第11話 ポンコツ機械人間の清算


 ティボルの懺悔はまだ続く。はずだった。

「そうか。やっぱり、お前だったのか……っ」


 ゾッとするような静謐な応答に、俺も思わず耳をヘタリと倒した。


「狼……っ。ストレート過ぎんだろうが。もっとオブラートに包めよっ」


「謝罪の場面ではヘタに隠さないことが誠意だろ。あと、この世界にオブラートはまだないからこれ以上包みようがないよっ」


 コソコソやっていると、上司が空咳を打ったので、二人揃って背筋を伸ばした。


「そんなことよりも、おれから、お前らに訊きたいことがある」


((そんなことレベルで流してもらえたーっ))


 俺たちが内心でホッと安堵のため息をついていると、カラヤンが言葉を継いだ。


「大公との戦いで、おれの剣筋がことごとく相手に読まれていた。あれをどう理解すりゃあいいのかわからなくてな。なんか意見はあるか?」


 あの同調システムの説明か。俺は下あごをもふった。となりでティボルが息継ぎをするために襟元のマフラーを緩めていた。

 ウルダがまだオムレツを食べたそうに鉄鍋を覗きこむので、俺の分を切り分けて皿にのせてやる。少しだけ機嫌が戻りそうなのでヨシとしよう。


「これは推測になりますが」

「うん」

「大公の装備していたあの黒い鎧は、龍公主たちが身につけていた腕鎧、脛当てと同種の物だと思われます。心波同調接続端末シンクロニシティデバイスというそうです」

「その話、誰から聞いた」

「大公がこれ見よがしに説明してくれました。【蛇遣宮】に眠っていた古代魔法技術だそうです」ラノベによくある展開。

「ふむ。それで?」

「あの玉座の間には監視装置として、カラヤンさんを観察する目がいくつも構築されていたのだと思われます」

「監視? というと?」

「石膏像です。その後ろに、カラヤンさんを見つめる目があったはずです」

「あの石膏像ではなく、か?」


「はい。あれは完全なオブジェ、囮ですね。そこに来訪者の注意を集めることで、あの広間全体に置かれていた監視の目の存在に気づかせないようにしていました」


「うん。それで」


「その古代魔法技術による監視の目は、カラヤンさんの身体の動きを観察。分析し、その結果を大公に伝えるという流れができていました。その道具としてのあの漆黒の鎧です」


「おれの身体の動き?」


 こうなったら、死人に口なし。俺も見てきたように話すしかない。


「はい。大公の話から推測すると、カラヤンさんの剣を振る動作や癖、回避のタイミング。歩く体重移動の変化。会話する呼吸。その他もろもろの一挙手一投足をその目を通じてことごとくを記録され、調べ上げたことで、大公は先読みを可能としていたようです」


「だが、おれがあそこに行ったのは初めてだぞ?」


「ええ。でも、カラヤンさんと似た体型や足運びをする武官は大勢いたはずです。あの古代魔法技術は、長い年月をかけて多くの剣士の動きや癖を集め、それを研究して、ある種の型を見つけ、それをカラヤンさんに当てはめることで、動きをある程度まで予測し、先読みを可能としていたのではないでしょうか。なので、俺も右肩をあっさり斬られたわけです」


 カラヤンは腕組みして唸り、思わずとなりの魔女を見た。けれど群青の魔女は肩をすくめるだけだった。彼女は運動力学や科学技術には造詣がないようだ。俺は内心そのことにホッとした。


