じゃんじゃん火

 久秀の許しを得てもなお不安なのか、藤丸は小七郎に目を向けた。小七郎が首肯すると、藤丸はようやく話す気になったようだ。



 ……あの鬼火はじゃんじゃん火と呼ばれています。


 昔、ここを治めていた十市のお殿様が敵に攻め立てられ、臓腑を晒す無残な最期を遂げたといいます。そのときの恨みが鬼火となり、山中をさまよっているのです。出会った者はみなその炎に巻かれて、焼き殺されてしまうといいます。


 鬼火の中をのぞくと、死者の顔が浮かび上がっているそうです。武士の顔、山中で没した公家の顔、川に身投げした男女の顔……彼らはみな苦悶の表情を浮かべ、生者への憎しみをあらわにしているのです。


 じゃんじゃん火は小雨の夜、時おり村まで下りてきます。村の者はみな、じゃんじゃん火を見ると持っている荷をすべて捨て、橋の下や物陰に隠れるようにしつけられております。声を立てず、じゃんじゃん火が通りすぎるのを待つのです。度胸試しに、ほいほいとじゃんじゃん火に呼びかけた村人が襲われ、命を落としたこともあったと聞きます。


 あるとき、じゃんじゃん火の話を聞いた相撲取りが退治しようと山に登りましたが、戻ってきませんでした。村の者が探しにいくと、蜘蛛の糸のようなもので簀巻すまきにされ、焼け焦げた姿で息絶えていたそうです……。



  藤丸の話が終わると、小七郎は深いため息をついた。なんという物騒極まりない怪異。自分の手に負えるものではなさそうだ。


 しかし、今の話の中で久秀が怒るようなところはなかったように思う。首を傾げる小七郎の横で、久秀が訊ねた。


「じゃんじゃん火になった十市の殿とは、誰のことじゃ」


十市とおち遠忠とおたださまと伺っております」


「あやつか」


 久秀は知っているようだが、大和に来て日が浅い小七郎にはわからない。名前からして、三分割された十市郷の一つを治める十市家の先祖なのだろう。


「して、遠忠を攻め滅ぼした者の名は」


「その……ご存じのことではないかと。申し上げねばなりませんか」


「申せと言うておる」


「霜台さまのしわざと……」


 久秀が哄笑した。芯から楽しそうな笑い声だったが、そこになんの邪気も感じられないことに小七郎は身震いした。自らの手でむごたらしく殺した相手の、その恨み話を聞いて楽しそうに笑う心境は、小七郎の理解の及ぶところではない。


「それにしてもじゃんじゃん火とは珍妙な名を付けおる」


「それは、火の玉が現れると、じゃんじゃんと音を立てるからです。武士たちの残念、残念という恨みの声だと聞きました」


「残念、残念と喚き散らして飛んでおるのか。なんとも未練がましいのう。これは傑作じゃ」


 とうとう久秀は腹を抱えて笑い出した。小七郎も藤丸も呆気に取られて、笑い声が収まるのを待たねばならなかった。


「藤丸はじゃんじゃん火を直に見たらしいな」


 小七郎が問いかけると、藤丸はおびえた顔でうなずいた。


「大晦日の、小雨の降る日でした。牢人に道を訊ねられている最中、龍王山の中腹にじゃんじゃん火が灯り、山から下りてくるのを見たのです。私は恐ろしくなって逃げ出しましたが、牢人は恐れるに足らずと鷹揚に構えておりました」


「それで、どうなった」


「翌朝、焼き殺された牢人の姿が見つかりました。傍らの地蔵の首が刀で斬り落とされており、激しく争った形跡が見られました。そして、牢人の骸には……なぜか虫がびっしりとたかっていたそうです」


「奇怪な……」


 眉をひそめた小七郎の脇から、のそりと久秀が割って入ってきた。


「道理に合わぬのう」


「と、申しますと……虫のことでしょうか」


「それもだが……藤丸よ、その夜も龍王山城にはかがり火が焚かれておったろう。なぜ一目見てじゃんじゃん火とわかった。夜の山道を歩く兵の松明たいまつとは思わなかったのか」


「じゃんじゃん火は、松明の炎とまるで違います。この世のものとは思えぬ青白い炎を放つのです」


「ほう、青白い炎……風情があるのう」


「言うてる場合ではござらんぞ」


 思わず口を挟んでしまった小七郎である。


「霜台どの、ここは慎重に当たらねば。特にじゃんじゃん火は霜台どのへの恨みで生まれたもの。うかつに手を出せば焼き殺されますぞ」


 言ってから、それはそれで好都合だったことに気づいたが、久秀は恐れる様子もなく、ひょいと立ち上がった。


「それも一興、じゃんじゃん火を見物に参ろう。藤丸、鬼火が灯った場所まで案内せい」

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