第14話 狼と鉄狼(1)


 ドゥルダの町に入ってからは、ティボルと商売して修道院へ。


「また。あなたですか」

 難色を見せる修道院長を木炭と麦の麻袋で押し倒し、ティボル、カラヤン、アルサリアと一泊する。


 その夜は、また吹雪になった。

 俺は修道院の門前にたち、真っ暗なダンジョン山を見上げていた。


「狼。どうした」

 カラヤンがマントをかき合わせて、となりにやってくる。


「ウルダが伝令から戻ってきません。なにか、嫌な予感がするのです」

「この吹雪じゃ山頂も吹雪いてるな。下山は無理だぞ」


「俺なら、それに乗じて敵地に潜入しますね」


「なにっ。……はんっ、悪くねぇ奇襲案だが、冬山のてっぺんでやるにしちゃあ自殺行為だな。雪で方向感覚を失って身体が冷え切っちまえば、良くて手足の指を失うし、悪くて発狂、凍死だ」


「彼らは人じゃありません」

「なに?」


「ずっと人のフリをして生きてきた、アンドロイドという種族です。ティボルから聞きました」


「アンド、ロイド?」


「暑さや寒さの耐性は常人を超え、しかも不老不死です」

「なっ。不老不死だぁ?」


「ええ。大公と同じ種族です。その彼らが大公の意志を継いだらしく、リンクスの奥義を狙っています」


「なんてこった……。お前、行くのか」


 俺は無言でうなずいた。


「ったく……。ちょっと待ってろ」

「えっ」


「どうせ戦闘になるんだろ? 剣を取ってくる。お前も持ち出す荷物を用意しとけ」


「でも……いえ、わかりました」


 カラヤンは一度言い出したら聞かないのだ。もう理解した。

 二人で修道院に戻ろうとすると、背嚢が一つ飛んできた。


「なんだい、お前たち。大の男が二人揃って夜の雪山へ無理心中かい?」

 玄関口にアルサリアが旅装でたたずんでいた。


「おふくろ……あんたも来る気か」

「ふん……さっきのメシでわかんだろぉ?」


「あん? メシ?」カラヤンが眉根をひそめた。


 アルサリアは黒眼鏡をギラリと雪明かりに光らせて、


「あたしゃね。あまじゃないんだよ。硬いパン半分と味の薄いスープで朝まで辛抱できるほど殊勝な信心は持ち合わせちゃいないのさ」


 要するに、〝群青の魔女〟さまは、不味い夕食にご立腹らしい。


 ここの修道院は古式ゆかしい料理法で、野菜を茹でた煮汁を一度捨てていた。野菜から出たせっかくの旨味を捨てるので、スープの味が薄くなるのは当然だ。しかも茹でる水に雪を使っていた。

 燃料も時間もかけてあのうすしお味では、まさに苦行といっても差し支えないだろう。


「ティボルから聞いたよ。あの山のダンジョンの中で春節祭を祝うそうじゃないか。お前、何か特別な料理をこさえるって?」


 ティボルのヤツ余計なことを……とは思わない。祝い事は人が多いほど盛り上がるものだ。


「子供たちの要望で、厚切りにした生の豚肉に衣をつけて揚げる料理を出します。ソースはオラデアから持ってきた辛めのソースで──」


「行くっ。絶対に今すぐ行くよっ! お前たちさっさと支度おしっ」


「狼よぉ。やる気にさせんなよ」カラヤンが横目で睨んでくる。

「えー、俺のせいですかあ?」


 とにかく、カラヤンは剣を。俺は背嚢を背負いながら馬車から魔法斧と魔導具を取りに行く。

 その音は、戻ってきた時に起きた。


 ォォォオオドドドドドドォオオオオオ……ッ!


