第十五章 春節祭までには間に合うように

第1話 堕落の聖杯(1)


『アトリエ、応答せよ。ローランドソン、クルックシャンク、ビアボームが〝聖杯〟に喰われた。応答せよ、アトリエ──ロイスダール。指示をっ』


 エリス・オーがこのタイミングで裏切った。

 なぜだ。ナゼダ。WHY……?


   §  §  §


 西都ティミショアラのはずれ4キール手前。

 都市の城壁を背にするようにして、黒のフードローブをまとった小さな人影がひとつ、ロイスダールたち中央軍を待っていた。

 逢魔が刻。光と闇が併存する境界から切り出されたような、ほの暗い人影だった。


 現着時刻は、18時50分。


「徨魔は、あなた達と同じだった。帰る場所がないから必死に戦うの。でも帰る道を用意してやれば、言うことを聞いたはずよ」


 何の話をしているのだろう。真意が見えてこない。


「否定。会話など成立しません。そのために我々は千年以上もの間、交戦したのです」

「だから、何? 戦っただけでしょ。彼らを理解した?」


「肯定。解剖にも成功し、ありとあらゆる生態パターン情報を獲得しています」


「心は」

「ないでしょう。ヤツらの思考は、喰うことだけです」


「相変わらず機械が、心を理解した風に言うのね。もしかして、私を笑わせたかったの?」

「……」


「あなた、〝ギフテッド〟を知ってる?」


 いよいよ話が見えてこない。一体どうしてしまったのだ、この魔女は。


「肯定。一般人と比較して先天的に顕著に高い知性と深い共感的理解、高い倫理観、強い正義感、博愛精神を持っている人々を指す。知的才能とも。ただし、これらの定義は世間的な成功を収める、収めないに関わらない」


「誰が意味を説明しろと言ったの。私が訊いたのは、会ったことがあるのかってこと」


「不明。一般人の定義が不明確、かつ高い知性や正義、博愛とは行動力に溶け込んだものと理解。社会生活の中でそれを判断する物証は乏しいかと」


「ふんっ。弁解の御託も頭良さそうに言い回すものだわ。要は知らないんじゃないの」

「……」


「あなた。電気ヒツジの夢を見たことはある?」


「質問の内容が不明瞭です。お答えできません」


「でしょうね。洒落っ気もなしか……気詰まりな優等生ね。統括評議会はよくこんなのにポストを一つ預けたものね。もういいわ。それじゃあね。……そう。あと一つだけ言っておいてあげるわ」


「……」

「あと三〇〇〇年かけても、あなたじゃ〝野獣〟の代わりにすらなれないでしょうよ」

「……ご忠告、どうも」


 別れの挨拶はしなかった。会うことはもう二度とない。

 彼女は西へ向かうと言っていた。その言葉だけで充分だった。


 キルヒマイヤーズ農場。 

 ティミショアラから2キール手前。都市でも屈指の豪農が所有する農園だ。


 履歴によれば、四日前。その看板を見た。これで二度目。なのに、ロイスダールはなぜか前回評価3より〝評価2/好ましくない〟を選択し、2秒でその履歴を削除していた。


 原因を分析。問題解決の優先順位。

 18:50-18:53の会話履歴。削除……完了。


 オラデアに向かった追討部隊3400名の連絡が途絶えた。37762回の問い合わせを続けているが応答がない。彼らが本隊復帰しないと索敵効率が12%回復しない。


 また、ティミショアラに駐留している兵5000の将校200名から、ただの1つの拠点も制圧したという伝令すらやってこない。一体何が起こっているのか。ドローン1機でも手許にあれば、敵敵情が把握できるというのに。これだから原始文明は不都合極まりない。


 そこへ、前衛部隊から伝令が飛んできた。


「申し上げますっ」

「許可する」


斥候せっこうから連絡。都市ティミショアラの城門が閉門中。門前にて、龍公主ニフリート様ご出馬のよし。司令官代行をせとのお下知げちでございます」


「駐留している大公陛下の親軍はどうした」

「はっ。それが城外にはどこにも……」


(駐留軍5000が機能不全、だと……。なぜその連絡すら来なかった)


