夜風のアヤメ

 午後8時。

 プリペイド携帯をスリーコール、鳴らす。それが合図だ。間もなくがやって来る……今回の相棒はここいらじゃちょっとした有名人らしいが、生憎あいにく私は流れ者、町の事情など知る由もない。ただ、組めと言われれば可能な限り従うだけ。

 通りでエンジンの音が響く。ちらりと見やれば、車は走り去って、降り立ったのはひとりの女の子だった。

 驚いた。私もそうとはいえ、で若い女は珍しい。アルビノ、というのか、銀と白の中間くらいの髪色をして、の色はダークグリーン。すべてを見下し、見くびったかのような酷薄な目つきだった。

「あー……英語、わかる?」

 北欧生まれロシア訛りの私が、イギリス発音をマスターするのには時間がかかった。わからない、などと言われては堪らない……彼女が頷いてくれて助かった。

「名前は」

「アイリス」

 赤い唇が可愛く歪み、舌っ足らずな英語で言葉を紡いだ。アイリス……アヤメか。

「銃は持ってる?」

 アイリスは短銃身の回転式拳銃リボルバーを取り出した。.38口径だが強装マグナム弾で威力は申し分ない。私の銃と弾薬は共用できないが、カチコミ程度なら問題はないだろう。

「上出来。じゃあ行こうか」

 アイリスはこくんと頷いた。無口な子だった。




 カチコミはあっけなく終わった。散弾銃ショットガンを持っていたのにろくに生かせず対策もせず、結果正面から私の9ミリ弾をモロに浴びるような雑魚ざこばかりだった。先陣は私が切ったが、アイリスの活躍も目覚ましかった。私の背後に潜む敵を確実に燻り出し、遮蔽物越しにマグナム弾をブチ込んだ。私は机の陰に隠れていた最後の一人に角材アタックを叩き込むと、私はアイリスに「ついてこい」のジェスチャーを送った。

 表に出ると、靄のかかった月が真上に出ていた。

「怪我は?」

「してない」

「良かった。明日もある、弾薬の補給は……」

「ねぇ」

 アイリスの視線が私を射抜く。髪と肌と、瞳のコントラストが、私の心臓を持ち上げた。戦闘中の酷薄な印象はなく、ただ年相応の女の子がそこにいた。

「明日終わったら、おいしいもの、食べたい」

「……私、ここらには詳しくないよ」

「うん。

 ……話が見えない。けれど、アイリスから目を逸らすことができなかった。

「連れ出してほしい、わたしを」

 白銀の髪が、夜風に吹かれる。拙い英語だったが、意志ははっきりと伝わってきた。

「……ここで腐るようなタマじゃないってこと?」

「……そうなるかな」

 顔を見合わせ、笑う。

 とりあえず後は、私のモーテルに帰ってから要相談、だ。

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