Wind Tales
風の街。そんな異名がついていた。
ダリアはここから遠く離れた地の出身であったが、所用でこの地を訪れた。列車を降りた瞬間から、コートの裾を巻き上げるような激しい風が彼女を出迎える。
「ようこそ」
停車場に併設された駐車場に、2頭立ての馬車が停まっている。その傍で、それなりに立派な身なりの男が、ダリアに向かって恭しく頭を下げた。
「ダリア・ホプキンス。グロイドー卿からお招きにあずかりました」
「お待ちしておりました。卿の馬車係です」
「よろしく」
カーテシーで軽く挨拶。ダリアは髪と服をめちゃめちゃにされないうちに、馬車に飛び込んだ。
馬車係の男は慣れたもので、整髪料をたっぷりつけて髪を整え、コートの襟を立てて帽子を被っていた。ここに逗留するのならば、そういった用意も必要になる。
男は馬に鞭をくれた。筋肉の張り出した馬はひと
グロイドー卿の屋敷は丘の上にあった。
「ようこそお越しくださいました! あなたのお噂はかねがね」
卿は恰幅がよく、人当たりの良さそうな中年男性だった。やり手の実業家だとかで、それなりの資産をたくわえているらしい。
「……私への依頼というのは?」
振る舞われた茶を飲みながら、ダリアは訊ねる。
「妻のことなんです。休日、部下にあとをつけさせたのですが、なんでも……若い男と会っているらしく」
グロイドー卿は目に見えて声のトーンを落とした。
「気が気ではないのです。兎に角妻と……会っていただけませんか」
「喜んで。目的は不倫調査……ということでよろしいのでしょうか?」
「ええ。いやはや、ありがとうございます…この街では他に頼める者もいませんから」
ダリアは『調査屋』だった。人間関係の裏に潜む繋がりを炙り出し、然るべき場所へと曝け出す。グロイドー卿の妻であるミスティ夫人は、夫とほぼ同じタイミングでダリアに浮気調査を依頼していた。
この街の風に慣れるべく、邪魔な髪を切り落とした。宿で会ったミスティはダリアの変貌ぶりに驚いていたが、写真を渡されるとそれに飛びついた。
「……やっぱり、会っていたのね。この女ども……」
ダリアにとってわからないのは、双方がアリバイを立てようとしない点だったが……彼女には関係ない。
調査結果をまとめ、双方に提出した。宛名を変えただけの同じ文面。費用は向こう持ちとはいえ、ダリアは他にも案件を抱えている。決着を見ることはできない。
行きと同じ馬車で停車場へと向かった。風は依然、吹き荒れている。
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