浮気者

「わからない」

 人を問い詰めるのに慣れていないためか、続けるべき言葉もなかなか思い浮かばない。しかし、ここで追及をやめれば、なおのこと彼女の増長は止まらないだろう。

「どうしてこんなことするの? もう3回も」

 喫茶店のテーブル席、俯くあんを前にして、私は数枚並んだ証拠写真と一緒に、ばん、と手を天板に打ち付けた。

 下手くそな変装をした杏那が茶髪の女の子と親しげに肩を組んだり、路地裏と思しき場所で接吻をしたりするはしたない姿が、克明に隠し撮りしたものを、証拠写真と呼んでいるわけだ。

「……ごめんなさい」

 叱られた子どものように、杏那はぎゅっと縮こまってぼそぼそと謝罪の言葉を口にする。はぁ、と私は何度目かも分からない溜め息を漏らした。


 杏那は私の恋人だ。私からすれば随分と勇気を出して告白したのだが、彼女は二つ返事でオーケーしてくれた。思えばそれが、全ての始まりだったような気がしないでもない。

 杏那は稀に見る浮気性だったのだ。杏那と付き合い始めてからしばらくして、彼女の元カノを名乗る人物から接触があった。

(彼女には気をつけたほうがいい。口八丁手八丁、あの手この手で女の子にコナをかける同性キラーだ)

 その言葉が呪いのように突き刺さり、かといって本人に問い質すこともできないまま、私はまんまと二股を架けられた。わかった時は食事も喉を通らないほどショックで、しばらく杏那とは口すらきかなかったが、そのうち仲直りと相成った。

 2回目はその半年ほど後だった。こともあろうに、件の元カノに言い寄って見せたのだ。杏那本人はこれに関してはそのつもりがなかったと否定しているものの、元カノさんは一切信用せず、心底呆れた、という言葉を残して杏那と縁を切った。さすがに可哀想だったので、私は杏那を慰めてやったのだが……今思えば、これが遠因になったとしか思えない。


 そして今回も、おかしい、と感じて即座に探偵を依頼すれば、案の定他の女に手を出していた。

「本当に、本当に魔が差しただけなんです」

「その言い訳は聞き飽きました」

「……どうすれば許してもらえますか」

 ここで上目遣いになる杏那に対して、どうしても非情になりきれないのが私。惚れた弱みか。

「……ここでキスしてくれたら、許してあげないこともない」

「……人が見てる」

「だから?」

 そんな小心者ならお断りです。

「………っ」

 杏那は意を決したように立ち上がった。

「目、瞑って」

 浮気者のキスというのは、なんともいえず温かくて巧みなのだった。

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