惨めなる我が身を

 最初っからいけ好かなかった……なんて、後になっていくらでも文句はつけられる。私は所詮、卑怯者だ。

 はたけやま星来せらはいつも明るく、気立ても良くておまけに美人だった。はっきり言って胸くそが悪い。とりわけ気に入らないのは、2年の時のクラス替えで私が手にしていたポジションを一気に奪い去ったこと。注目を、尊敬を、人望を、私が1年かけて積み上げてきた全てを、星来はあの人なつこい笑顔ですべて横取りしていった。

 他方で、確かに彼女のことを好いている自分がいた。人望は間違いなく私よりあったし、私がクラスの中心にいても、人によって態度を変えなかったとは言いがたい。星来は違った。どんな相手でも、それこそ悪人にだって分け隔てなく接した。


 私は星来と話すときでも、始終ニコニコしていた。そうする義理もなかったのに。無碍にあしらって、徹底的に無視して、それで構わないはずなのに。でもそれだけは、私のなけなしのプライドが許さなかったらしい。

 それが、いけなかった。溜まったフラストレーションのダムが一気に決壊した。




「……そんなに、嫌いだったんだ」

「ええ」

 星来は私に、喉元にカッターナイフの刃先を押し当てられても、動じることなくそう言った。口調は平坦で、表情も澄ましていて。

 正体のわからない、殺意とも言い切れないような不完全な熱に浮かされて先走る私とは正反対だった。

「…わからないでしょ? 私はね、性格が悪いの。だからあなたみたいな…完璧で、しかも私より他人にモテるような…そんな、そういう奴を見ると、腸が煮えくりかえるのよ!」

 ああ、支離滅裂だ。まったく自分がイヤになる。1年間の積み重ねをみすみす奪い取られた上、逆恨みで取り返しのつかないことをしようとしている自分に。

「そっか」

 非常階段の踊り場、薄暗くて埃臭いそこで、命すらも奪われかねない状況だというのに、星来は――微笑んだ。

「……ごめんね」

「なんで謝るのよ」

 この偽善者。謝らなきゃいけないのは…。

「わたしの、せいなんだよね」

「……どうして」

 カッターナイフを下ろす。星来は間髪入れず、私を抱きすくめた。気づいたら、私は涙を流していた。

「ごめんなさい。気づいてあげられなくて」

 星来の声が、手つきが、私を溶かして、変えていく。

 欲しかったのはこんな言葉じゃないんだ。あなたに優しくされたいわけじゃないんだ。なのになにひとつ言葉にならず。

「ごめんなさい……」

 深く、重く、刃のように、星来の善意がのしかかってきた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る