脱獄計画
懲罰房には先客がいた。
「よう」
白い、ぼさぼさの髪を散らした、40絡みの大女。看守に促されて入ったそこで、私は思わずぺこりと頭を下げた。女は牢の中だというのに特太の葉巻を喫っていた。
看守は南京錠を重々しく閉じた。看守が去ったあとで、女は話しかけてきた。
「罪は?」
「わかりやすくいえば領海侵犯です」
わたしは滔々と答えた。こんなことは珍しくない。自前の
「ほほ、そいつぁすげぇ」
女は下品な話し方で、例えるなら荒くれた男の船乗りを思わせた。ヤニだらけの歯や皺だらけの顔、肥ってがっしりとした身体つきが、余計にそういう印象を与えるのだろう。
懲罰房…といっても窓もあり、食事や寝具の保障もあり、希望者は湯浴みもできるというのだから人権意識が行き届いている。
平和なのだろう。この国は。なればこそ沿岸や国境線近くの警備を強める必要がある。わたしがここに入れられたのも、いわば他所者への暫定処置に過ぎない。1日も経てば解放されるだろう、さっきの看守はそう言っていた。
「船乗り?」
女はわたしに訊ねながら葉巻を勧めた。わたしはそれを拒否し、正確には違うけど、と前置きしてから答える。
「魔導船っていう、
身振り手振りで説明する。ついでとばかりに、今までのわたしの経験なんかを話す。女は目を輝かせてわたしの話を聞いていたが、途中からその瞳が暗い色を帯び始めた。そしてわたしが話し終えたとき、彼女はいっそう低い声になってこう言った。
「あたしの脱獄を手伝っちゃくれないか?」
と。
「模範囚だったんじゃないんですか」
「見せしめだよ。牢屋がちゃんと機能してると示すためのね」
この平和な国にそんな秘密があったなんて。
「20年前のちゃちな窃盗をいつまでもさ……」
「うるさいぞ、早く入れ! あと事実無根!」
看守――わたしがチクった――にどやされて、女はすごすごと引っ込んだ。出たり入ったりしているらしい。
「すいませんね。根っからの悪人じゃあないんですが…」
「あはは……」
「笑ってんなよぉ」
「静粛に。刑期伸ばすぞ」
「……」
わたしは魔導船に乗り込んだ。魔光球の
魔導船は快調に滑りだした。
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