さぁさぁ語れ、世界の秘密を騙れ

「ようこそ、いにしえの魔法を今に伝う置き去りの里へ。我が名はリコルダ・フィオーナ──魔女の谷を治める長にして、この地に住まう者らの守り手。……と、まぁ堅苦しい挨拶はこの辺にして。ささ、上がって上がって。大したもてなしはできないけど」


 とんがり帽子よりランドセルを背負っている方が余程しっくりくるのではないかと思うほど幼い見目をした魔女長・リコルダは気さくに笑いながら2人を自宅へ招いた。

 肩口でまっすぐに切りそろえられた菫色の髪にくすんだ明るい緑の瞳が印象的なその魔女は、梟の羽を飾ったとんがり帽子を被り、麻布を繋ぎ合わせた簡素な仕立ての寝巻きを身にまとっている。なめらかな象牙色の肌に彫りの浅い顔立ちは東の民の血筋を感じさせた。愛らしい外見に対して醸し出す雰囲気は、年長者特有の老獪さを滲ませている。


「それにしても、あなたも難儀な呪いを見に受けたものね。可哀想に、それじゃあさぞ生きにくいでしょう。……治してあげたいところだけど、さすがに手に余るなぁ」

「……わかるんですか? 私が呪いを持ってるってこと……そういえば、フェルさんも見抜いてたけど、魔法使いになるとそういうのもすぐ分かるようになるのかな」

「魔法使いの素質というのはね、魔力があることでも魔法を扱えることでもなく──魔法を感じ取れるかどうか、これに尽きる。どんなに莫大な魔力があろうと実技が上手かろうと、魔法の有無を直感で悟れなければ意味がない。ゆえに優れた魔法の使い手には不意打ちが無効ってわけ」


 リコルダの家は外から見た時は小さな平屋の一軒家に映ったが、実際に中へ入ってみると二階建てだった。魔法で空間を拡張しているため外観と内装が大きく異なる仕組みのようで、二階部分は主に客間や物置として使っているらしい。一階はバス・キッチン・リビングダイニングに、リコルダの寝室があり地下は文献や資料を保存するための書庫が設えてある。

 2人は燦々と陽の当たる開放的なテラスへ案内された。プランターには季節の花々や薬草の類が植わっており、風が吹く度に甘く馨しい匂いがふわりと漂う。

 架音から手土産を受け取ったリコルダは、お茶の用意をしてくるからと台所へ消え、テラスには架音とフェルデニウムだけが取り残された。3人掛けのテーブルセットにそれぞれ向かい合って座る。


「そういえば、ローズマリーさんはセージさんと一緒に呪いを解く方法を探すって言ってた。でも、その方法って見つかるものなの? それに……フェルさんは文献とやらで呪いの存在を知ってたみたいだけど、解呪については書かれてなかったの? 普通は解き方だって書かれてるもんなんじゃないの」

「……『ともくいののろい』はね、人が人にかける呪詛ではないの。異界へ渡るという罪を犯した者への、かみからの罰なのよ。だから呪いを解くのは『上』しかできない。でも、たったひとつだけ手段は残されてる。それは──呪いにかけられた者を物理的に消失させること。殺すのでも、別な世界へ飛ばすのでも、やり方はなんでもいい。とにかくこの世界から消す、失くす。それで呪いの影響は消える」

「それって……つまり、」


 架音が思わず身を乗り出しかけたその時、人数分のティーセットをトレイに乗せて運んできたリコルダが微笑みながら、台詞の続きを引き継いだ。


「あなたを元いた世界へ還そうってこと。えぇと……名前は確か、カノンさんって言ったかしら。良かったね、きっとそう間を置かずに帰れるよ。マリーなら必ず上手くやるから」

「……あの方は、一体何者なんです……? 確かに王国随一の魔法の腕前を有す素晴らしい魔女であるとは理解しています、でも……それにしたってマリー様は『異常』すぎる」


 いささか血色の悪い顔でフェルデニウムが食い気味に尋ねた。空色の目は疑念と畏怖に染まっている。


「あなたの質問に答えを返す前に、お茶にしようか。せっかくのハーブティーが冷めちゃうし、架音ちゃんが持ってきてくれたケーキも食べたいし。……そうそう、フルールの店で買ってきてくれてありがとう。あそこのお菓子、好きなんだよね」


 感情の読めない仮面のごとき笑みを貼り付け、リコルダは白いクロスを敷いたテーブルの上に中身を注いだカップと皿に取り分けたお菓子を並べる。早咲きのスミレを飾り、濃いベリーのソースをかけたケーキとクセのない飲みやすいハーブティーの組み合わせは上品で、宮廷のお茶会に出席した経験のある、フェルデニウムの目にも見事と言わざるを得なかった。


「フルールはね、別名『花の魔女』という植物を操る魔法に長けた子なんだけど、お菓子作りが大の得意で魔法研究の傍らにこうして時折店を開いてくれるの。あの子の魔法には長いことお世話になっていてね、ここにあるお花や薬草の面倒もたまに見てもらってるんだ。おかげでここしばらく、薬草を枯らしたりしなくなったかな。私ってば魔女のくせに植物の世話がてんでダメで、マリーにもよく怒られたっけ」

