第39話 作戦名は、ラーマズブリッジ


「で、この〝レシャチカ荘〟、狼はどうするんだい?」

 マクガイアに尋ねられた。

「とりあえず、株式化して、複数人に利権として持ってもらおうかと思ってます。会員制の〝民宿〟ペンションにしようかと」


「はあ、そうきたか。会員は」


「登記権利者は〈ヤドカリニヤ商会〉ですが、株主は俺、マクガイアさん、カラヤン、サラ夫人、それとウジェーヌ公の五人でしょうか。株の売却は満場一致でのみ認められます」


「いくら株を割って、ひと口いくらだ?」

「一〇〇株わって、ひと口一ロットです」

「は?」


「現段階で、この株の優待効果は、この館での食事付き宿泊権しかありません。儲けは度外視です。実質的な管理も、サラ夫人とメイドさんに委託しますし、宿泊費の設定も彼女たちにお任せすることになるでしょう。だから彼女のために一ロットです」


「それじゃあ滅多に来ない客相手に、彼女たちにどうやってシノギをさせるんだ?」


「産業医です。この町も商工業者が多いですから、従業員を五人以上雇っている商会に、産業医による定期健康診断を努力義務として行政から課し、受診した職人たちからではなく、商会から診察料を払わせます。診断料はサラ夫人との相談ですが、従業員一人頭数百ペニーといったところでしょうか」


「はっ。だったらドワーフの診察は、だいたいが飲み過ぎや食いすぎになっちまうな」


「それでも重要な健康情報です。寝不足も、医者に言われて気づく不摂生。というやつです」

「なるほど。あと、今後はバルナローカ商会も入ってくる公算がある。客には困らねぇわけか」


「はい。あとここでまた開業医として再開してもいいですね。サラ夫人の現場復帰は忙しいことになるかも知れません」


「よし、わかった。その辺のことも議会に条例案として提出してみよう」

「よろしくお願いします」


「うん。それで、温泉宿の進捗はどうなってる?」

「七割です。商業施設、飲食施設にそれぞれ三〇〇ロット出資して、ここ数日で通りを明るく改装させました。露天商ではなく、ちゃんとした見世棚を設置するように手配しました。

 診療所は諦めていましたが、サラ夫人に産業医契約を結べばクリアです。現在はダンスホールを建設中ですね」


「ダンスホールねえ。オレはどっちかっつうとカーネギーホールとか、ブロードウェイがいいんだがねえ」


 言いたいことは深く同意したい。要は風呂のあとの娯楽と言ったら、見世物小屋なのだ。


「グランドキャバレーと言っても誰も想像できないので、言わないようにしてるだけです。要は、音楽を聴きながらお酒を飲める場所を作ってます」


「それなら、ナイトクラブか?」


「あ、その名称がありましたね」こいつはうっかりだ。

 するとマクガイアはモヒカン頭をつるりと撫でた。


「だが夜の街作りで、治安が濁るのはいただけねぇな」

「はい。なので、オルテナに頼んで顔役との交渉を進めてもらっています」


「あいつに? てことは、〈ジェットストリート商会〉も一枚噛ませたのか」


「はい。それから銀狼団を中心に、顔役連合の自警組織にします。鎧の代わりに制服を着させて清潔感を出させます。あの〝ウラカン〟を七人も倒した女傑オルテナが主導ということもあって、顔役たちも欲を張らずに大人しく従ってくれているようですね」


「ふっ。たく。最近うちに顔出さねえから、何してんのかと思ったら……そういうことか」

 まんざらでもなさそうに、長兄は微笑んだ。この人、将来は嫁に甘くなりそう。


「そこでなんですが、マクガイアさん。彼女にナイトクラブのオーナーを頼めませんか」

「えっ、オルテナにっ? いや、そりゃあさすがに……。お前さんが筋だろ」


「俺、戸籍ないですから。この町の夜間売酒営業権──前世界日本でいう風俗営業資格──は〈ヤドカリニヤ商会〉の登記名義でも取れませんでした」


 商会の登記に、どういう商売を行うかの「事業目的」という項目がある。いくつも書いていいそうだ。

 そこに居酒屋にあたる宿屋・飲食店営業の項目はあったが、酒場であるところの夜間売酒営業はなかった。ここから居酒屋という営業形態が、徴税の出先機関に使ってる手前、いかにグレーゾーンであるかがよくわかる。


 どこの世界でも、国があって町があって徴税を行っている限り、行政法務が存在している。とりわけ公国は、根元が俺と似たような世界の資本主義国の法律を使っているからか、営業の届出を出した時に精査された。権力や身分でなびかないようにがっちり法整備がなされているのだ。

