選択する女
肝心なときに、ずっと頼っていたものが役に立たないというのは、往々にしてよくあることだ。
「なんでこんなタイミングでっ…」
頭ではそれがわかっていても、実際に受け止めるには時間がかかるというもの。私の場合、それは衣類用のスチームハンドアイロンだった。
会社の説明会まではほとんど時間がなかった。しかし家にはヨレヨレのブラウスしかなく。否、正確にはパリパリにキメたソレを持っていたし着用もしていたのだが、朝食のときに盛大にコーヒーを零してしまったのだ。スーツのジャケットで覆い隠せるとかそういう次元の問題ではなく、そもそもその状態で一応は就職先候補である企業に向かうなど言語道断。それなりに値の張ったブラウスだけにショックだったが、即刻脱ぎ、次のホワイトカラー……概念的な……を選びにかかったのだが。
(……ダメか)
一張羅は複数用意しておくものなのだ。それが身に沁みてよくわかった。どれもアイロンが当たっていなかったり、サイズが小さすぎたりそもそも思いっきり破れていたりして、着用に耐えるものではなかったのだ。
どうすべきか? 答えは明白だった。何着かある、どれも一味足りないブラウスたちの中から一番マシなのを選び出し、アイロンをかけて着ること。それ以外にはない。
そして冒頭に至る。よもやこんなことになるとは思いもしなかった。それはつまり何も考えていない私が悪いのであるが、それにしたってハンドアイロンも壊れるタイミングというものを考えてほしい。
具体的にはアイロンの温度が上がらないのだ。通電していないのかなんなのか、蒸気が吹き上がってこない。シューとかなんとかいう筈が、うんともすんともいってくれない。火傷覚悟で底面を触ったが、ほのかに温かくなっているとかいうこともなく、冷たいままだった。
(どうする⁉ どうすればいい⁉)
手元のスマホに目をやる。説明会の日程を変更させてもらうか。いやダメだ。他の説明会や面接との兼ね合いの都合上、今日にしか遠出できる余裕はない。
(……些か業腹だが)
仕方あるまい。私は意を決して、シワまみれのブラウスを羽織った。ジャケットを羽織っても胸元だけは見えてしまうが、いやしかしこのシワを凝視する企業の人は、おそらくいまい。これが面接でなくて良かった、心から思いながら、私はジャケットの前ボタンを閉じた。再び家に帰ってくるまで、このボタンが開けられることはないだろう。
「…いってきます」
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