罪と罰
「――ふぅ」
私はラップトップのエンターキーを押すと、眼鏡を外して眉間を揉んだ。時計を見やる。深夜2時。これ以上続けても集中力が保たない。そろそろやめどきだ。
と。
受信音。
(……メール?)
寝る前に文面だけでも、とフォルダを開いたが、それは私の眠気を吹き飛ばすには充分な威力があった。
『親愛なる
私の名前。そして、私が仕事ではあまり使わない名前だ。
『突然のご無礼をお許しください。私は
名前に見覚えがないわけがなかった。中学の頃の唯一無二の親友で。
『種々の事情が折り重なり、こうして連絡をさせていただいている次第であります』
私のせいで、インターハイへの道を絶たれた子だ。
『積もる話は沢山あります。ですが、メールの文面だけでは到底、語るに尽くせません』
池松麗。この名は、封印すべきものだ。
『つきましては後日、池松様とお目にかかりたく――』
元木加恋。嗚呼――どうして、何故、今になって。
1週間後に会う予定を組んだ。その間の仕事は全て断った。先方から烈火の如く怒られる場合もあった。泣きながら受話器の前で頭を下げた。
でも、元木加恋と会うというのに、のうのうと仕事などしてはいられなかった。
動悸が止まらない。何度となく吐いた。そもそも私なんかに、彼女とあって話をする資格があるのだろうか。いやない。しかし――彼女の方から会いたいと言ってきたのであれば、それを断る資格など、もっとない。
毎日眠剤を飲んでいれば、1週間後はすぐに来た。副作用で肌がボロボロになった。
元木加恋は、当時の面影を残しながら、真っ当に美しく成長していた。
「池松さん」
当時は下の名前で呼び合っていた。それを痛烈に思い出した。その関係を潰したのが私だということも。
「あの――」
口を開こうとする私を、彼女は遮った。
「ただ、私の話を聞いてほしい。あなたは何を話しても、きっと辛くなるだけ」
元木加恋は、極めて優しく、かつ平坦な口調を崩さなかった。私は涙すらも流せなかった。
彼女はつらつらと語りはじめた。あの日のこと、私が嘘をついてまで、出場枠を奪ったときのことを。
私はインターハイには出られなかった。天罰か何かのように、トラックに撥ねられた。脚の怪我で、再起絶望と言われた。その後、逃げるように学校を去った。彼女の方も、今は全く違う職種に就いているという。
「……ごめんなさい。謝罪は、いらないの」
元木加恋は言う。私には、贖罪の権利すらない。
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