「おい、今のは何の音だ?」

雪崩なだれみたいですね。山の上の方からです」


 俺は耳を尖らせて、言った。


「戦闘が始まったのかもしれません」

 魔導具を左腕に装着して、戦斧を右手に持つ。その斧の頭で両足に〝移風道動〟をかける。


「あれ。マナのコストが……軽いっ」

 俺が目を瞠ると、左肩に魔女の手が乗った。


「当然だろ。この〝群青の魔女〟の仕事はいつだって一流って決まってるからね」

「おふくろ。てめぇの自慢はいいから、さっさと魔法かけてくれよ」


 カラヤンが軽くあしらって、俺の右肩を掴んだ。


「お前だけ途中で落として、雪崩に巻き込んでやろうかねえ」

「先に吹きつける雪で重くなって墜ちるのは、そっちだろうが。助けに行かねぇからな」


 親子の憎まれ口の叩きあいを聞いてないフリしながら、俺は一度だけ振り返った。

 玄関の奥で、ティボルが短く手を挙げる。俺も軽くうなずいて、前を向く。


「行きますよ。しっかり捕まっててくださいっ」


 俺は雪のヴェールの向こうに〝飛燕〟ラスタチカを放った。


  §  §  §


「──了解。ケース375-dを採択。山頂付近の通気口へ向かえ。[北極星]再誕まで残り1時間43分37秒。再組成培養ルームへの到達を最優先。通信アウト」


 彼は独り言のようにこの場にいない仲間に指示を出し、[騎馬ナイト]の駒で[城砦ルーク]に迫る。


「ロイスダール。何かトラブル?」一応、訊いてみた。

「いいえ。問題ありません。突入経路になっていた道が一つ塞がっていただけです」


「どの経路」


「ルートB。中腹部。採掘艦の船底部において崩落。現場は人為的な封鎖と認定。任務達成予定時刻に27分の遅れ。目標地点の最短ルートだったのですが、任務に支障はありません」


 机上での説明に動揺も意気込みも感じられない。なのに駒を着々と進めていく。

 冷静なのではない。元もと感情を備えていないのだという。この世の事象は彼らにとって虚無の中に漂う時間の作用に過ぎない。


 そんな彼が、自分に協力を要請してきた。

 〝かえりたい〟のだと。


  §  §  §


「還る?」

「肯定。すでに帰る場所ではなくなっている可能性がある。という推定条件付きで。その座標ポイントに我々は帰還しなければならないのです」


「我々って?」

「そのためには、あの方舟を我々が再稼働させ、正規ルートに復帰。その後、帰還航路に入り──」

「待ちなさいよ。意味がわからない。あなた達のやりたいことで、私のメリットになる?」


「半マナ物質[エウノミア]の解析により、魔導書〝堕落の聖杯〟のポイントを特定」


「はっ? えっ。特定、した? ていうか、エウノミアの魔眼をどこでっ。それ頼んでないっ」

「肯定。なお、ポイントは水深2㎞の淡水が存在しました。ちなみにpH2」


 人の話を聞けっ!


 こちらで示した不快感を呼んだのか、将校は言葉を改めた。

「訂正。所在場所は水深2キール。水質は皮膚破損の危険性を帯びた酸の水底です」

「酸……っ? そんな水の中を人が潜れるわけないでしょ」


「否定。我々には可能です。レディ」

「っ……いかれてる。正気じゃないわ」


 混乱する頭で吐き捨てた悪罵さえ、目の前の将校は表情ひとつ動かさずこちらを見つめてくる。


「我々には現地協力者が必要なのです。その適任者に、あなたが選ばれました。エリス・オー」

「大公陛下は、このことをご存知かしら?」


「否定。我々は、大公──ガブリエル・バルマンはすでに帰還不能と判断。現段階において、メインサーバー〈ネメシス〉との情報共有を一部切断し、補助サーバー〈ダイダロス〉に切り替えて各ユニットとの情報共有をしています」


