第6話
四の橋を通り抜けて、再び大通りを避けて川沿いの道を歩く。橋は抜けたが、それでも妖怪は相変わらず数多く徘徊している。夜が深くなるにつれてどんどん数は増えていくらしい。隠れながら行動するのも一苦労だ。
「増えてきたね。もう彼らの協力を得るのは難しいから慎重に行かないとね」
江藤は言葉とは裏腹に急かすように手を引く。何となくだが、橋を越えてから彼女はやたらと急いでいるように感じる。早く現世に返そうと行動しているのかもしれないけど、何かを隠しているように思えてならなかった。それは多分、橋の上で聞いた「見逃してくれて」という言葉が引っ掛かっているからだろう。けれど、それを問い質すほどの根拠は無く、ただ彼女の後を付いていくしか出来ない。
十分ほど歩いたところで、不意に江藤は階段を上がり、大通りを横切って細い路地へと入っていく。人一人が通れる程度の幅しかなく、妖怪に挟まれたらどうすんだろう、と思ったが、江藤曰く妖怪は狭い道には入らないらしく、監視者の良く使うルートらしい。
「こういう狭い道ってなんだかワクワクするよね」
江藤が思いついたように呟いた。町田は首を傾げる。
「……そうか?」
「そうだよ。何か冒険してる気分にならない?」
「……そうか?」
「うー町田君が冷たい」
江藤がいじけたようにこちらを睨むが、同意は出来ないので何も言わない。妖怪に囲まれてワクワク出来るわけがない。あとドキドキするからあまり見つめないでほしい。
「ま、冗談はさておき、この路地を抜けたら目的地はすぐだよ」
ころっと態度を変えて江藤は前に向き直る。町田もホッと息を吐いてテンションを合わせる。
「意外と早かったな。地図で見た時はかなり遠いと思っていたけど」
「そう? やっぱり若い男の子は体力があるね」
「同い年なんだから年上っぽい事言うなよ」
「え? 町田君って今何歳?」
「……十六だけど」
「私は十七歳! 年上です!」
「一歳しか変わらないじゃん」
「いや一歳の差は大きいよ。大事だよ」
江藤が再びこちらを振り向き真剣な表情で言う。確かに一年生まれが早い一歳差は大事かもしれないが、何か月か早い一歳差は同い年だろう。
そんなくだらない話をしていると、ようやく路地の出口が見えてきた。だが、出口の少し手前で江藤が立ち止まる。
「待って。この辺りは橋よりも妖怪が多いから少し休もう。走る準備をしないと」
少し不安になる言葉と共に江藤はその場に座り込んだ。町田も江藤の隣に腰を下ろす。ちょっと足は疲れてきていたのでありがたい。
「現世に行ける鐘は妖怪に人気なんだ。一応結界みたいなのがあるから妖怪はお寺の中には入れないけどね」
でも道中は普通に追われるから、走ってお寺の中に逃げ込まないとね。江藤はそう続けた。
「ちなみに……逃げ遅れたら?」
「食べられちゃうね」
そんな事笑顔で言うな。
どれくらい座っていただろう。路地の外で数多くの血まみれの妖怪たちが何度も通り過ぎるのを横目に見ていた。あの中を走り抜けるのはやはり怖いものがある。
「ねぇ、私ね。町田君に一つ嘘ついたの」
ふと、江藤がそう零した。その内容に思わず町田は彼女の方に顔を向ける。
「嘘?」
「うん。私が監視者になった本当の理由。やっぱり、君にはちゃんと話しておこうと思って」
声のトーンが下がる。町田は黙って先を促す。
「私が監視者になった理由はね、私を殺した犯人を捜せると思ったからなんだ」
「え?」
「現世に行けば私を殺した犯人に復讐出来る――そう思ったんだ」
江藤は遠くを見つめる。意外だった。彼女がそんな事を思っていたなんて。彼女が現世にいる時は、誰かに対して怒りや恨みを抱いているようには見えなかったからだ。
「じゃあ、現世にいた時はずっと犯人を捜していたって事か」
「一応、本来の目的も忘れてないよ?でも個人的に捜してたのは事実だね」
江藤がそう続ける。そこで町田は一つ疑問を抱いた。
「学校に潜入していたのは? どっちの目的で?」
記憶の操作が出来るならどこにだって潜入出来る。それでわざわざ学校を選んだのには目的があるはずだ。
「うーん。どちらかと言えば仕事の方だね。でも学校内の人は何も関係ないよ」
だが、江藤の回答は思っていたよりも大したことではなかった。けれど、自分の身の回りには特に問題が無さそうなのでそれは一安心だ。
「それで……犯人は見つかったのか?」
町田が尋ねると、江藤は苦笑いで首を横に振った。
「残念だけど。でももういいんだ」
「いいの?」
「うん。あまり恨んでばかりいてもしょうがないって思えてきたの。町田君に会えた嬉しさの方が大きかったからかな?」
「なっ」
突然の撃たれた弾丸が胸を打ち抜く。咄嗟の事で町田はうまく言葉を出せなくなった。その様子を見て江藤が得意げに笑う。
「い、いきなり変な事言うなって」
「あはは、ごめんね。町田君の反応が面白いから」
全く、と町田はため息を吐いた。こっちに来てから彼女に心が乱されっぱなしだ。もしかして俺の気持ちがバレてしまっているのだろうか。
「でも、自分の死体はまだ捜してるよ」
一拍置いてから、江藤は再び落ち着いたトーンで話し出した。
「死体?」
「うん。死体がきちんと火葬されていないから成仏出来ずにここへ来てしまう魂も多いんだ。多分その中に私も含まれてると思う」
そう言えば、現世ではまだ彼女の死体は見つかっていなかった。どこか山の中に埋められているとかそういう事だろうか。
「じゃあ、江藤さんの死体が見つければ、江藤さんは天国に行けるって事?」
「まぁ、絶対ではないんだけど、行けるかもしれない」
「それなら、俺も一緒に探すよ」
ほとんど反射的に町田はそう口に出していた。驚いたように江藤は目を見開く。
「いいの? すごい大変だよ? 埋められているかすら分からないのに」
「いいよ。俺は江藤さんに助けてもらったからな。今度は……俺が助ける番だ」
カッコ良く言いたかったが、途中で恥ずかしくなってどんどんと声が小さくなってしまった。
「……ありがとう。嬉しい気持ちがまた大きくなった」
江藤は照れたように笑って町田に抱き着いた。じんわりと彼女の体温が体に染み渡る。
「えっ⁉ ちょっ江藤さん……」
「ごめんね。少しだけこのままで」
そう言われてしまえば何も出来なくて。数秒にも、一時間にも思えた時間の間、ふわふわとした心地よさに身を任せた。
「……さてと、そろそろ行こうか」
どれくらいの時間そうしていたかは定かではないが、ゆっくりと体を離して江藤は切り出した。離れた体温に名残惜しさは感じたが、もう十分以上ここで話していた。確かにそろそろ体力も回復してきたところだし、いつまでもこうしているわけにはいかない。
「ここから一気に目的地まで走り抜けるよ。準備は良い?」
おもむろに立ち上がりながら江藤が言う。照れ隠しからか江藤の言い方が、なんか部活のノリみたいだが、案外その方が気が楽かもしれない。町田も頷いて立ち上がった。
「ラストスパートだ。頑張ろう」
「よし! 行くよ!」
江藤の掛け声とともに二人は勢いよく路地を飛び出した。
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