勤め人と酒と同僚のバラード

 議事録作りとやらは面倒だが、こいつがないと会議で出たどんな発言も存在しないのとおんなじことになってしまい、それではあまりにも徒労なので、川崎かわさきづるは眠い目を擦りながらノートパソコンと格闘していた。

「ええっと……平成…間違えた令、和…と……」

 和暦そのものはなんとも思わないが、システム周りに響いてくるというのが困る。事前に告知していてほしい。というより、和暦を意地でも使わせる弊社に問題があるのではないか?

 考え始めると止まらないので、ひとまず無視してキーを打ち込んでいく。ブラインドタッチを大学生のうちに習得しておこうと思って結局出来なかった。出来る人を探して押し付ければいいだけの話なのだが、それでも同僚のタイピングは千鶴の速度には劣っていた。

「アイツらホントに社会人なのかよ……」

 自分のことは棚に上げてぼやきつつ、スーパーで買った安い缶チューハイを呷る。値段相応の不味さだった。

「……うぇ」

 前日の午後から6時間半かけて行われた会議。実のある成果が得られたとは到底思えないのだが、やれと言われたからにはどんな出来栄えになったとしてもやり遂げるしかあるまい。

 一人暮らしの四畳半に、キーを叩く音だけが断続的に響き続けていた。



「……はい、おかさん。これきのうの会議の議事録」

「おおっ! サンキュー!」

 おおっじゃねえんだよ自分でやれ、と言いかけたのを内心で押し殺し、千鶴は同僚の岡部まさに紙束を手渡した。千鶴の眼の下には隈ができている。結局4時半までかかってしまった……文章を纏めたり、要点を掻い摘んで組み立てたりするのは、本来なら千鶴の超苦手分野だ。タイプが速いとかいう理由で千鶴に仕事を回すのは、能率だけでいえば「悪い」ほうに傾くのではないだろうか? 千鶴の懸念を知ってか知らずか、公子は上機嫌に鼻歌を歌いながら廊下の向こうに消えていった。この埋め合わせは多分、350ミリ缶の発泡酒とかで済まされる羽目になるだろう……千鶴は溜め息を漏らした。せめて居酒屋くらいは奢ってほしい。そんなに短い付き合いでもないのだから。

「ねぇねぇ川崎さん」

 そんな千鶴に、背後から声をかける者があった。

「今ヒマ? もしよかったらうちの課の案件手伝ってほしいんだけど……タイプ速かったよね?」

「……杜松ねずさん。私そんなにヒマに見える?」

「ね、眠そうだったから…」

 杜松さとは悪びれずにそう言って笑った。千鶴は爆発寸前の堪忍袋を抑えながら、後で聡美に奢らせる約束を取り付けた。

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