そしてぼくらがうまれたの

 この世界に存在する種族は人と魔物だけではない。獣の特徴を持つ一族もいれば、妖精や小人や巨人や亜人や他にも多種多様な種族が各地に生息し、日々の暮らしを営んでいる。ただし、いにしえの人魔大戦において魔族側についた種は人界を追われ、緩衝地帯である「最果て」の向こう──「魔界」へと姿を消した。ゆえに、今「世界」にいるのは人と人の仲間だけ、と言われていた。

 ただし何事にも例外はある。「魔女」は、その唯一の例外だった。


「架音ちゃんなら、もうそろそろ肌で感じ取っていると思うのだけど……この世界ってとても『いびつ』だと思わない? あるべきものがなくて、ないはずのものがある……異様でしょう?」


 稚い顔立ちに嫋やかな笑みを乗せ、リコルダは問うた。尋ねられた架音は肩をびくつかせつつ、こくりと小さく頷く。思い当たる部分はある、と言いたげに。


「異様というか歪というか……今まで見聞きした異世界が舞台の物語とは、なんだか違うなぁ、とは思ってました。でも、あれはただの虚構の話だし、そういうものなんだろうと気に留めていなかったです」


 架音の言葉にフェルデニウムも首肯し補足する。


「違和感はなんとなくありました。文明の進み方がおかしいのでは、と。列車はあって車がなかったりだとか、何百年も保つ大きなビルさえあるのに、生活様式は近世のままだとか……でも魔法がある世界だから、と今まで自分を納得させていました」


 にいぃ、とリコルダは笑みを深め、2人が覚えた違和感の正体について軽やかに明かす。


「そうでしょうそうでしょう、ここはね、歪で不可解な『箱庭せかい』なの。作られた世界だから、誰かがシミュレーションを間違えればそれだけ歪みが生まれるし、しわ寄せは住民に跳ね返る。ろくなものではないよねぇ? 全ては神々の企み、全ては魔女のはかりごと。そうなるように仕組んだのは、もっとずっと『上』のものども」


 そう、まるで「ゲーム」のような、物語の舞台のような──と、彼女は付け加える。


「初めに、これから世界になっていく『たまご』のようなものがあった。そこへ光の化身たる白い女神と、闇の化身たる黒い女神が現れて世界を世界たらんとした。これが世に伝わる創世神話であり、実際の出来事である。そして世界の理は本来、架音ちゃんの世界の法則が元になる『はずだった』。そうならなかったのは、2柱の女神が拒み、新たな理を創造し、その維持と管理を自身の現身うつしみである魔女われわれに望んだから。魔法はね、捏造された世の理を扱う術なの。ゆえに、魔法使いとは捏造の理を扱う『穢れた』者なんだよ」


 なぜ、創世の女神達は本来この世界に適用されるべき法則を拒否したのか。それは魔女がいたからだ、と魔女は語る。


「基盤となる世界ができて、そこへ自然や生き物が生まれ、育まれ、発展し、やがて知性ある生き物へと進化し──そこでようやく女神達は自分らの現身を作った。ラヴァーナとミネルヴァ、2人の『最初』の魔女を。いえ、あの頃はまだ魔女などとは呼ばれていなかったけれど。女神達は自身の現身たる2人が、やがて世界を導き守るものになると予見した」


 神は『かみ』だ。過去も未来も現在も、その世の全てを支配し掌握している。いずれ世界がどうなるか、その先を見通すなど欠伸が出るほど簡単だった。

 しかしここで、ある問題が浮上する。神でさえどうしようもない「壁」が立ちはだかっていた。


「だがそうであるためには力がいる、絶対的で圧倒的な『力』が。女神達は彼女らに力を与えることにし、そこで世の理の存在に気付いたの。理は世界と共にあるもの、神が手前勝手に生み出せるものではない。理は現身に力をもたらすことを許さない。けれど神は理に抗った、抗うことにした。理をねじ曲げたの。そして魔女に力を与え、魔女は魔法を編み出した。捏造された理を使う、まさに『魔』の法を」


 太陽は西から昇らない。月はいつまでも円のままではない。だったら星の向きを変えてしまえばいい。そうすれば、見かけは西からの日の出や円のままの月も成り立つ。

 女神とその現身たる魔女の行いとは、まさにそういうものだった。そしてこの世界には本当の理と偽物の理、2つの法則が並行して存在し、歪で異様な世界となった。


「文字通り、『世界を変えた』2人の魔女ミネルヴァとラヴァーナは、置き土産としてあるものを託した。現身の更なる現身とでもいうべきものを。それが私であり、そして『ローズマリー』と名乗るもの」


 にこやかに朗らかに晴れやかに、明るい笑顔をキープしながらリコルダは、とんでもない爆弾を解き放つ。異邦人である架音とフェルデニウムには本来、決して知らせるべきではない事実を。