 翡翠と白銀の両家政長が野営地から消えて、すでに4日経っている。なのに龍公主が独断で都兵を率いて、駐留軍5000を鎮圧したというのか。ヨハネス・ケプラーの再誕個体が都内のどこかにいた……可能性32%。あの策士さえいなければ、あの泥臭い龍公主など何もできないはずだ。


「三家の行方はどうなった。野営地からの撤退軍はどこだ」

「いまだ追跡隊が戻ってきておりません」


 遅い。通信プロトコルに重大な破損でもあるのか。大公の粛清計画が露見したか。だが戦争は数だ。兵数で押し込めば、龍公主一人くらい踏み倒して城内に押し入ることは容易いはず。


「案内せよ。龍公主様にお目通りに向かう」

「はっ!」

 傍にいた側近役の二人に声をかける。


「ローランドソン。ビアボーム。兵をこのまま1キール前進させておけ」

「交戦想定か」


 側近役の問いに、ロイスダールは振り返らず言った。

「我々は、なんとしても母星ほしに帰らねばならない。どんな手段を使ってもだ」

 

  §  §  §


 交易都市ティミショアラ。

「お姉ちゃーんっ。こっちに誰か来るぅうううう!」

 城壁から降ってくる少女の大声に、地上でニフリートは笑顔で手を振って応じた。


「ギャルプは元気がよいのう。わしまで元気がもらえそうじゃ」

「まったく粗忽そこつ者で。恐縮の至りでございます」


 シャラモン神父がうやうやしく会釈する。

 城門の前では篝火かがりびが焚かれ、円卓とイスが六脚、セッティングされていた。

 ここで中央軍本隊と会談の場を設ける。


「シャラモン。なんでセニへ戻らなかったんだよ……っ」

 カラヤンが横目の先に文句を言う。


「その質問は、今更でしょうか。子供たちが、久しぶりに狼さんのカレーライスが食べたいらしいのです。もちろん私もです」

「カレーライスって、お前……それいいのか?」


「それと、オラデアでウルダから手紙をもらいましてね。ダンジョン内に厨房があるらしく、そこで狼さんが春節祭の宴会を開いて、特別メニューを振る舞うのだそうです。それを子供たちに伝えたら、是非食べたいと言い出して残ることにしたのですよ」


「カラヤン。私も所望しょもうだぞ」

 龍公主のとなりに座ったメドゥサが胸をそびやかす。


「おい、メドゥサ。シャラモンは今日中にここを発たねぇと、セニの春節祭まで間に合わねえはずだろうが。スミリヴァルの面子メンツを潰す気かよ」


「大丈夫だ。問題ない。セニの町を出る時、祭は四日の延期の可能性を父に断ってある」

「おいおいっ」


「首尾よく行けば、狼どのがヤドカリニヤ商会名義でこの国に莫大な恩を売れると空手形をうったが、たまにはハッタリも言ってみるもんだな。それで間に合わなければ、隠居中のゼブ神父がとり仕切るさ。そんなことより、狼どのは大丈夫なのか?」


「たくよぉ……。ああ、たぶんな」

 カラヤンに、その根拠はなかったが。


  §  §  §


 十六時間前。その日の未明のことだ。

 狼から「ここ一番の大勝負を賭けます」と焚きつけられて、半信半疑のままカラヤンは夜闇に紛れてダンジョンを飛び出してきた。


 夜明け前に到着した時、ティミショアラは城門がしっかり降りており、市街の空に火の手が上がっているのを見て、「また狼の予見が当たった。すでに手遅れか」と本気で焦った。


「なんてこった。本当に市街戦が始まってやがんのかっ!?」

「おーっさぁあああんっ!」


 城壁の上方。回廊から聞き覚えのある大声にカラヤンはあごを上げた。

 松明の灯りとともに凸凹の狭間ツィンネから顔を出すのは、シャラモン一家の三女ギャルプである。


 とっさに何やってるんだとも言えず、カラヤンが目をぱちくりさせていると城門が開いた。


 城内から旅法衣をまとったシャラモン神父が、カラヤン隊第2番隊長ロイズ以下五名に護衛されて現れた。


「ここ北正門はニフリート様勅命により、カラヤン隊が確保しました。奥方とニフリート様は第1、第3番隊を率いて翡翠軍とともに将校団地にて交戦中です。カラヤンさんはそちらへ」


