エピローグ
数日後。
セニの町で、春を迎える祭りが行われた。
町の住民が民族衣装に身を包み、バスケットから花びらを撒いて町を練り歩く。
また、この祭りにあわせて、結婚式も行われる。
神父から祝福を受けた純白の衣装をまとった花嫁花婿が教会から続々と出てきてライスシャワーを浴びる。
その中に、花冠をかけたメドゥサ会頭とカラヤンが幸せそうな笑顔もあった。
それを見守る俺のとなりに、スコールとウルダ。そして、エディナ様とラルゴ。
「また帝国へ行くんですって?」
「はい。帝国と共和国の停戦合意が成されましたので、商売のチャンスですから」
電撃的だった。帝国皇太子ラルグスラーダから共和国へ停戦の講和会議を申し入れた。共和国には戦費がなかった。そのタイミングで踏み潰そうと思えばできた。それをせず、向こう十年の停戦に踏み切った真意は誰もわからなかった。
でも、商家にとってはありがたい。商売がやりやすくなる。あの殿下を支持する商家は帝国の内外でも増えていくだろう。
それと、ラリサについては、まあ、うん。
帰って早々、〝なぞなぞ姉妹亭〟にいったら詫びられた。
許せたかどうか自信がない。経緯は聞かなかったが、事実確認だけした。間違いなくカラヤンの子だと。本当は詳しく聞いてやるべきだったろうが、保留にした。心の準備ができなかった。産む意思と産み育てる覚悟だけ確認した。
俺も初めての家族問題に直面したのだ。場数がないから怖かったのかもしれない。
ただ、カラヤン隊を辞めることと町を出ていくことは認めなかった。それがラリサにとって針の
金の心配はするなと言ったら、泣かれた。
あの心境をうまく表現できない。ウソつきとか、裏切られたとか、失望とかじゃなく。ただなんとも形容できないショックの余韻が大きくて心が痺れた感覚だった。
俺は出会ってからのラリサを知っている。それまで否定することが出来なかっただけかも。
これは善悪ではない。あろうがはずがない。
魔法使いにしかできないから、やる。
俺にしか、ラリサを守ることができないから、やるしかないのだ。
これも、〝家族〟の形だと思えば、こそ……だと信じる。
§ § §
春節祭の前日のことだ。
ヘーデルヴァーリが三〇〇年ぶりに、ペルリカ先生と再会した。
もう年月の単位が人知を超えているが、それを見届けてくれと頼まれた。
「ぶっ飛ばされるのはいいとしても、魔法でぶっ飛ばされそうになったら止めてくれ」
俺の知らないバリトンで言われた。こいつ、やっぱり声紋が変えられたらしい。
「この大馬鹿者っ!」
ペルリカ先生の美声一喝で、俺のコーヒーにいいスパイスがくわわった。
贈り物にした〝黒の羽衣〟の眼帯は、ティボルが〝
罵声からのラブロマンス再燃かと期待が膨らんだが、その展開は甘かった。
「前々前世で顔を洗って出直してこいっ! たわけ者っ!」
バタン。店のドアを閉めて、店の外で先生を呼ぶティボルの情けない声に、俺氏大爆笑。
「お~、お~、か~、みぃ~っ!?」
「あれ? 俺もですか? おかしくないですか?」
八つ当たりで俺まで店を追い出された。解せない。
「なんで俺の仕込みだと思われたのかな。あんまりだ」
先生からの依頼は達成したんだけどなあ。おかしいなあ。
「お前の日頃の行いじゃね?」
「俺のラック当てにする前に、自分のラック使い切って来いよ」
「はぁ……。やっぱり今更だよなあ」
「諦める?」
「……無理だ」
「じゃ、がんばれ」
俺は歩き出した。そこへ前歯が生えだしたエイルが店から飛び出してきた。
「狼。コーヒーのお金~」しっかり者の店員だった。
「明日、カラヤンさんの婚礼を見届けたら帝国に行こうと思ってる」
「帝国? ああ、一昨日の停戦講和か」
「うん。その様子見と、ハティヤの顔も見てきたい。博士が真実を話してくれるかは期待せずにな」
「そっか。オレは、どうすっかなあ」
ティボルは所在なげに頭を掻く。俺はエイルの小さな手にコーヒー代を渡して腰を伸ばした。
「出直して来いって言われたんだから、しばらく出直せよ」
「あん?」
「先生いってたろ。前々前世から出直してこいって、だから今までの空白を埋め直せって言ったんだよ。許してないけど、半分許されたんだよ。リエカで花束でも買って日参すれば?」
「うん……そうすっか」
「でもって、明日から黒い眼帯をつけてたら、脈ありだろ?」
俺は言い残して、家路についた。
そう、俺たちの戦いはこれからだ。
〈了〉
[あとがきにかえて]
以上をもちまして、「この異世界で狼よ、月と踊れ」を終劇いたします
ここまで、つたない物語を読んでくださいました読者諸兄諸姉に感謝申し上げます。
本当にありがとうございました。(拝礼)
この異世界で狼よ、月と踊れ 玄行正治 @urusimiyasingo
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