復讐の序章

 ある夜中、あたしは目を覚ました。女中部屋のベッドに起き上がり、月明かりを頼りに起き出した。他のみんなは寝ている。しかし、ミヤコの姿だけはなかった。

 ミヤコはこの屋敷のお手伝いの一人で、いつもとんでもないドジをやらかす。いつも失敗ばかりしてご主人様に怒られている。そのミヤコがいなくなった。

 女中部屋を出て、ミヤコを探す。吹き抜けを、大広間を抜ける。階段を降りる。

 と。

 廊下を、人影が横切った……気がした。ミヤコならいい。もし賊なら? あたしは身震いした。しかし追わぬわけにはいかず、後をつけた。

 果たして人影はミヤコだった。ただ、彼女は妙に辺りを気にして、そして……ご主人様の寝室に入っていった。

(え⁉)

 ご主人様が夜のお相手にミヤコを選んだという話を聞いたことはない。ただ、ミヤコはおつむの弱いところがあるから、変な気を起こしてもおかしくは……あたしは一応は女中たちの監督役だ。ミヤコの後を追い、寝室の扉を少し開けて、中を覗いた。

 あたしは目を疑った。

「――駄目っ!!!」

 あたしは叫んで扉を蹴り開け、ミヤコの胴に飛びついた。にもかかわらずミヤコは少しよろめいただけで、冷静にステップを踏んであたしの顔面に回し蹴りを叩き込んだ。あたしは激痛と共にぶっ倒れた。騒ぎの中でも、ご主人様は呑気に寝息を立てていた。

「ミヤコ、なんで」

「家族の仇討ちです」

 いつもの鉄琴みたいな姦しい声は鳴りを潜めていた。低く、凍るように冷たい声音だった。

「え……?」

「ドジっ子を演じ続けて、みんなからナメられて、ようやくです。ようやく、こいつの喉笛に刃を」

「な……」

 何を言っているの。あたしはそれでも声を出せなかった。

「……わたしの父はこいつの部下でした。理不尽な理由でクビを言い渡し、あまつさえ父を島流しにした。家族もバラバラ、それ以来会えていません。消息不明です」

「だからって」

「でも……」

 ミヤコの眼があたしを捉えた。血まで凍りつきそうな視線だった。

「チヅさん、あなたが来てくれて助かりました。あなたなら統括役ですから、皆さんに伝えられますね」

「な、何を」

「今の話を、です」

 こいつから全部奪ってやるんだ。ミヤコは冷徹に言い放った。

「ここでるつもりだったけど気が変わった。もっともっと、メチャクチャのバラバラにしてやる」

 ミヤコの……否、正体不明の怪物が口角を上げた。あたしはただ、怪物の要求に唯々諾々と従うより他になかった。

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