔立ちで、背も高いとは言えない。なんとなく既視感に刈られる。それは、まるで……。
「あ、あの……藤堂君?」
袖が引かれる。でも僕はその言葉に振り向くことすらできなかった。頬が引き攣る。目の前の光景を嘘だと吐き捨てたかった。
「アッハハ」
笑っている。君が笑っている。郎らかに、嬉しそうに。そんな顔、僕にしか見せないと思っていたのに。なんで、なんで……。
「あっ、待って!」
誰かが僕を引き止めようとする。でも、もう止まれなかった。袖を引く手を振り払い、その場から後ろを向いて駆け出した。カバンも持たずに階段を駆け下りて、昇降口を通って走っていく。
痛い。胸が痛い。心臓が痛い。痛くて、泣きたくて、どうしようもなくて。頭の中で誰かが警鐘を鳴らしている。痛いよ。痛くて痛くて、仕方がないよ。君に会痛い。会って何もかも話してしま痛い。
なんで、彼なんだ。なんで、僕じゃないんだ。だってアレは、あの男は、まるで……。
「……昔の、僕じゃないか」
誰にでも一人称が僕で、気弱で、コミュ力もなくて。あの男はどうしようもなく昔の僕に重なっている。それなら、なんで……僕じゃないんだよ。
僕で……いいじゃないか。君に似合う男になるために、必死に頑張ったのに。君以外の人と話す時は、俺を使うようになったし、少しは他の人とも話せるようになったし、服装も格好よくなるように勉強して合わせて……。全部、全部君のために……。
なのに、なんで……。
「僕じゃ、ダメなの……」
公園のベンチに座って身体を抱きしめながら泣く僕は……どうしようもなく、不格好で格好悪い。そんな僕を、誰が見てくれると言うんだろう。
あぁ……頭が、痛い。
To be continued……
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます