面影

 街頭のスピーカーから流れ出すクリスマスソングを聴いていると、決まって恋人のことを思い出す。

 2年前、ちょうどクリスマス・イブの浮かれた街中で、彼女はわたしに別れ話を切り出した。ただ別れましょう、とだけ告げて、3年半続いたわたしたちの関係はそれきりでおしまいになった。

 特別にドラマチックな理由があるわけではなかった。強いて言えば距離感。互いのライフスタイルが噛み合わず、月に1回会えれば良いほうだった。会ったときもぎくしゃくしていた。いつの間にか、職場で、大学で、相手よりも親しい人間関係ができていた。

 それでも彼女と会うことが嬉しかったのだと気づいたのは、別れてしばらくしてからのことだった。携帯電話のアドレス帳に載った彼女の番号とメールアドレスを見た瞬間、3年分の思いが一気にこみ上げて、気づけば終電の中で、わたしは人目も憚らず泣いた。ともすれば失わずに済んだひとを、少なからず身を焦がして愛していたひとを、もう届かないそのひとを想うことは、こんなにも辛かったのだ。


 2年経った。彼女がいない、2回目のクリスマス・イブだ。わたしは未だ、アドレス帳から彼女を消せずにいる。

 文通もした。封筒ごと置いてある。写真も撮った。現像もデータもどちらも置いてある。彼女は消えない。降り積もった雪のようには、消えてくれない。


 今年のイブも残業だった。23時を過ぎても街はにぎやかで、辺りそこらじゅうにカップルが歩いていた。クリスマスとは元来、そういう日ではなかったはずだ……わたしもかつては彼女と我が物顔でクリスマスデートを楽しんでいたので、そんなことを言える資格はないのだろうが。今は別れたのだ。好き勝手言える。

(もう一度……恋、してみようかな)

 燃えるようなそれでなくていい。ただわたしの傍にいて、絶対に失われない、という保障だけで、ただそれだけでいい。折に触れては思い出し、心に穴が空く。それを埋めてほしいだけだ……こんなに自分本位な理由で彼女を作りたいだなんて思ったことはなかったし、それを最低だと思える理性もあった。


「わたし、は」

 雑踏のなか、言い聞かせるように一言一句一音節ずつ、発音する。

 どうすればいい。

 きっと来年は耐えられない。消せないアドレスを見て、今度こそどんな手段に出るかわからない。

 冷たい空気を肺いっぱいに吸い込む。深夜の街の真ん中に佇み、考える。


 


 未練は2年前に残り続けていた。

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