「そんな魔導具があるのか?」

「ええ。大公は〝脳模倣並列式演算〟ニューロモルフィックシステムと言っていました」

「それ……詳しく話せるか?」


 くわしく。この世界の技術水準に合わせるのは難しいな。


「うーん。大公の言葉では、五〇〇〇人分の脳みそを使って、相手の行動を計算予測しているのだとか」

「五〇〇〇人だとっ。そんな数、あの場のどこにいたんだ?」


 俺もうまく説明できない。五〇〇〇人の脳を使った多元並列演算なんて俺の世界では実用の入口に立ったばかりの新技術なんだから。


「カラヤン。そんなに先を読まれたことが意外なのかい?」

 群青の魔女が言う。


「んー。まあな。大公の顔がティボルこいつじゃなけりゃあ、まだ納得いったんだがな」

「旦那。ひでぇ! 顔は関係ないでしょおっ?」


「バカヤロウ。お前がおれの前で剣を持ったことなんて、ただの一度もねぇだろうが」

「いや、まあ。そりゃあ、そうですけどぉ」


 ティボルが口を尖らせて首をすくめる。それほどカラヤンも泡を食った相手だったのだ。


「狼。こいつの剣がおれの横を通過するたびに、吸い寄せられるような感じがした。あの感じは初めての経験だ」

「ええ。俺の時もそうでした。こちらの動きに対して、大公は計算で剣を振っていたと思います」


「計算?」

「はい。ただし、金勘定などの、いわゆる出納計算ではありませんが」


 俺は枯れ枝を手に取り、焚き火のそばに立体図を書く。

 すなわち、x軸、y軸、z軸だ。


「あの玉座の間は、部屋に入ってきた者の身体の位置、高さ、奥行き、速度を常に観察し続け、記憶していた節があります。

 たとえば、この箱の中の点がカラヤンさんの頭か、心臓として、その点を一本の線になるように何個も点を描き、その軌道を計算で出すのです。そして一瞬後一瞬後のカラヤンさんがどう動くかを何千通りにも計算で予測できたのです」


 俺は四角い箱の中に枝先で点を細かく打っていった。


「それを大公がやってたってのか?」


「いいえ。大公自身ではなく、あの部屋全体の魔導具ですね。大公はその答えを鎧で受け取って、その指示のとおりに鎧に動かさせられていたに過ぎません。だからティボルのような普段から剣を持たない者にも、カラヤンさんを追い詰めるほどの剣技をくり出すことが出来たのだと思います。推測の域では、ここまでしか説明できませんね。

 あと、季節と時間で、星の位置を割り出す器具があるのを、リンクスに見せてもらったことがあります」


天文計算機アストロラーベだね」

 群青の魔女が言った。俺はうなずく。


「あれは気が遠くなるほどの数の星周回記録を元に、計算で作られている機械です。大公はそれよりもっと大掛かりで複雑な計算ができる機械を、あの広間に備え付けていたようです。ウルダが部屋を破壊した壁の中に、目的も定かでない計器類が多数埋め込まれていました」


 実際は、水槽内に浮かぶ脳組織の生命維持装置だろうが、この場ではいらない情報だ。

 カラヤンはごついあごを撫でながら悔しそうに口を引き結ぶ。


「ふぅむ。じゃあ、あそこまで予測できたのなら、なぜおれは斬られなかった?」

「カラヤンさんの武運だった──、では納得できないですか」


「まあ、な。大公の剣がおれの横を過ぎるたび、斬られたと思った。しかも最後は、おれが完璧に相手を先読みさせない状況に追いこんで、斬り込めたはずだった。大公も明らかに気づけていなかった。なのに、ヤツの手首だけが返って、おれの一撃を受け止めたんだ。あんな寒気のする戦いは初めてだったぜ」


 そこまで逼迫ひっぱくした戦いだったのか。俺は下あごをもふった。


「これも俺の推測ですが、そのわずかな差というのは、たぶん。二対一だったからではないかと思います」


「二対一?」


「ええ。大公は剣を知らない人物だった。言い換えれば、計算装置があってやっとカラヤンさんを追い詰めることができる〝素人〟だったわけです。でも装置がカラヤンさんを分析し、大公の鎧にその情報を伝えて、大公が動くまでのわずかな時間があった。〝心〟と〝技〟の感覚が〝体〟と別れていたわけです」

 二人羽織ばおりと言い切れたりもするが、この世界では通用しない。

「対してカラヤンさんには、長い年月をかけて剣を振って鍛えてきた心と技は体に合致し、ごく合理的かつ反射的に対応できた。この経験の差が機械も越えられないわずかな誤差をもたらした。というのはどうでしょう。カラヤンさんの最後の一撃は、計算装置の方が防衛を優先した結果、大公よりも鎧へ直接指示を出したと見ることができます」


「……なるほどな。つまりは、大公には伝達を受けなければ対処に動けない手間があった。おまけに剣筋は全て装置任せだった、か。そうか。だからヤツはずっと他人事で戦っていたんだな」


 カラヤンはようやく腑に落ちたようだ。そこに俺も乗っかることにする。


「そうだと思います。もちろん、カラヤンさんの動きを観察し、理解する能力は相当速かったとみるべきでしょう。首の皮一枚の勝敗だったと思います」


「うん。まったくだ」

「あと、ついでに言っておくと。ウルダの飛び込みは大公も装置も捕捉できていなかったことから、空中からの加勢を予測できず無防備になったのは、古代魔法技術の限界だったのかもしれませんね」