「了解だ。他になにか情報はねぇか」


「馬車係さんの話では、敵の駐留軍幕僚は現在、商工会館を占拠しているとか」

「商工会館? ヤツら、なんでそんな所に陣を構えてやがるんだ」


「ニフリート様の英断によって都内の主要拠点をすべて駐留軍より先に確保され、防衛済みです。先手をとられた形の駐留軍は、やむを得ず将校団地に睨みがきく商工会館を夜間接収という名目で占拠したようです」


「なるほど」

「ただ、ロギから火の手が大きくなったと報せがありましたので、馬車係のルシアンさんが町衆を言葉巧みに焚きつけているようですね」


 ルシアン。どこで仕込まれたのか鋭い機転を見せる若者だ。狼が拾ってきたんだったか。


「お前の子供たちは」

「フレイヤとユミルは、この先の行政庁舎そばの市場でご婦人方に混じって翡翠軍の炊き出しを。ロギには今、城壁に登って町の戦況地図を描いてもらっています」


 狼と出会ってどの子供たちもすっかり逞しくなった。シャラモン神父も心なしか誇らしげだ。

「上出来だ。ところで、ユミルはまだ望遠鏡を持ち歩いてるな。それで東を見張るように頼んでおいてくれねぇか」


「敵の増援ですか」シャラモン神父が真摯な眼差しを向けてくる。


「中央軍本隊だ。この町の拠点制圧の果報が野営地に入ってこないんで、焦れてこっちに動き出すと狼は見てる。しかも連中はハラペコらしくてな」


「ほう。それでは兵站へいたんの再接続が目的でしょう。数はわかりますか」


「野営地での現場統制を振り切るかたちで、三家の各大隊を散開させる。それが狼の計画らしい。それでもおれがざっと計算したところじゃ、一万を少し割り込む程度だ。城内の駐留軍と呼応されれば、あなどれん」


「なるほど……仲違いによる兵力分断ですか」

「あとな。中央軍の野営地にティボルが捕まった」

「えっ」


「おれもティボルが拷問を受けた絵を見せられて、野営地司令官と思われる男から脅迫の声も聞いた。それで狼が本気で切れちまってな。中央軍に咬みつく気だ。だからお前たちは都内だけ警戒してりゃいい。壁の外で起きることは無視しろ。首を突っこんだらケガするぜ」


「承知しました。では、お互いの安全とご武運を」

 二人はうなずき合うと、カラヤンは第2番隊長ロイズの腕を叩いて励まし、馬上の人になった。


  §  §  §


 カラヤンは将校団地に向かった。

 すると城壁の前の積み藁が炎上する中、交戦の鯨波げいはがぶつかっていた。


 カラヤンは、目をすがめた。翡翠軍は灯りを持たず、団地区画の城門から討って出るところだった。

 その先陣をカラヤンも見慣れた女将が二人、手柄を競うように先駆ける。


「あの、ばか……海賊仕事じゃねえんだぞ。無茶しやがってっ!?」


 馬上で青白く輝く偃月刀クレイブ──妻メドゥサ。

 そして龍公主ニフリート・アゲマントである。


 龍公主は翡翠色の戦闘スーツに、闇夜でも輝く翠玉エメラルドの腕鎧とすね当てを装着。地を滑るようにメドゥサの馬と併走して敵陣を駆け抜け、ウサギキネを巧みに操って左右に薙ぎ倒していく。


(ニフリートの装備、あれもマナ動力だってのか……っ)


