快眠業者 ⅩⅩⅢ

 空港に着くと、快眠請負人は加奈かなの後ろに隠れた。

「親子のふりをします」

「……」

「私はこの声だから、怪しまれるのを防ぐためです」

 それは、いい手段といえるのだろうか。それで女児服かなるほど分かったぞとは思いつつも、どこかギャグ臭が拭えない。

 ええいままよ。加奈は搭乗ゲートの奥に進んでいった。



 口ぶりからして海外にでも飛ぶのかと思ったが、そういえば加奈はパスポートを持っていない。危惧していたが行き先は国内だった。九州の田舎で、タクシーを何度も乗り換えてようやく目的地に着いた。

 今にも崩壊しそうなあばらだった。屋根はあるがほぼ吹きさらしで、畳も床もほとんどが抜け落ち、梁や柱は腐っていた。

「今頃……東京のあのマンションでは」

 雨風が凌げればそれでいい、というスタンスなのか、若干の抵抗を覚える加奈には目もくれず、寝床をした。

「大騒ぎになっているでしょうね」

「……麻薬って」

「危険ドラッグの類です。法の抜け穴をついた」

「あの人たち、無事で済むんでしょうか」

「さあ?」

 快眠請負人は冷ややかに言った。

「……じゃあ、あのまま……!」

「…看過しているわけではありません。当然……抜け出せるならそうすべきだと思っていますし、私が催眠を施さなければ、彼らは今頃廃人です」

「……」

 納得がいくような、いかないような。

「彼らはサンプルです。私の能力が効いているかどうかの。社会のたちを集めたのは、足がつきにくいからという側面の他にも…社会更生になればいいと思って」

 快眠請負人はそこで言葉を切った。

「でも、きっとそれは私の傲慢でしかないんです。さぁ、こちらへ」

 テントだった。寝袋シュラフもある。見ると、予め用意されていたものらしく先ほどコンビニで買ってきた食事を済ませると、二人は会話もなく、眠りに落ちた。疲れていたのかもしれない。


 朝日がダイレクトに射し込んでくる。加奈はいつもよりずっと早い時間に目覚めた。慣れない環境で眠ったせいか、節々が痛む感じがする……瞼を気合いでこじ開けた。

 隣を見た。快眠請負人はまだ寝ている。

「…おはようございます」

 小さな声で告げる。改めて、二人きりでここにいられることが嬉しかった。起こさないよう、そっと寝袋から抜け出す。

 薄靄のかかった朝だった。県道から少し離れた位置にあるあばら家は、誰かに発見される心配もないだろう。かといって散歩に行くのは躊躇われた。快眠請負人の傍を離れるのは、なんとなく嫌だった。

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