快眠業者 Ⅱ
「そうですかぁ? とくに変わったことはしてないんですけどね〜」
そう嘘を吐くたびに、
雑誌の広告欄に載っていた「快眠業者」に通い始めて2ヶ月が経った。元から眠りが浅いほうだった加奈は、そんな以前の自分がとにかく信じられないほどよく眠れるようになっていた。
「こんにちは!」
快眠業者のオフィスのドアを開ける。相変わらず、小学生のような身長と、蛇か何かが無理やり人間の喉を手に入れたかのような声のミスマッチが加奈を出迎えた。
「いらっしゃい」
二人の間には事務的なやり取りしかない。他にも客はいるらしいが、快眠請負人が茶を出しているのは加奈だけだという。
「どうです、2ヶ月ほど試してみて」
「はい、おかげさまですっかりわたしも快眠の虜です!」
話すだけでも笑顔が止まらない。同僚や友人に話していないのは、快眠請負人から直々に口止めされているからだ。「広告を見て来てくれた人だけでいい。個人の睡眠に干渉する以上、無闇に広げてトラブルを起こしたくない」と言われてしまえば仕方がない。
「そう。それは何より」
やはり声は低い。でも抑揚がないというわけではなく、声音はどこか弾んでいる。そもそも顔つきは普通の女性となんら変わりない。それだけに、どうしてそんなに低い身長と、とてつもなく低い声を持っているのかは加奈にとって興味の対象だった。そして、それを訊いたところで快眠請負人が秘密を教えてくれるわけでもなかった。
加奈が快眠を依頼するのは、何もそう毎日というわけではない。快眠を依頼し、時間通りに眠ってしまえばしまうほど体力は回復していく。仕事で疲れ、帰宅にリソースを使い果たしてしまえば、快眠業者に頼る必要はない。
ちょうどそんな夜のことだった。あまりにも長い残業を終え、加奈はほうぼうの体で帰路を急いでいた。少し歩くたびに溜め息が出る。重症だ。これではいかん、と気を取り直したところに、携帯電話から着信があった。
「何〜⁉ もうっ」
上司からじゃないだろうな、加奈は半ば憤慨しながら電話を取り出す。
非通知だ。
夜のしじまに鳴り響く着信音が、悪寒となって加奈の背筋を駆け抜けた。
「……もしもし」
通話ボタンを押す。押したが、しばらくの間声は聞こえてこなかった。
いたずらかな。切ろうとしたその時、男の声が聞こえた。
『長瀬か?』
「……
加奈の高校の同級生だった。
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