 大公との戦いと同じ気配を見てとり、古代魔法技術のすいにカラヤンは舌を巻く。


 駐留軍は夜闇に乗じて城壁に取り付こうとしていた矢先だったので泡を食って逃げ惑った。駐留軍はまんまと逆夜襲をくらったかたちに陥った。

 部隊長が声を嗄らして手勢を叱咤したが、やがて矢を受けて落馬する。


「おーい、兄貴ーっ!」


 どこから手をつけるかカラヤンが困っていると、ひどく懐かしい声。女性陣から顔を返す。

 赤髪の犬耳ヴィヴァーチェが特大の流星鉄鎚モーニングスターを肩にかついでやって来た。返り血のついた革鎧が、見慣れた弟の屈託のない笑顔とくらべても、ひどく借り物めいていた。


「ヴィヴィ。戦況はどうなってるっ!?」


「メドゥサの作戦で敵の指揮官を三人、矢で射貫いたよ。そしたらあっちは自分たちの動きがバレてないと思ってたのか大騒ぎでさあ。その混乱してる間に掃討作戦やるってさ」


「なにぃ!? もう掃討に入ってるだぁ?」


 カラヤンは目をむいた。狼の予想では、四日前に駐留軍が初動するだろうと聞いていた。敵は兵五〇〇〇である。なのに拠点防衛どころかすでに鎮圧済み。対応が早すぎる。これには騙し討ちするはずだった駐留軍も顔色を失ったことだろう。


「おひいさん。みんなに優しいけど、戦はメチャクチャ強ぇんだあ。おらぁ執政庁舎と守衛庁舎を手伝ったけど。敵の指揮官ぶっ飛ばしてから、こっちにきたんだぜえ?」


 誇らしさも混じった笑顔で末弟がいう。ニフリートの家来にでもなった気分なのだろう。


「なら、ここでのおれの出番はなさそうか」


「うん。ない」

 はっきり言われると少しヘコんだが、すぐに笑みがこぼれる。


「なら、おれは商工会館の駐留軍本隊に乗り込んで大将首を取ってくるかな。メドゥサに後で話をしようと伝えておいてくれ」


「あいよー。あーっ」

「なんだ?」

「今、ヴェルデが本隊の一番偉いヤツを探してるはず。会ったら聞いてみてくれよお」


「うん、わかった」


 母に守られたことで自分の居場所を確保するのが精いっぱいだった〝箱入り〟が、周りの仲間を気にかけられるほど視野が広がった。

 ヴェルデも探索者にしては引っ込み思案で、何を考えているのかよくわからない若者だったが、ここにきて自発的に自分のすべきことを見つけられるようになったようだ。  


(狼が育てたヤツらか……。あいつは、隊長になる素質がある)


「こりゃあ、おれもうかうかしてられねぇな」

 彼らに手柄をすべて持って行かれて、手ぶらで女房と再会するのも格好がつかない。

 久しぶりに思い出す勝利の昂揚だ。カラヤンは胸を熱く躍らせながら、馬の腹を蹴った。


 だがカラヤンは、今夜が長いものになることに気づけなかった。


  §  §  §


 商工会館。

「止まれっ。止まれっ!」

 馬を下りると、カラヤンは前に立ちはだかる兵士達を押しのけて会館内に入る。追いすがって肩を掴もうとする兵士の手を払いながら、最上階の会議室のドアを押し開けた。


「推参つかまつる。駐留軍司令官殿はどちらにっ」

「何やつだ!」殺気立った幕僚が押し留めにやってくる。


「中央都クローンシュタットに立ち寄った傭兵で、カラヤン・ゼレズニーという。火急、中央都の様子を伝えに参った」


「中央都の様子だと。何があった!?」

「神蝕だ。中央都が魔物の群れに襲われた」


「そんな伝達は聞いていない。世迷い言を申すな。この者を拘束しろ」


 司令官の命令で、カラヤンは将校三人がかりに抑えつけられた。それでもカラヤンは膝を屈することなく三人の兵士に抗ったまま、司令官を見つめる。


「もう一度言う。クローンシュタットで神蝕が起きた。城門は巨大な魔物に突破され、都内はひどい有様だった。だが、おれが立ち寄った時には誰もいなかった。一番高い建物に入ったら、その最上階で黒い甲冑を着た騎士が一人だけ倒れていた。名前は知らん」