「花の魔女フルール……その名は聞いたことはあります。大戦時、魔女ローズマリーと並んで魔族側人族側を問わず救護に尽力し、多くの命を救った功労者だとか。たしか、マリー様のお弟子さんなのでしたっけ?」

「いえいえ、マリーとフルールはただのお友達よ。あの子がまだここに暮らしてた時は一緒に惚れ薬の創薬実験したり、どっちが人面草を上手く育てられるか勝負してたり、なんだかいっつもアホなことやってたなぁ。そうそう、恋茄子マンドラゴラに媚薬の効能があると発見したのもフルールよ、あとであの子の論文を見せてあげる。本人に直接頼むと恥ずかしがるから、こっそりね」

「それは……興味深いです。私の専門分野とは異なりますが、良い知見を得られるかもしれません。ぜひお願いします……って、そうではなく! 先程の質問に答えていただきたいのですが!」

「……あはは、やっぱり流されてくれないかぁ。そうだよね、大事な秘蔵っ子の今後に関わるし、ちゃんと把握しておきたいよねぇ」


 大人用の椅子にちょこんと腰掛け、いつの間にか寝巻きからきちんと魔女としての正装にあたる黒一色のドレスに着替えたリコルダは、湯気の立つカップを片手にパチンと指を鳴らした。


「言葉で説明するのも分かりにくいし、あなた達の脳みそにちょっとした映像を送り込んであげる。それでなんとか理解してちょうだい。……あ、機密保持のため一定期間が経過したら投影した映像は消えるから、覚えていたいならちゃーんと脳細胞のひとつひとつに刻み込んでおいてね」



◆◆◆



 ──1933年 シュバルツベルン辺境「ポートヘブン」


「はぁ!? ふ、船には乗せないってどういうこと!? 巫山戯てるの……この私を愚弄すると……? えぇ、えぇ、いい度胸してるじゃない、あなた」

「いっ、いえ! 決してそのようなことではなく……! ただ国際法上、身分証明とパスポートのない方を国外へ出すわけには参りませんので……、どうかご容赦を……っ」

「あーもー、分かったわよ、で? そのパスポートとやらを貰うにはどうしたらいいの」

「まず本籍のある役所で身分証明を発行していただいてですね、それから大使館に問い合わせて手続きを踏んでから、という流れになります」

「大使館は王都だし封鎖されてるし、役所はとっくに燃え滓になってるわよ! どーすんのよパスポートも身分証明もできないじゃない! なんだってそんな煩雑な仕組みになってるの!? ……ジルめ、めんどくさい法を作りやがったわね! あの世で覚悟してなさい……っ!」

「そ、……そのようなことを申されましても……」


 港町ポートヘブンの中心にある軍国行きの定期便が発着する船着き場で、使い魔と弟子を伴ったローズマリーは癇癪を起こしながら職員に食ってかかっていた。完全なクレーマーと化している師匠の姿に、離れたところで成り行きを見守っていたセージはどうしようとあちこち視線をさ迷わせる。

 八つ当たりされるのが目に見えているので怒り狂った魔女に近づきたくないが、このままでは厄介者として扱われますます出国が難しくなる。ここは勇気を出して羽交い締めにしてでも停めるべきか。しかし彼女は他ならぬセージのために怒ってくれているのであり、それを思うと制止するのも憚られた。


「おい、タイム、今こそ面目躍如の時だぞマリーを止めてこいよ」

「は? なぜゴミカスにも劣る屑の言うことを聞かねばならん。他を当たれ」

「……前から思ってたけどさぁ、お前なんか俺にだけやたら当たり強くない? 俺なんかした? してないよな? 理不尽にも程があるだろそろそろ謝れよ」

「当然だろう、この世において従うべき主人はローズマリー様ただ1人、他は空気中の塵も同然。何が理不尽なものか、自然の摂理であろうが。そのようなことも分からぬとは、低脳極まりないない無能だな」

「え……ここまで言われる筋合いある? なんで俺が罵倒されてんの……?」


 もはや言い返す気力もなくがくりと肩を落としたセージだが、つかつかと荒っぽい足音を立ててこちらへローズマリーが戻ってきたので、ぱっと顔を上げる。


「まったく! あの堅物共ときたら、身分証明とパスポートがないと出国させられないの一点張りよ! 国の重大な危機だっつうのに、ちったぁ融通効かせなさいよ……はぁ」

「おかえりマリー。なんとかなりそう?」

「ダメみたいねぇ。あの分じゃテコでも動かないでしょう。と、なると……ちょっと危ない橋を渡るしか出国の目処は立ちそうにないわね」

「えっ……それって、まさかと思うけど、その『まさか』じゃないよな?」


 不安に駆られたセージが真っ青な顔で問いかけると、いたずらっ子じみた無邪気な笑顔を取り繕った魔女は、うきうきと弾むような口調で告げる。声色は楽しげだが、ついて出る台詞の内容はは、ちっとも楽しくないどころかむしろ、恐ろしいばかりの提案だった。


「えぇ、そう。あんたの予想通り、その『まさか』よ。こうなりゃ、もう密航するしかないでしょう?」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます