おいでませ軍国へ

 そもそも、内陸国であるシュバルツベルンから別な大陸にある他国へ渡るにはどうすればいいかというと、主なルートは列車を乗り継ぐ陸路(ただし間にいくつもの国を跨ぐのでその度に手続きが必要になる)、大陸の外へ出て船で移動する海路(陸路同様うんざりするほど時間がかかる)、そして魔法使い限定の空路──今まではこの3種類しかなかった。

 陸路に限っては途中に鉄道網が整備されてない地区を挟むため馬車等で移動をしなければならないし、道路状況や治安の問題で迂回するとなると更に時間がかかる。また行くだけならともかく帰りも陸路となるとに五体満足で帰国できる保証はない。

 海路は外海を回遊するので運が悪いと遭難する危険がある。無事に目的地へ辿り着けたとしても相当な時間がかかるため、急ぎとなると使えない。航海技術自体、海軍もまともにない国なのでまだまだ未熟なのが危険性に拍車をかけていた。

 では、空路はどうか。これは身一つで空を飛ぶ技術を習得している魔法使いにのみ許された移動方法だ。各国領空へ侵入せず済む安全な航路も一般に公開されており、事前に申請すれば誰でも使用できる。ただし保険に入ってなければ道中の安全は保証されないし、何より魔法使い以外には高空を長時間航行するスキルがないのがネックだった。

 では、一般人が気軽に旅行や出張で外国へ行くにはどうしたらいいのか。その問題を解決するため、当時の魔法技術の粋を結集して製造されたのが仮想の港町「ポートヘブン」である。

 発着場には船型の移動施設が定期便として常に待機させてある。船の形をしているのは観光客へ向けた見栄えを意識しているのと、一応ここは「港町」なので、その体裁を保つためという理由があった。

 各国へ繋がる定期便には、従来の転移魔法をより長距離かつ複数の人間を目的地へ移動させられるよう編集アレンジした術式が予めセッティングされており、発着場にいるスタッフは術式が正しく作動するか確認するだけで済むようになっている。あとは、定期便が時刻表ダイヤ通りに所定の座標へ決められた人数を運び続けるだけだ。

 この大規模魔法のおかげで時間がかかる上に危険も多い陸路や海路を使わずとも、一般人が自由に国を出入りできるようになった。空路が使える魔法使いですら、今はポートヘブン経由で出入国する方法を取っている。その方が手軽で安上がりだからだ。

 ただしそれも、比較的平和な現在だからこそ通用するのだ。仮想の街であるポートヘブンには軍港としての機能はないので、敵国が攻めてきても使える防衛手段がない。となれば町ごと廃棄してしまう以外になかった。この魔法は非常に便利な反面、国防においては敵軍を大量に送り込まれてしまうリスクを孕んでいる。

 ゆえに、現時点で軍部がポートヘブンの閉鎖及び廃棄を検討していることなど──所詮はいち国民に過ぎない町の住民や、日頃乗り入れしている定期便利用者たちは、知る由もなかった。当然ながらローズマリーとセージの2人組も、また。




「セージっ、狙うは30分後に出発する軍国行き定期便・ムーンリバー号よ。アレにこっそり乗り込めば最短であっちの首都に行ける。他の軍国行き首都着は日付が変わるのを待たないと乗れないし、他の便は第2区、第3区着だから首都へは列車かバスで乗り継がないと行けない。いちいちそんなに時間かけてらんないし、密航するってなったらムーンリバー号をおいて他にないわ」


 深い緑の瞳をギラつかせながら、白い手袋に包まれた小さな手をぎゅっと握ってローズマリーは熱弁を奮う。完全に密航する気らしく、正規の手段で出入国するという考えは頭からすっぽ抜けているようだ。


「えぇ……。それって犯罪じゃん。俺、いくらなんでもマリーがお尋ね者になるのなんか認めらんないよ。どうしても他に方法はないの? 大昔みたいに陸路や空路を使ったっていいじゃないか、ポートヘブンからなら海路だって使えるだろう、ここの仮想海は大陸の周りにある外海と繋がってるんだろ?」


 人目を気にしてこそこそ話しながらセージは渋った。自分1人が不正出国者とバレて指名手配されるくらいなら許容できても、敬愛する師匠が王国犯罪史に名を刻まれるなど到底許せるものではない。まして、セージさえオグルにならなければ国外逃亡する必要なんて元々なかったのだから。

 しかしローズマリーはセージ1人を行かせるつもりなどない。薬師としては発展途上にある彼に希少かつ劇薬である千年草の解毒薬を単身で扱えると思っていなかったし、途中でアクシデントが起きても離れたところにいては対処できないからだ。

 鬼化した当人はいまいち事の重大さを理解しきれていないが、世界最高峰の薬剤師であり魔法薬学の第一人者であるローズマリーは既に悟っている。この呪いから愛する弟子を解放するのは、一筋縄ではいかないことを。


「セージ。私はあなたのことを信頼しているけれど、それでも一人にしておけないの。あなたなら何があってもやり遂げられるでしょう、それは分かってるの。……でもね、心配なのよ。私の見ていないところで、あなたにもしものことが何かあったなら、きっと私は死ぬまで後悔し続けるわ。だってセージは大切な預かりものであり、私の大事な弟子で、……かわいい子どもなんだから」