 将校たちが顔を見合わせる。

「黒い甲冑……誰のことだ?」

「大公陛下ではないのか?」

「そうなのか?」

「あんたら、大公陛下に謁見したことはないのか」


 沈黙。


「傭兵……神蝕は、本当なのか」

「なぜ疑う?」カラヤンは強い眼差しで司令官を見た。


 司令官はひどく冷めた目で、見返してくる。


「連絡が来ない。中央都からも演習野営地からもだ」事を起こして、孤立したか。

「じゃあ、この町の有様はなんだ。ここも神蝕が起きているのか?」


 皮肉ってみたが、司令官は痛痒を感じないポーカーフェイスで、歩み寄ってきた。


「野営地からティミショアラの拠点各所の制圧を命じられた。だがひと足遅く、拠点の防衛が固まっていて制圧不能に陥っている」


「司令官殿っ、傭兵ごときにそのようなことまで──」

「カラヤン・ゼレズニー。一体何が起きている。私に教えてくれ」


 本当にわからないのか。カラヤンは表情のない司令官の視線にゾッとした。


「さっきも言った。クローンシュタットで神蝕が起きた。人の気配はなかった。防衛した様子もなかった。それで薄気味悪くなって、町を出た後で、ティミショアラに中央軍がいたことを思い出した。それで、ここに報せに来た」


「野営地には行ったか?」

「野営場所を知らん。そっちが本隊なのか?」

「この町の城門はどうやって突破した」こちらの質問には答える気がないらしい。


「今言ったことを伝えて入れてもらった。町の拠点はどこも交戦中で話を聞いてもらえる状態じゃなかった。だからせめて中央軍にだけでも伝えておかねばと思った」


「貴様は、ここで口封じに遭うとは考えなかったのか?」


「考えたが、本気で戦争をしているとは思わなかった。いや、戦争をしている場合ではないと思ったから、どっちの陣営でも構わなかった」


「ふむ。興味深い……離してやれ」


 背中にのしかかった兵士三人がさがる。カラヤンはやや中腰のまま司令官を見た。剣が抜きやすいからだ。


 司令官はつまらなさそうな目でカラヤンを見据えた。


「時に、傭兵。ニフリート・アゲマントとは昵懇だったな」

「っ!? ……おれを知っていたのか」


「そんなことは、今はどうでもいい。そうだったな? 彼女に停戦和睦を申し入れたい。手引きを頼む。ただし、降伏ではない。これは停戦だ」


「この状態でまだひっくり返せると?」


「さあな。これは私の一存だ。この作戦は無理がありすぎる。その上、開戦直後から定期連絡が途絶えた」

「スナイデル司令官っ。よろしいのですか。部外者に機密漏洩ですぞっ」

「なら、私は降りるぞ。後は諸君らでやってみるか?」


「将軍っ。……いいえ」

「なら、黙るがいい。この男は交渉役だ。……そうだろう?」


「おれは……被害者の肩を持つがな」


 すると司令官は急に人間っぽい笑みを浮かべた。満面だ。ちょっと気持ち悪かった。


「なら、我々も被害者だ。したくもない拠点制圧などをやらされた。あれさえなければ、みんな幸せになれた。始めたら始めたで、その悪事もとっくに先読みされていたのだからな。あれは、貴様の部隊だったな」


「そりゃあ、ツイてなかったな」

「そう。まさにそれだ。無意味の戦争な上に、我々はツイてなかった。だが残念なことに、今の私にはそれしかわからない。これ以上の兵の損耗は無駄になる。私の本意ではない」


 司令官はまた無表情に戻り、鼻から長い嘆息をついた。


「……一時間後。アゲマント家に、ここで待っていると伝えてくれ」

「承知した」


 司令官はカラヤンの左腕を軽く叩いて、背を向けた。

 久しぶりに心が読めない人間と出くわした。カラヤンは商工会館を出た。


 それから、二時間後。

 こうして町は悪夢から覚めた。

 町の夜はまだまだ続いたが、彼らはどこか気まずい静寂を頭からかぶって口をつぐむ。

 誰も、これで終わりだとは思えなかったからだ。



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