第64話 問いかけ

 結局、あの時の答えはまだ出ていない。思い出したせいで、少しだけ首がズキリと傷んだ。空いている手で痛む場所を擦りながら、俺達は霊園の中を歩き回っている。


 ……そうして歩くこと数分。何とも言えない違和感のようなものを感じた。身体が強ばるような、そんな感じ。おそらく近くに神話生物がいるのだろう。あの女声から貰った力のおかげなのか、周りに神話生物がいると、精度は悪いが違和感として感知できるようになった。


「……氷兎、近くにいるのか?」


「多分、ですけどね。気をつけましょう。物陰から飛びかかってくる可能性もあります」


 七草さんが持っている懐中電灯のライトが辺りを照らしていく。早期発見と迅速対処を心掛けなければ。各々自分の武器を取り出して、警戒を強めた。


 広めの場所にまでやってきた所で、俺達は合図もせずに足を止めた。すると、背後の方でジリッと砂を踏む音が聞こえた。ライトが背後を照らしていく。先輩がその明るい場所に向けて銃を向けた。


「貴様は馬鹿か。こんな夜の街中で発砲音を出すな。せめてサプレッサーをつけろ」


 西条さんが先輩の腕を無理やり抑えつけた。だから何度もサプレッサーをつけろと言っていたのに。仕方が無いので、代わりに俺が片手で銃を構えておく。


「……いやまぁ、一応サプレッサーをつけてるの持ってきてるけどさ。ってか、そもそもこんな所で銃ぶっぱなすとか罰当たりじゃね? 墓石に当たったら目も当てられねぇ」


「だったら敵の目に当てろ」


「手厳しい」


 デザートイーグルをしまい込んだ先輩は、コルト・ガバメントを二丁ホルスターから取り出して構えた。


 嫌な空気が張り込めている。そして、鼻につく臭いがする。泥と、血と、腐敗した臭いだ。敵はゾンビか何かだろうか。


「……ッ、氷兎君伏せて!!」


「なにッ!?」


 七草さんに言われるがまま軽く身体を伏せると、その真上を七草さんの蹴りが通過していった。鈍い音と共に、何かが墓石に向かって飛んでいく。


 光を向けていた方とは逆側……。最悪囲まれている可能性が高い。


「全方位に注意してください! おそらく囲まれてます!」


「……となると、コイツはそれなりに知性があるのか」


 西条さんを見れば、もう既に七草さんが蹴り飛ばした物を斬り殺した後だった。


 それは一見、人のようにも見える。しかし指についている爪は長く、口は大きく裂け、犬のような耳が存在している。身体の殆どは肌色だが、背中の部分は緑色の皮膚に変わっているようだ。


 足は強靭な筋肉でもあるのか、スラリとしているのにやけにゴツゴツとしている。そして足の指にも、長い爪のようなものが存在していた。


「チッ、来るぞ!!」


 先輩の声が響く。辺りの暗がりには、真っ赤な点がいくつも浮かんでいた。それらは動き回り、物陰から飛び出して襲いかかってくる。真っ赤な点は、コイツらの目の色だった。


「数だけは多いな」


 淡々と西条さんは刀で襲いかかってくる奴らを斬り殺している。俺も、目の前に迫ってきていた腕を弾き、蹴り飛ばし、そして槍の穂先で切り裂いた。数が多い。間合いに入られたら対処が間に合わなくなる。


「本当に全方位だなオイ……っと、七草ちゃん伏せな!!」


「っ、ありがとうございます翔平さん!!」


 この中で唯一女の子である七草さんに、奴らの攻撃は集中しているように思えた。その援護に先輩が回る。


 先輩を中心とし、それを護るように三方向に囲む陣形をとっていた俺達に現状死角はない。厳しそうだと思ったところに先輩が弾丸をぶち込み、接近戦を得意とする西条さんと七草さんが敵を倒していく。


 俺は……月が欠けていて思うように力が出なかった。槍で吹き飛ばすくらいはできるが、一撃で致命をとれるほどの鋭い突きが放てない。しかし、弾いたりする内に俺に攻撃が届かないと知ると、西条さんか七草さんの方に移動しようとする。


 その離れた連中を、先輩が撃ち抜く。そうして辺りに死体の山ができ始めた頃だろうか。ようやく、襲撃が終わった。襲いかかってくる個体もおらず、血の匂いが充満するこの空間に残されていたのは俺達と死体だけだった。


「……見た事の無い神話生物だな」


 死体を蹴り飛ばしながら、西条さんが言った。確かに見た事の無いタイプだ。口を開いている死体からは、長い舌と鋭い牙が見える。噛まれたら一溜りもないだろう。


「にしたって数が多い。マガジン幾つ使ったと思ってやがる。パッと見でも20以上はいるぞ」


「以前から失踪者が増えたと聞いていたが……犯人はコイツらかもしれんな」


「ゲッ……俺達が神話生物相手に戦ってる時に、世間は失踪者騒ぎか。氷兎は知ってたか?」


「いえ、この所ニュース見てなかったですから……」


「そういえば、菜沙ちゃんが怖いねって話してたよ」


 菜沙はニュースを見ていたようだ。いや、アイツは基本仕事がないと暇してるからな……。それに、俺も先輩も基本的にはオリジンの外に出ないから、ニュースを見ていない。というか、先輩が普段テレビゲームをやってるせいで見れない。


 世間の様子について話をしていると、西条さんが会話に割って入ってきて話を止めた。


「無駄話もここまでだ。コイツらの寝床を探すぞ。」


「コイツら倒せたんだし、もう残ってないんじゃね?」


「それでコイツらのガキが残っていたらどうする。火事は火種を消さんことには収まらん。繰り返しになる前に、一匹残らず殺すぞ」


「……物騒なことで」


 西条さんの物言いに、先輩は頭を掻きながら辺りを見回した。俺も少しだけ周りを見回し、違和感を探るが……何も感じない。周りには何もいなそうだ。その事を三人に伝えると、霊園の中を手分けして探そう、ということになった。


「なら話は簡単だな。俺が一人、貴様らは三人。その組み分けで十分だろう」


「おいおい、いくら強くたって一人はダメだろ。そこんとこ考えようぜ。俺とお前、そんで氷兎と七草ちゃんでいいだろ」


 先輩の考えたメンバーの割り振りに、西条さんは顔を歪ませた。なんとなく、この天パと一緒に行動したくないとでも言いたげな顔つきだった。しかしまぁ、妥当ではある割り振りだろう。


「いいや、却下だ。組まねばならぬと言うのなら、唯野、貴様が俺と共に来い」


「……俺ですか」


 先輩の考えに反対した西条さんが、俺に指を向けて言ってくる。そんなに先輩と一緒にいたくないのだろうか。いやまぁ、七草さんが西条さんと一緒に行くよりはマシだろう。


 ……視界の隅で七草さんがしょぼくれている気がした。


「当たり前だ。この中で強さ順に言えば、俺が一番。次点でオリジン兵である七草。オリジン兵には到底及ばぬが、三番目が天パ。そして……その三番目よりも更に劣るのが貴様だ、唯野」


「……西条。お前ここんとこ氷兎に対して当たりが強ぇよなぁ? 俺の大事な後輩虐めてんなら……お前の高そうな服に蹴り跡がつくぞ」


 先輩が俺と西条さんの間に割り込んで、西条さんを睨みつけた。その顔は真面目そのもので、声は彼が本気でそれを言っているのだとわかるくらい真剣味を帯びていた。


 七草さんが俺の外套の裾を掴む。彼女は不安そうに俺と先輩を見ていた。先輩と西条さんの間でバチバチと火花が散っている気がする。


「なら貴様らが三人で行けばいいだけの事だ」


「それはダメだって言ってんだろうが。お前には俺がついていく」


「後ろから誤射されたくないんでな。その点、唯野なら手が滑って攻撃されても先に殺せる」


「テメェそれ以上何か言ってみやがれ!!」


「先輩、落ち着いてください!!」


 西条さんの胸ぐらを掴みにかかった先輩を、俺と七草さんで無理やり引き剥がす。それでも先輩は西条さんに向かって再度掴みかかろうと、七草さんの腕を振り払うべくもがいていた。


「先輩、大丈夫ですから。俺は平気です。だから……落ち着いてください」


「……フン、俺は先に行っているぞ」


「待てや西条ッ!!」


 西条さんが一人で先に探索に行ってしまった。その独断行動に、先輩がまた怒った。西条さんが俺への当たりが強いのは……きっと、この前の事があるからだ。けど、だからこそ俺はあの人に着いていかなくてはいけない。


 先輩を抑えている七草さんに向けて、少し申し訳なく思いながらも頼み込んだ。


「……ごめん、七草さん。先輩のことお願いしていい?」


「私は平気だよ。でも……何かあったら、呼んでね。助けに行くから」


「ありがと、七草さん。じゃあ……行ってくる」


 二人に背を向けて、俺は西条さんの元へと走った。後ろから俺の名前を呼ぶ先輩の声が聞こえてくる。けど、振り返らない。心苦しく思いながらも、俺は彼の元へと急いだ。


 そう距離も離れておらず、すぐに西条さんの元へとたどり着くことができた。彼は俺が追いついても、その仏頂面を崩しはしなかった。まるで固まっているかのように思える彼の口がゆっくりと開かれる。


「答えも出さずによく戦場ここに来たものだな。夜間に戦闘能力が上がっていてもその体たらくか。攻撃に迷いが滲み出ている」


「……そう簡単に、割り切れるものではありません」


「そうして長々と引きずるつもりか。やがて貴様自身の重りは、貴様と共にある者の重りにもなる。貴様が足を引っ張って誰かが死ぬことになる。まして、槍術でもなくしか扱えないのだからな」


「………」


 唇を噛み締める。確かに俺の攻撃は槍術ではないだろう。相手を傷つけるのではなく、気絶させるためにこの黒槍は創られたのだから。『殺す槍術』ではなく、『生かす棒術』になってしまっているのも仕方の無いことだと思っていた。


 ……そうやって、正当化していた。その心すら、西条さんにとってはお見通しだった。周りに何かないか探しながら、俺達は会話を続けていた。


「貴様は、神話生物に親が殺されてこの組織に入ったらしいな。その時点で何も考えてはいなかったわけではあるまい」


「……ただ大切な物を護らなくては。そして、俺と同じ思いをする人をなくさなければ、って思っていました」


「……本当にそう思っていたのか? だとすれば、それは素晴らしい心掛けだな」


 人を嘲るような声が霊園内に響いた。


「貴様はこう思っていたのではないか? 頼れる親が死に、俺はどうするべきかわからない。けどこの組織なら衣食住に加え、金まで貰える。、と」


「そんなこと、思うわけが……」


 ……完全には否定出来なかった。確かに、どこかしらそう思っていたかもしれない。両親が死に、俺はどう生きていくべきなのかわからなかった。そんな中、道標があったら、辿ってしまいたくなるだろう。


「何の指示もなく、危うくあやふやな未来に足を踏み出すのは恐ろしいことだ。だが、この組織では未来をどう生きればいいのかを指示してくれる。やるべき事を伝えてくれる。言い換えれば、学校と同じだ。所詮貴様は大人の真似をしようとしている子供に過ぎん。真に大人であるならば、誘われた時に未来を考え、普通の生活に戻ろうとするだろうよ」


「……貴方も大人ではないくせに」


「いいや、少なくとも貴様よりもよっぽど大人だ。俺はもっと未来を見据えている。自分の生き方は自分で決め、自分のとった行動で何が起こるのかを理解した上で動いている。その場その場で、楽だからと平坦な道を歩いている貴様とは訳が違うのだ」


 棘のある言葉が次々と突き刺さる。その言葉に反論できるだけの考えは思い浮かばず、俺はただ黙っていることしか出来なかった。


「……あれから、VR訓練をしていないようだな。悩むあまりに鍛錬すらも疎かにしたか」


「……悩みの種そのものじゃないですか。そんなのに気軽に手は伸ばせません」


「だろうな。だが、鍛錬を怠っていい理由にはなりえない。そも、今まで誰もあの装置について何も思わなかったのか。何故、痛みすらも感じるVRに対人戦までプログラムされているのか。殺人の練習でもしろというのか。いや、言っているのだろうな。癪だが、あの女は嘘をつくのが上手いからな」


「……木原さんですか」


「貴様も、あのバカも。この組織にいるほとんどがあの女に何かしら偽の情報を掴まされている。言葉の全ては真実ではなく、嘘を織り交ぜた判別のしにくい虚言だ」


「なのに、何故ここにいるんですか」


「言ったはずだ。果たすべき理想のために、必要なものがここで得られるからだ」


 そう言って西条さんは歩くスピードを速めていった。最早何が真実なのか測りかねていた。


 己の信じる強さとは。その対価に何を支払えるのか。西条さんの言葉は真実なのか。


 わからない。しかし、理解し答えを出さなくてはならない。西条さんの言う通り、俺はまだ子供なのだろう。


 ……あそこまで他人に対して邪険に扱う彼が、何故ここまで俺の面倒を見てくれるのかがわからない。しかし、彼の言葉に耳を傾けていれば……そのうち、何かしらが掴めるのではないかと思えてしまっていた。


 話すこともなく歩いていた俺達のインカムに連絡が来た。どうやら先輩が何かを発見したらしい。聞こえてくる声は、どこか確証がなく不安そうな声だった。


『……あの連中の仲間だと主張するが接触してきた。一旦戻ってきてくれ』


 ……その言葉にまた俺は、嫌な予感がしていた。ふと頭をよぎったのは、山奥村で起きた沼男事件であった。その類でないことを、心の底から祈りながら、俺と西条さんは先輩達の元へと急いだ。




To be continued……

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