あの味をさがして

「ここで合ってるの?」

「間違ってても、30分に1本の電車は通ってるから大丈夫でしょ。思ったほど田舎じゃないよ」

 駅を降りた私たちは、一路海沿いの道を目指す。

 潮風薫る海辺の町だった。雰囲気は好きだが、海風に当たると車が錆びるので住もうとは思わない。台風や津波も怖いし……その心配がない小旅行なら悪くはない。

 といっても、今回はちゃんと目的がある。


「私の用事に付き合ってくれるのは嬉しいけど、本当にここにあるの?」

 生ぬるい風に揺られながら、千帆ちほは問うてくる。元はといえば千帆が言い出したことだ。数年前に食べた、イカの塩辛の味が忘れられないという……あまりにも美味しくて、ビンをラベルごと取っておいたのが、この間掃除したときに偶然出てきたんだとか。

『美味しいものは一期一会っていうからね。でも、まさかそのままで残ってるとは……私も捨てたもんじゃないわ』

 電車に乗る前、千帆は自慢げにそんなことを言っていた。

「住所は合ってると思うよ……ただ、あのラベルに書いてあった会社、何回となく本社を移してるみたいだから……」

 公式ホームページも辿ってみたのだが、5年前に更新が止まったきりだった。しかしSNSの検索では未だに同名の塩辛がヒットすることから、会社自体はなんらかの形で存続しているとみていい。

 それで、二人で色々調べた結果、この町の漁協センターが怪しい…ということになったのだ。

「今どきネット通販もしてないだなんて」

 SNSで塩辛を手に入れた人たちも、人づてに入手したり道の駅や物産展で買ったケースがほとんどで、この町を探り当てるのには苦労した。

「職人のこだわりなのかな」

「売れなきゃ意味ないのに」

「メインの商品の片手間に作ってるとか?」

 塩辛のつくり方も知らないくせに、失礼なことを好き勝手言う。いっぱい買ってもいいようにと、大きめのリュックを持ってきてある。ぬかりはない。



「ここかな?」

 高い建物も、それどころか高低差すらほとんどない町で、他の家屋や店と同じく1階建ての漁協センターを見つけるのは苦労した。私がそのドアに手をかけると、しかし背後から待って、という声がかかった。

「深呼吸……すー……はー…………」

「なにそれ」

「数年ぶりのご対面だよ? 気合入れてかないと」

「ここと決まったわけじゃなし」

 言いながら戸を引いた。まだ心の準備が〜! という悲鳴に近い声が飛んできた。





「うんうん……これこれ! この味!」

「そんなに? ひと口ちょーだい!」

「はいはい」

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