 泣き笑いのような表情で言い募る師匠に、もう弟子は何も言えなくなっていた。昔から彼女の涙に自分がものすごく弱いことは、とっくに自覚している。もう泣かせたくはないのだ。だってローズマリーはセージの大切な師匠で、それから大好きなひとなのだから。


「……はぁ。分かったよ、ここまで来て師匠を置いて勝手に単独行動なんかできないし、一緒に行こう。でも、その……密航するって言うけど、どうやるのさ」

「問題はそこなのよね、どうやって乗り込むべきか……。セージ、あんた何かアイディアある?」

「おいっ、なんか具体的なプランがあるのかと思えば全くの無計画かよ! どうするんだよ、出発までもう時間ないぞ!!」

「そーよっ、グズグズしてらんないのよっ、だから早く案を出しなさい!」

「む、無茶言うなー!!」

「なによぉ! あんた、私より頭良いんだからナイスアイディアのひとつも提案してみせなさいよぉ!」

「む、無理無理! 俺、マリーと違って善良な一般人だもん! は、犯罪なんかできっこないもん!! そんな闇の閃きなんかできねぇもん! マリーの鬼! 悪魔! バカ! いじめっ子ー!!」


 ぎゃあぎゃあと言い争っているうちに自然と声は大きくなっており、2人の会話はすっかり周りに丸聞こえだった。しかも一連の内容は発着場で行われており、つまり移動施設を管理する職員だってまさにすぐ近くに居るのである。


「……ちょーっといいかなぁ、そこのおふたりさん。今、聞き捨てならないワードが飛び交ってるのを耳に挟んじゃったんだけど……えぇと、密航がなんだって? そこのところ詳しい話を聞かせてもらおうか、ええ?」


 やたらと威圧感のある笑みを皺の刻まれた顔に浮かべた紳士が、いつものように口喧嘩する2人へ話しかける。いや、腹の底に響くような低い声音はもはや恫喝に近い。

 ギギギ、と油の切れたブリキ人形のごときぎこちない動きで彼と彼女は紳士の方向へ顔を向け、にっこりと完璧な営業スマイルしてみせる。もちろん紳士──ポートヘブン町長であり発着場の管理責任者には通じない。

 こうして薬師とその見習いの突貫密航プロジェクトはあえなく水泡に帰すかと思われた。

 が。

 そうはならなかった。なぜなら、


「我が君! ……ちっ、セージのクソ野郎も俺に掴まれ!」

「タイム!? 一体どうしたのよ!?」

「え、何!? てか初めて名前……っ」


 ぐわわわわ、と発着場ロビーを埋め尽くすかのようにタイムが膨れ上がり巨大化した。ローズマリーを振動を最低限に抑え、ひらりと華麗に背中へ乗せると、セージは首根っこを無理やり咥えてあちこちにガンガンぶつけながら、全速力で走り出す。ゆらゆら揺れるセージは柱や壁に身体がぶつかる度、激痛に悶え悲鳴を上げている。

 ぎゃー! と場内はあっという間にパニック状態と化した。他の利用者は絶叫しながら我先にとエントランスへ駆け寄り、突然のことにこの場を統制すべき職員ですら呆然としている。我に帰った町長が指示を飛ばしても大騒ぎとなったロビーには、ほとんど命令が届いていない。

 大混乱に陥った発着場を尻目にタイムはトップスピードを維持したまま走り、大規模転移魔法の術式が発動する直前の定期便ムーンリバー号へ駆け込み乗車する。慌てて職員が警笛音が鳴らすもののとっくに魔力は充填され、既にもう魔法は発動していた。


 カウントが始まる。

 5秒前。

 4、

 3、

 2、

 1、

 ──0。


 そして、2人は使い魔のファインプレーにより、まんまと逃げおおせた。ただし目的地である軍国首都の発着場……ではなく。


「……マリー、ここ……どこ?」

「さぁ……。どこでしょうね?」

 

 整列する軍服姿の男女、朗々と演説するなんだか見覚えのあるおじさん、その隣にいる見たことがあるような気がするおじさん、巨大はおじさんの銅像にシュバルツベルンの王宮とはまた趣の異なる宮殿。

 そこは軍国アーデルハイトの首都「クリムシー」の中央広場。通称を「深紅の広場」といい、定期的に軍事パレードが行なわれる場所である。そう、アーデルハイト国家元首である国軍元帥がパレードのメインである演説をしている最中に、その2人と1匹は現れた。


「もしかしなくても、これってめちゃくちゃヤバいんじゃない?」

「やばいわよ……やばいに決まってるでしょ。タイム……お前って子は、またやらかしたわねー!」

「ひ、ひぇ……お、お許しを……お許しください我が君ぃ!」


 大事な式典を邪魔された怒りで元帥の顔は真っ赤に染まる。ぶちぶちと血管が切れそうな勢いでマイクに向かい、全軍へ叫んだ。


「総員、その怪しげな奴らを密入国の咎でひっ捕らえよ……打首じゃー!」

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