子どもの主張

 精一杯大人ぶって、ママのシークレットブーツまで持ち出して勝手に履いて、口紅とウィッグまで着けて、サングラスまでかけてきたのに、意中の人には笑われてしまった。

「そんな背伸びしたってダメだよ。どうせみんなそのうちに大人になるんだから。ね? 若い子はそれらしいカッコしてなさい」

 そんな何もわかってない大人みたいな、凝り固まった考え方に、あこがれのいいさんが囚われているのが悲しかった。

 飯野さんはいつでもわたしのヒーローで、困っているときにはいつでも助けてくれて、わたしのことを子どもだからってバカにしないで、真剣に話を聞いてくれて、本当に最高のお姉さんだった。

 それなのに、それなのに……。

「ちょっ…ちょっとミコちゃん? どうし――」

 気づけば絶対に泣いてるところを見られたくない人に、その瞬間を目撃されていた。

「なんでもないっ‼」

 飯野さんの手を振りほどいて逃げたわたしが一番未熟だってことは、自分自身がイヤというほどわかっていた。


 これからどうしよう。わたしはよく知りもしない街を、所在なくうろついていた。

 池袋でデートだなんて期待させるから、目一杯のおめかしをしてしまった。あとでママに大目玉を食らうかもしれないけど、飯野さんに喜んで、褒めてもらえるためならそれでも良かった。かわいい! とか、きれい! だとか、ただそれだけ、それだけが欲しかったのに!

 どうしよう。ここまで来れる片道のお金はあったけど、帰りは飯野さんの車で送ってもらうことになっていた。それをアテにしている時点で、わたしはまだまだ“お子様”なんだ。

「…………」

 公園のベンチで蹲る。ファッション誌とかネットとかで、さんざん大人っぽいカッコについて勉強したのに、飯野さんは認めてくれなかった。悔しくて情けなくて、やっぱり涙が滲んでくる。


 30分近くもそうしていただろうか。不意に、わたしの名前を呼ぶ声が聞こえた。

「ミコちゃん‼」

 公園の入口に目をやると、飯野さんが肩で息をしながら立っていた。

「よかった……連れ去られたんじゃないかと」

 へなへなと崩れ落ちそうになりながら、飯野さんはわたしのとこまで来てくれた。

「行こっか。それでねミコちゃん……さっきはごめんね。バカにするとかじゃなくて、わたしはただ、今しか着られない服とか、そういうのを楽しんでもらいたかったの。服、よく似合ってたよ」

「……」

 その言葉で機嫌が治りつつあるあたり、わたしは子どもで、だからこそ飯野さんのことを好きでいられるんだと思う。

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