 なので、俺でもナイトクラブを建設することはできる。でも開業はできない。戸籍のない俺では徴税対象が定まらないからだ。


「帰化人でよければ、戸籍、作ってやろうか? お前さんなら誰も文句は言わねえはずだ」


 俺は首を振った。

 マクガイアは俺の目を見て、何も言わず少しだけ目を伏せた。

 何も言ってはならない。だが、それだけで通じ合った。

 俺はすでに、〝手紙〟でマクガイアにすべてを告白し、協力してもらっている。


 俺の[奪還]は、複製体ホムンクルスに語ってはならない。聞かれてはならない。

 そのことで、ここまで再起したオラデアを大公打倒のにえとしてはならない。

 だから、この国の反乱の狼煙のろしは、なりゆき俺が揚げることになった。


 それをこのタイミングで、大公に知られてはならないのだ。


  §  §  §


 数日後──。

 レシャチカ荘。庭。


「はじめ」

 俺の合図で、スコールとウルダがトビザルに襲いかかった。

 右から膝蹴り。左から木剣の袈裟斬り。手加減はしている。でもゴロツキ程度では視認すら無理なレベル。


 トビザルはスコールの膝を掌で払っていなし、ウルダの斬撃には木剣で受けるのではなく懐に入って打ちづらくして、逆に胸へ肘打ちをくりだす。


 だが、その反攻をウルダが猫のようにしなやかな変化で空を突かせて躱した。

 二人は当初の立ち位置を半回転させ、トビザルの前後から木剣が首にあてがわれた。


「そこまで」


 まるで武術の師範になったようだ。実際は、カンフーアクション映画を生で見ている気分だった。すげぇとしか言いようがない。


「スコール。どうだった?」

 剣の腕がない師範が、名剣士の師範代に訊いている気分。

「たぶん、三回に一回は死んでるかな」


 スコールは息切れもせず屈託なく言い切った。


「ウルダは、どうだった?」

「うちもそげんくらい。もっともっと意識を研ぎ澄まさんと」


 いつになく真剣な表情でウルダが言った。間にたたずむ小柄な青年がしょんぼりと項垂れる。


「よし。それじゃあ、合格だな」


「えっ?」トビザルが驚いたように顔を上げた。


「たった二週間とは思えない仕上がりだ。トビザル。よくがんばった。モモチさんや二人の先輩にも感謝を忘れちゃだめだぞ」


「あ。う、うん」

「お前に、赤銅龍公主カプリル様の護送を任せる」


「へっ? 狼。いったい何を……」

「口答えは許さない。是か否か。それだけだ」

「わか、りました」


「うん。黄金龍公主は、家政長ダイスケ・サナダが直接護送を担当される。白銀龍公主はヴァレシ・アッペンフェルド様が厳選した五名が現地で護送してくるそうだ」

「……」


「いいか、みんな。この失敗は死では償えない。その覚悟を各自の心臓に刻みこめ」


 俺の眼差しを受けて、三人はうなずいた。トビザルの猿顔はまだ若干の戸惑いが払えていなかったが。何も知らされないままやって来たんだ。仕方ない。


「傾注。これより編成班の割り当てを発表する」


 俺は少年少女を整列させて言った。


「第1班 俺とウルダ。

 第2班 班長スコール。サルトビ。任務は、赤銅龍公主カプリル様の護送。また、スコールには、ダンジョン内での統括指揮官代行を兼務。龍公主と連繋してダンジョンの防衛を任せる。


 第3班 班長馬車係。ヴィヴァーチェとヴェルデ。任務はカラヤン隊との連絡役。第3班は後詰めとし、メドゥサ会頭を守りつつティミショアラでカラヤン隊本隊と合流の後、カラヤン隊長の麾下に入って行動しろ」


「しつもーん。狼たちは何をするんだ?」ヴィヴァーチェが手を挙げた。


「内緒だ」

「は?」


「四人の家政長を介して、龍公主に俺の策に乗ってもらった。本作戦は、話した人間を特定されないために、ここでは本隊としてダンジョンに残る第2班長のスコールにしか教えてない。お前たちの誰かが捕まって、敵に俺の行動を知られてしまうと、俺よりも龍公主たちが裏切り者として窮地に陥る。それだけはあってはならないからだ」


「だったら、誰も知らないうちにさっさとやっちまえよぉ。その方がバレないだろぉ!?」

 ヴィヴァーチェの憤懣をぶつけてくる。俺たちは一瞬、目をしばたたかせて、爆笑した。


「だから、これから行くんだよ」

「へぇ? えっ、今から?」

 俺は新調した大きなバックパックを背負った。〝ベヒモスの皮〟で造った黒い背嚢だった。


「これより、作戦名〝ラーマズブリッジ〟を始動するっ!」

「了解っ!」



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