◇198◇ヒール
アベガルさんは、やや暫くルイユが逃げて行った方向を見つめていたが、僕の横に屈む。
「ヒール」
少しズキズキとしていた痛みが、スーと引いた。
「俺のヒールでは、傷口を塞ぐ程度か。イラーノが目を覚ませばな……。動けそうか?」
僕は、上半身を起こそうとするも力を入れれば激痛が走る。
「う……」
「無理か。マドラーユが毒消しを持っているといいんだが」
「ほ、本当に毒がついたナイフで……?」
「たぶんな。毒でヒールの効きが悪くなっていて、俺のヒールでは回復しないようだ」
そんな……。
何故ルイユが、こんな事を。
「ううう……」
「お前な。男だろ? 冒険者だろ? 泣くなよ。ったく。ちゃんと助けてやる」
「……僕はいいからイラーノを助けて」
「投げやりになるな」
勝手に涙が溢れて止まらない。
イラーノが僕のせいで死ぬかもしれない。いやこの涙は、ルイユに裏切られた悔し涙だ。
でも本当に裏切った? これも芝居ではないの?
少なくともイラーノは、芝居ではなかったと思う。今回も僕達までだました芝居に違いない! ――そうであってほしい。
僕の横で、アベガルさんの大きなため息が聞こえた。
「すまなかったな。ルイユを追い詰めた結果だろう。自分を守る為に君達を……」
「それは違う!」
「………。取りあえず、マドラーユを探しに、って来たか」
数人の足音がすると思い見ると、マドラーユさんとコーリゼさん、そしてゼルダグさんだ。
「二人は大丈夫ですか?」
「怪我をしたのか?」
ゼルダグさんが聞くと、コーリゼさんも続いて聞いた。
「マドラーユ、毒消しを持っていないか? イラーノが毒に侵された」
「毒ですって! クテュールは?」
「イラーノはルイユにやられた」
「「え!」」
アベガルさんの言葉に、マドラーユさんとゼルダグさんが驚く。
「わかったわ。毒消しではないけど万能薬ならあるわ。お代は後で頂くわ」
マドラーユの言葉に、周りは驚いた。
「いやねぇ。冗談よ」
「こんな時に、変な冗談を言うな!」
アベガルさんは、マドラーユさんから薬を受け取ると、イラーノの腕に塗る。
「少し経てば薬が効いて毒が抜けるわ。しかし、ルイユが賊を仕掛けて来るとはね」
「なんでルイユがそんな事をするんだよ! ルイユじゃないから!」
「……そう」
僕が反論すると、マドラーユさんは何か言いたげな顔つきになるも何も言わなかった。
「まあルイユとは限らないよな」
そう言いつつアベガルさんは、コーリゼさんを見る。皆が彼に振り向く。
「俺が賊をと考えているのか? 何のために?」
「そうね。じゃ何の為に馬車に乗ったの?」
マドラーユさんは聞く。
コーリゼさんの目的はわからないけど、エルフの事を聞きたかったようだ。賊は初め、イラーノも殺そうと思っていたみたいだし、殺してしまえば聞き出せない。
「それは話しただろう?」
「嘘でしょう? 普通よっぽどじゃないと大金を払わないわよ。」
「お前が、二人をつけ回していたのは、こちらも把握している。二人に近づいて何をしようとしていた」
マドラーユさんとアベガルさんの追及が始まった!
って、イラーノはどうなったの?
「それ今じゃなくても……。イラーノは大丈夫?」
「おぉ、そうだったな」
そうだったって……。
「ヒール」
アベガルさんが、ヒールを唱えるとイラーノの腕の傷口は塞がった。
皆が安堵する。
「おーい。起きろ!」
ベチベチとアベガルさんが、イラーノの頬を叩く。
「何するんだ!」
「大丈夫だ。起こしているだけだから」
「ううーん……」
「起きたか?」
「アベガルさん? ……ルイユは!? クテュールは!?」
「ルイユは逃げた。クテュールは、まだ重体のままだ。悪いがヒールを頼む」
驚いてイラーノは体を起こし僕を見た。
「なんでヒールしてくれないの!」
「俺じゃ無理だった」
「え? なんで?」
「俺のは、軽度の傷を癒すぐらいしか出来ない。君のヒールは、俺が体験済みだからな」
そう言えば、エルフに攻撃を受けたアベガルさんをヒールで治したんだっけ。
ロドリゴさんの傷も内臓まで達していたのを治したんだった。イラーノのヒールって凄いんだ。
「わかった。ヒール!」
ずーんと重かった背中が軽くなった感覚。息苦しさも引いた。
「動けそう?」
イラーノに問われ、僕は上半身を起こす。特段痛みもなく、起こせた。
「凄い。全然痛くない」
「よかった」
「ブツゴゴチの騎士団がこちらに向かっているはずだ。来たら一旦ブツゴゴチに向かう」
アベガルさんが、僕達に言った。
「イラーノ、ごめんね……」
「何故君が謝るの?」
「だって……ルイユが……」
止まったはずの涙がまた溢れて来た。泣きたくなんてないのに!
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