「はっ。じゃあ、あの場の勲一等はウルダかよ」

 カラヤンはがっはっはっと笑った。

 ウルダはオムレツをもぐもぐさせながらきょとんとしていた。


   §  §  §


「シャンドル義賊団のことだがな」


 休憩を終えて、また馬車が進み出した時、カラヤンが切り出した。

 俺はまた床にうつぶせにされて、背中の球体魔法陣をいじられつつ、背筋を強ばらせた。


「ムラダー・ボレスラフも死んだことだし、構成員も全滅した今だから言えるんだが」

 カラヤンはため息まじりに言った。

「解散に追い込んだのは、団長シャンドル自身だった」


「どういうことですか」俺が訊ねた。「もしかして、ティボルの暗殺も、領主の奇襲があることも、全部承知の上であの町を通ったとでも?」


「うん」

 言葉は短かった。するとティボルが御者台から身を乗り出してくる。

「でも、旦那っ。オレは」


「おれは、お前がシャンドルを暗殺したことに驚いちゃいねぇんだよ。むしろ、あらかじめ感づいたから、潰滅計画をシャンドルと打ち合わせた。ここらで幕引きにしようって」


「そうか。……そういうことだったのか」俺はひらめいた。


「ティボルの話です。シャンドル義賊団の頭目が役立たずの落ち目で、頭のすげ替えを幹部連中で話し合っていた。ティボルはその計画を領主側に持ちかけ、頭目の首を差し出す代わりに副頭目を含めた幹部への助命を交渉しに行った。ところが領主側は幹部全員の首を欲したために、ティボルは捕まって、数日投獄されたそうです」


「狼。お前そんな前の話、よく覚えてるな」

 ティボルが御者台から呆れた声を洩らした。


「カラヤンさん、その頭目追放計画。実際のところは違ったんですね?」

「うん、その話を聞く限りはな。実際は、頭目と俺の捕縛計画だった」


「えええっ、二人!? 旦那、いつからそんなことになってたんですか?」

「初耳のティボル」

 幌カーテンの向こうから顔を出してくるティボルに、ウルダが混ぜっ返す。


 俺は御者台へうなずいた。


「ティボル。領主にとって、頭目の首だけで満足できなかったのは賞金首としてもそうだけど、それと一緒に幹部たちも用済みだったんだ」


「用済みって……それって。おい、ウソだろ? マジかよ」


「そう。口封じだ。幹部たち全員がとっくの前から領主側に寝返っていたんだ。でもムラダー・ボレスラフの子飼いだったはずなのに、裏切りの動機はわからないけど」


「狼。そりゃ、金だ」カラヤンがドライに言葉を継いだ。

「単純な話だ。王国の軍給輸送車を襲撃して、三八〇〇万ロットを強奪した時、シャンドルは二〇〇〇万ロットをピンハネし、どこへ流したか誰にも言わなかった。あのことが幹部の中で恨みになった。でも、おれはそれを止めなかった」


「なぜ止めなかったのですか?」

「それが、シャンドルとの約束だったからだ」


「約束。ということは……」俺は下あごに手を入れた。「シャンドル義賊団が結成されたそもそもの目的が、軍給輸送車──約四〇〇〇万ロットの強奪にあったと?」


「ふっ。立ち上げまでさかのぼったお前の勘は冴えてんじゃねぇか。自分が恨まれて内紛が起き、その中で手下に八つ裂きにされ、そこを官軍に襲撃されて義賊団が消滅。そういう筋書きだった。そこまでに三年もかかっちまったがな」


「それじゃあ、カラヤンさんは」

「ああ、知ってた。シャンドルのをかついで逃げる予定だった」

「二人で? それじゃあ二〇〇〇万ロットは──えっ、まさかっ!?」


「こぉら。狼。動くんじゃないって言っただろっ」

 思わず身体を起こそうとして、また群青の魔女に抑えこまれた。


「消えた二〇〇〇万の流れた先って、もしかして──、ノボメストですか?」


 グラーデン・ミュンヒハウゼンの反乱資金。どちらも随分昔のように思えるが、義賊団の潰滅とグラーデンの反乱タイミングは絶妙に間がある。この二つの事件が数珠つなぎだとは誰も考えつかないだろう。


「カラヤンさん。もしかしてグラーデン公爵を以前から知っていたんですか?」

「おいおい、勘弁しろよ。知ってたら、お前を巡る喧嘩は起きなかったはずだ」


「それは、確かに……そうですね。それじゃあ、頭目シャンドル。彼は今?」

「ああ、ピンピンしてる」


「マジっすか!?」

「寝耳にティボル」うちの子は意外に言葉遊びが上手。


「狼もよく知ってる人物だ」


「えっ。そうなんですか?」

 ちょっと意外な感じがして、いろんな顔を思い出してみる。

「ヒントとか、もらえますか」


「ま、気づけねぇか。……シャンドルの本名は、ロジャー・カールス・シャンドル。おれとはリエカにいた時からの幼なじみで、帝国騎士時代は同階級で大尉だった。

 向こうは剣よりも橋を架けたり鎧を打ち直したりするのが得意で、ヤツの部隊は工兵としても重宝がられてのし上がった。ガキの頃。おれの前の愛剣を二〇ペニーで買い叩いた野郎だよ」


 ロジャー・カールス・シャンドル。聞いたことがない。……カールス。カール……カール?


