庭の天使

「いい場所でしょう?」

 小鳥がさえずるような調子で言われる。私はたなびく風に撫でられながら、夢見心地で頷いた。


 山の中腹に抱かれた高原。道路から少し外れた、奥まったところにある石造りのホテルは、サイトやガイドやパンフには載っていない、「知る人ぞ知る」穴場だった。宿泊費も手頃で、3食ルームサービス付き。朝晩は氷点下まで冷え込むのが難点らしい難点だが、エアコンはよく効くので問題はなかった。

 家族経営のホテルというが、長男はとっくに自立して首都で働いているという。ここにいるのは夫婦とその娘――ことし、17になるアレクサンドラアレックス――だけだ。


 このアレックスというのが、素晴らしい美人で気立ても良く、愛嬌もある非の打ち所のない娘さんだった。両親思いで所作は丁寧、老若男女を問わず客を虜にしてしまいそうな女の子。私もご多分に漏れず、出会って12時間で彼女を相当に好いてしまっていた。


「ふふ。いい所なんです……本当に。わたし、ここの娘でよかった」

 ホテルの庭。点在するテーブルのひとつに陣取り、私はティータイムを楽しんでいた。ハーブティをポットからカップへ注ぎながら、アレックスは柔らかな微笑みを浮かべる。鈴を転がすような声音は、山間の日射しと相まって私の身体に染み込んでいく。

「さぁ、どうぞ」

 促され、私はソーサーからカップを持ち上げた。ほんのりとレモンの香るハーブティは、瑞々しい琥珀色をしていて、兎に角美味しそうだった。

 くい…と飲み干す。量はないが、すっきりとした後味に似合わぬ濃厚さがくせになった。生姜が効いているのか、嚥下するとじんわりと温かいものが拡がっていく。

「……すごく美味しい」

 私は素直な感想を述べた。

「そうですか? ふふ、良かった」

 銀のトレーを抱えて歯を見せる彼女は、どこか蠱惑的ですらあった。

「……しばらく、話し相手になっていただけませんか」

 ふと、私はそんな言葉を口にした。疲れていたとか、だから癒しが欲しかったとか、そういうことではなく、単に彼女を魅力的に思ったからだった。

 アレックスは目を丸くしたが、すぐにそれを細め、わたしでよければ、と笑い、対面の椅子に腰を下ろした。

「何をお話ししましょう? このホテルの来歴? それとも他愛のない雑談を?」

「できたら全部、お聞かせくださいな」

 きっとアレックスあなたの声は、どこまでも耳心地良く響いてくれるでしょうから。

「ええ。任せてください。まずはここの――」

 私は頬杖をついて、彼女の話に耳を傾けた。

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