 大公には別の名前がある。けれど、この将校の側には深く立ち入らない方がいい。頭がおかしくなりそうだ。


「確認させて。〝堕落の聖杯〟は本物なんでしょうね」

「肯定。96%で、本物と確定しています」

「ぱーせんとって。いや、もういい。本物だという根拠って何よ」


「我々の仲間で解析を担当した一体が、聖杯に書かれていた文言を解読後、壊れました」


 呆気にとられた。信じられない。あれを遮蔽魔法もなしに素人が直接読む蛮勇がいるなんて。案外マヌケかも。気づけば笑っていた。


「いいわ。先に聖杯を引き渡して。それなら、手を貸してあげる」


「レディ。ご留意願います。本件は契約となります。我々がこの世界を離れるその時まで、あなたは我々を支援する義務を負います」


 最初に持ちかけてきて、こちらの欲しいモノを勝手に確保し、その上で親切な忠告? 舐められてるわよね。これって。


「その契約で、私は何をすればいいわけ? まさか公国を乗っ取れなんていわないでしょうね。面倒くさい」


「中央軍の統帥権を掌握して欲しいのです」

「それは宰相の権限だったわよね」


「肯定。宰相の統帥権限は、公国軍12万です。そうではなく、中央軍3万をあなたの手で、〝ナーガルジュナⅩⅢ〟へ誘導して欲しいのです」


「時期をわきまえて。失敗すれば国家反逆罪とみなされて、死罪よ」

「否定。これは反逆にはなりません。なぜなら、リンクスと仮称する複製体の奪取にまつわる任務となります」



「たしかに……大公陛下からいくつか要望されている要求の一つにあったわね。あの子が持ってる〝新アルマゲスト五次元座標星儀〟を奪取すること」


「肯定。ただし、大公はあの〝方舟はこぶね〟で進軍を。我々は後退を希望しているのです」


 大公はそれで前に進み、彼は後退……。勝手なことばかり。まるで悪魔と話しているようだ。


「だめよ。現物を見せなさい。〝堕落の聖杯〟をここに持ってきて頂戴。でなければ、この交渉はできない」


 将校は無表情のまま、一瞬だけ目を泳がせた。

 やはりウソか。そう思った時だった。ドアがノックされる。


「入室を許可」


 将校が応じた。ここは宮廷魔術師の執務室なのに。


 外から木箱を抱えた下級将校に、五人の警護がついて入ってきた。

 木箱がテーブルに置かれ、箱ふたがあげられた。


 中から出てきたのは、黄金の高坏ゴブレットだった。ただし、見えるのは脚のみで、カップ面は狼の皮で包み隠されていた。


「狼の毛皮をとって、あなたたちは壁ぎわまで離れなさい。全員よ」


 深紅の魔法陣を展開。魔女の威厳をもって命じた。将校らは素直に応じて、壁ぎわまで後退する。

 

 魔法陣ごしに、ゴブレットの周囲を小さな黒い蛇が七匹。内と外を出入りしつつ妖しくうねっている。


(うっ、本物だ。……さて、どうしたものかしら)


 しばし考える間に、蛇が突っこんできて魔法陣を砕いた。魔女は崩壊風に吹き飛ばされ、交渉役の将校に受け止められた。


「あ、ありがとう……」

「今の風は?」

「マナの相剋反応とでも説明しておくわ」


「理解不能」


 この男でもわからないことがあるのか。

「いいわ。契約しようじゃないの」


 すると将校が手を差し出してきた。軍人のくせに綺麗な手をしていた。


「なに?」

「契約成立の証として、握手するのが習わしです」


 古式ゆかしい商人の風習を真似ているのか。どこまでも酔狂な将校だ。


「ワタシの名前は、ロイスダール。レディ……以後お見知りおきを」


 握り返した手は、人だとは思えないほど、ひどく冷たかった。


  §  §  §


 現在。

〝ナーガルジュナⅩⅢ〟正面玄関エントランス。


[アトリエからBチームへ]

「こちらベラスケス」


[山頂に向かったAチーム──プッサン班、ラトゥール班の信号が消えた]


「二個小隊ノーシグナル。アクシデントか。通信トラブルか」

[回答不能。原因は不明。こちらの通信感度に異常は発見できない]


「回収は」


[フェルメール班を山頂へ送った。交戦は不許可。状況確認後、即時撤退を指示。予定時刻23分46秒後に報告が入る。原因が判明次第、Bチームにも連絡する。あのバルマン大公を沈黙させた〝ウェアウルフ〟の一団の可能性を想定。索敵レベルを一段階上げることを推奨する]


「了解。生態索敵レベルをDからCへ移行──。攻撃レベルはβそのまま」


[確認。アトリエ通信アウト]


「ベラスケス。アトリエが何を言ってきた。情報共有を請求する」


 僚機レンブラントが共有を促す。ベラスケスは首筋の回線モジュールを押して、情報を送ってやる。


「……Aチームが全ロスト。アクシデントだと?」


「レンブラント。通信トラブルと判断しなかったのはなぜだ」


「抵抗勢力を16時間捕捉していない。整備部の定期メンテナンススケジュールは3ヶ月先だ。ここは現在、無人と推定されている」


「否定。ここに例の〝ウェアウルフ〟の一団が根城にしているのをセキュリティデータの一部から確認済みだ。演算レジストリの定期更新を推奨する」


 バカ扱いされて、レンブラントは人間のように唇を不機嫌にひん曲げた。


「突撃シーケンスの変更はしなくていいのか」

「変更なし。障壁の突破を最優先──」


「待て。ベラスケス」

 僚機に注意喚起され、将校は振り返った。

「画像データ。e1379を参照しろ」


 言われた画像データを開き、ベラスケスは画像を拡大する。


 場所は山頂付近。毛むくじゃらのヒゲ面男の顔が通気口へ入っていく。

 即座に人物照会にもヒットした。


「──Dr.マクガイア・アシモフ。11時間15分前のデータだな」


「アトリエはこのことを」

「否定。その報告は受けていない。フェルメール班の報告から情報検索を開始するものと推定する」


「失態だ。ロイスダールは演算レジストリが定期更新されていないのか」


「アトリエは、レディと足並みを揃える日程調整を組んでいる。対話モードに容量を割き、情報精査フェーズに容量を割いていないと推定する。それよりもレンブラントの発見こそ、どうした」


「この機体に……s17のCPUを積んでいる」


。画像解析用……サスキアの〝部品回路〟アミュレットか」

「肯定。定期メンテナンスの異常検知にもかからなかった。だから……誰にも訊かれないから報告しなかった」


 ベラスケスは僚機の盾襟カラーを掴んで引き寄せた。

 

「疑問。それならなぜ今、自分から申し出た。我ら〝ディアブローグ〟暴走の末路は知っているだろう」


「回答……不能だ」


 ふたりは三秒間、沈黙すると、その場を別れて作業に戻った。

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