「うっ。もしかして、〈ホヴォトニツェの金床〉の店主さん、ですか?」

 カラヤンはちょっとつまらそうに俺を見たが、すぐ含みのある笑みを浮かべた。


「ふふんっ。当たりだ」

「うっわあ。あの人、元騎士だったのですかっ!?」


「がっはっは。見えねぇだろ? 七年ですっかり鍛冶職人の顔になっちまってて、最初再会した時、声をかけられなきゃ気づけなくてな。まあ、あいつがセニに移ってたから、メドゥサに出会えたようなもんだがな」


「なんだい、馴れ初めの話かい?」

 女性は恋バナには敏感だ。カラヤンは苦笑した。


「おれんじゃねえよ。みんな、そこの狼に感謝してるって話だ」


「それじゃあ、頭目なのにしょっちゅう姿が見えなくなっていたのは、なぜです?」

「嫁には行商してるって言ってあった。半月に一度は家に帰ってたらしい」


 義賊団頭目の表の顔は、行商鍛冶で、愛妻家。間違いない。店主だ。


「じゃあ、カラヤンさん。店主とグラーデン公爵に接点が?」


 カラヤンは笑みをおさめて頷いた。


「一〇年前。帝国政変の時に、主人家族襲撃され、主人と同僚部隊が討ち死に。カール達の部隊はその家族と同僚家族を連れて帝国を脱出。越境して王国のミュンヒハウゼン領に逃げ込んだらしい。その時、グラーデンは理由も聞かずに匿ったそうだ。実際は、廃村を一つ預けられたそうだ。『騎士の身でそこを修理して住めるなら』とな。

 だがカールたちにとってみりゃあ、鼻歌まじりの仕事だった。

 で、その時の恩義をどうしても返したかったんだと。そしたら行商先で、王国の現金輸送ルートの話を聞いちまったらしくてな。散々悩んだらしいが、セニに戻って店の前をひょっこりおれが通りかかったんで計画を動かしたってわけだ」


「それであちこちで義賊として名を売って、四〇〇〇万ロット強奪ですか」

 伝説義賊の末路にしては、憐れだったが。


「カールは、二〇〇〇万ロットは出来過ぎの恩返しになったと笑ってたよ。その金のおかげで主人家族はグラーデンから覚えめでたくなったそうだ。今じゃ居着いた村の女村長だったかな。自分の部隊も根づいて職人村になってるそうだ。これで公爵と主人家族両方に恩義を返したと思った時に、追っ手が迫ってきたわけだ」


「潮時だと言ったのは、カラヤンさんからですよね」そこは直感でわかる。


「まあな。本人も観念して死ぬつもりだったが、おれが認めなかった。幸い頭目は面が割れてなかったから逃がそうと思えばできた。んで、ちょうどそこの優男が視界の隅でチョロチョロしてたから、死んだフリに利用させてもらった」


 服の下。胸と背中に粘土板を紐でくくりつけて防弾チョッキにしたそうな。店主は工兵時代にもやっていたらしい。修羅場を潜り抜けた数の違いか。カラヤンたちの方がティボルよりも役者が二百枚くらい上手だった。


「で、ティボルよ。お前の方はどういうつもりで頭目おやに弓引いた?」

「えっと。それについては狼から……」


「あぁん? お前、てめぇの不始末を他に弁解させる気かぁ?」

 さすが規律に厳しい副頭目。やぶ睨みする声が、久々におっかない。


「今回に限り、その方がわかりやすいと思ったからですよ」俺が助け船を出す。


「どういうこった?」

「ゲルグー・バルナローカこと〝黒狐〟の魔女狩りの依頼、憶えていますか」

「ああ。だがありゃあ、その場で断ったはずだろ」


「そうです。大公と〝混沌の魔女〟は、『交換計画』という契約を結んで、自分たちの目的を誰にも悟らせないまま、俺たちの前に現れていたんです」

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