快眠業者 ⅩⅤ
「さて」
これからどうしよう。快眠請負人に繋がる糸はほぼ切れた。
「……」
あの洋館は使えない。ただ、快眠業者があの館を拠点にしていたということは確かだ。磯村の例と蝋燭の作用を見るに、物質的な干渉は、行う必要がないがその一方でそれが可能な能力でもあるということだろう。
「むむ」
なかなかに厄介だ。どうあがいても快眠請負人の掌の上ということか。
しかし、加奈にはせっかく掴みかけたチャンスを再度逃す…という選択肢はなかった。
(どうしたものか…)
有効打になりそうなものは一つだけある。ブログだ。ブログほど規模の大きいものでなくても、ウェブ上の掲示板に手当たり次第に書き込んだり、複数のSNSでアカウントを取得して書き込んでみたり。
会社に辞表を提出することは、SNSに実名のアカウントを作るくらい緊張したし躊躇われた。加奈の同僚や上司は彼女が思っていたよりもずっと優しく、涙を浮かべて送別会を開いてくれた。加奈はそれなりに会社に貢献したほうだと自負しているが、それでも引き止めはなかった。円満退社だ。それだけに、後ろ髪を引かれる思いは強烈だった。加奈も泣きながら、花束を受け取った。
後輩から辞める理由を訊かれた。咄嗟に恋人と暮らすため、と答えた。既に今、加奈が生きる理由の9割は快眠請負人の存在にある。常に頭の中に彼女がいる以上、最早恋人と呼んでも過言ではないだろう。
うまくいくように祈ってます。そう言われた。うまくいくかどうかは加奈次第だ。全てはこれから……ただひとりの女性のために、加奈は何もかもを投げ捨てようとしている。
たとえその先が破滅でも、あるいは深い闇底だったとしても、とうに加奈は覚悟を決めていた。快眠請負人は加奈に快眠だけを与えてくれたわけじゃない。彼女自身は加奈を遠ざけたがっているようだが……それでも、だ。
何もわからないまま別れたくはない。だからもう一度会うために、加奈は動き始める。
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