「女神は落胤たる2人の魔女を産み、そして魔女は後継としてさらに2人の使徒を生む。片方は智恵の魔女サトゥルヌスと名乗り、もう片方は拝火の魔女グノーシスと。やがて時を経てサトゥルヌスはローズマリーと名を変えて世に溶け込み、グノーシスもまた名を変え、最果てに魔女の寄る辺を作った。──次が必要なの、私達には」


 困惑する2人に対し、かつてグノーシスと呼ばれた魔女リコルダは、ある選択みちを突きつける。


「ねぇ、私の『次』にならない? きっとマリーの弟子は『次のマリー』になる。私もまた『次』へ託さなくてはならない、刻限は近い。だからお願い、あなた達の2人か、もしくは片方に『次の私』になってほしいの。偽りの理を保つために」



◆◆◆



 ──1933年 軍国アーデルハイト首都「クリムシー」某所



 トンネルを抜けるとそこは雪国……ではなく、ローズマリーが目を覚ますと何かの実験室のような空間が広がっていた。薄暗がりに、フラスコや薬瓶が整然と並ぶ扉つきの大棚が据え付けられ、キャビネットや作業台にも試験管や実験器具の類が無造作に置かれている。

 彼女にはこうした光景に見覚えがあった。王宮典薬師時代、勤め先である王国魔導研究所にはこのような部屋がいくつもあったからだ。だが帰国の手続きはおろか、王都は封鎖されている状況なのに研究所へ飛ばされたとも思えない。それに先程の魔法「らしきもの」も気にかかる。なにより、


「セージ! どこにいるの、返事しなさい! 私の声、聞こえてる!?」


 室内には内外へ出入りできそうなものがない。扉も窓もなく、天井に備え付けられた空調設備が停止すれば空気の供給も止まるだろう。魔法で身体を縮めて排気口から脱出する手もあるが、さてどうすべきかと彼女は検討しようとして──ふと、思考を止めた。


「……いるんでしょう。隠れても無駄よ、さぁ……おいで。出てこい」


 ふっと眼前の空気が揺らぐ。目に見えない透明の幕が靡いているかの如く。


「はは、バレていましたか。やはりあなたは手に負えない……1ミリたりとも油断も安心もできないですなぁ。これだから、欲しくなってしまうんですよねェ……」


 黒一色に統一されたダークスーツにモノクルをかけた、東の民の特徴を持つ男が気配も音もなく現れる。まるで、初めからここでずっと待ち構えていたかのように。


「あなた、ずっと視ていたでしょう。この世界へ降り立ったときから、私とリコルダのことを。そうね、目の付け所は悪くないわ。私もリコも旧い魔女だもの、その真髄は頭と心と体に叩き込まれてる。こちらの魔法を学ぼうとするなら、確かに最も頼りになるでしょう。だからといって覗き見なんて、マナー違反にも程があるけれど」

「その節は、はは……申し訳ない。直接訪ねるのも気が引けてしまいましてね。だってほら、もうその時には既にあなたは後継と共にありましたし、あちらの方は神域に篭っていたじゃないですか。さすがにあの秘境へ向かうのは、いくら私でも骨が折れるんですよ。なにせ、いい歳なもので」

「その割にはまだまだ元気そうだけど。とんだ年寄りがいたものね、だいたい実年齢でいったら私の方が年上じゃない、慇懃無礼も大概にしなさい」

「ンッフッフッフッ……これもまた、サラリーマン時代に培った『あちら側での礼儀』ってやつですよ」

「冗談にしても笑えないわね。さっさとその『あちら側』とやらへ帰郷すればいいわ。そして2度とこちらの世界へ来るな」

「厭ですよ。私は『こちら』でこそやりたいことがあるんですから!」


 皺の刻まれた面差しに狂気的な笑みが浮かぶ。もはや、それは「人間」の表情とはとても思えなかった。悪魔のような、怪物のような、獣のような、──神のような。人に似た人以外のなにか、ローズマリーの瞳にはそう映る。


「そう。どうあっても、『ママ達』の作ったものを壊すのね。壊して、毀して、だけどその破壊に意味も理由もない。だったら、やっぱり……あなたは私の『敵』だわ」

「そうですか。私、あなたとは仲良くなれそうな気がしていたんですけどねえ……敵認定、されてしまいましたか。残念です。非常に残念でなりませんよ。ええ、まったく。悲しくてたまらないです。こんなに美しく可憐な方を『殺さなくてはならない』なんて」


 憐憫を込めて嘲笑する男に、ローズマリーは冷えきった視線を飛ばす。もう何も言うまい、とでもいうかのように。移動の衝撃でズレた帽子のつばを定位置に直し、甘い声でかの名を喚んだ。


「私の元へ、さぁ──おいでVeni

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