第30話 狼、温泉宿をつくる(24)


 夜の帳からタテに列をなした鬼火が突っ込んでくる。

 オラデア新市街ヴァラディヌムの東城門。


「来よったでっ。単騎縦列。数五〇じゃ」

「指揮官は真ん中後方におるはずじゃ。そこまで入れたら城門を閉めるんじゃっ」


 地を揺るがす軍馬の黒い騎影が続々と城門の下に流れ込む。


「今じゃあ!」


 合図とともに、目前に鉄格子が降りた。不運な騎馬が正面激突する。馬は即死。騎手は投げ出されて逆さのまま背中から格子に叩きつけられた。


「なっ。おのれっ。ドワーフどもがっ。──っ!?」

 城壁の回廊にドワーフが一斉に立ち上がる。手にはボウガンを構え、騎士を狙いを定める。


「松明を捨てろっ。散開っ、さん──」


 捨てた松明が地面に撒かれた原油に引火。火勢がまたたく間に襲撃者の退路を塞いだ。


「なんだこの油はっ? なぜ臭いに気づかなかったっ」

「っぇえ!」


 ざんっ! 見事な呼吸で斉射された箭によって、城外の人馬は次々と炎の中に没した。


「襲えぇえっ!」


 地表から黒幕がひるがえり、伏せられていたカラヤン隊一二〇・銀狼団七〇が徒歩かちで襲いかかった。

 炎に囲まれて混乱した騎士たち二〇人ほどはとっさに剣や槍を構えるが、たちまち前後左右から複数人にのしかかられて討ち取られた。


 城壁の上で指揮官を任されたドワーフは、敗軍を眺めて鼻を鳴らした。


「夜襲なら風向きくらい読めや。雨を連れとる東風じゃ。──おい、消火急げ」


  §  §  §


 街は暗かった。

 街灯はもちろん、すべての家屋の窓から明かりが失せていた。


「こちらの夜襲を悟られていただと? なぜだ。なぜ気づかれていたっ」


 退路はない。馬を前に走らせる他なかった。

 松明をかざして進む中、闇から突如、木板のバリケードが現れた。


「──っ!?」


 先頭を行く騎馬はとっさに回避できず、激突。騎手が手綱と松明を持ったまま一回転して石畳に叩きつけられた。そこへさっきまで乗っていた馬体が主人を押し潰す。


 街中の至る所にこれらのバリケードが設置されていた。


「散開っ。散開しろ。各員、目標ポイントに急げ!」


 言った直後に、騎士は自分の落ち度に気づいた。

 急ぐ必要などなかったのだ。すでにこちらの襲撃は敵に捕捉された。なら、馬を捨て、罠や迎撃ポイントを索敵し、目標二か所を各個撃破すれば微かな勝機も見えていたのだ。


「撤回っ。戻れっ。もど──」


 彼の首と体は夜の闇にひっそりと分断された。駆け抜けた後ろで、切れた鉄線が壁ぎわで血をすすっていたのを誰も知る術はなかった。


  §  §  §


「ふぅん、今のところこっちに七騎か。あのおっさんの罠をかい潜ったにしては残った方か」


 スコールは〝クマの門〟の屋根から敵の到着を待つ。

 となりでウルダが早速、短剣を抜き放つ。


「今日の割り当て、どうすっと?」

「いや、今回は連動しよう。おれはお前のサポートに回る」

「ええよ。……スコール、どげんしたと?」


 松明の動きを眺めていたスコールは目をすがめた。


「数を減らしたつっても、あいつら一人ひとりが強ぇよ。ここからでもわかる。おまけにヤツら、闇に怯えて怒ってる。手負いの獣だ」


「……うん」

「狼が目覚めた時、ケガして、また心配させたくないだろ?」


「あ、うん」


「おれ達はこれから先、何も起きてませんって顔で戻らなきゃいけない。だからケガ一つ、狼に見つけられたらダメなんだ」


「あのお爺ちゃんの言葉ったいね」


『隠密とは、敵から隠れるだけではいかん。味方にもその行動や任務を悟られてはならん。主人がおぬし達に求める情報とは、誰にも知られてない情報なのだ。

 だが情報とは時として、おぬし達の日常の些細な変化や、違いでもあるわけだ。お前たちが奇妙なキズ一つしただけで、情報を取りに行っている事情を味方に気づかれる。

 味方はお前たちのキズを心配するだろう。介抱もしてくれるかも知れん。だがそのことで、味方にもぐった敵の間者が、お前たちの行動に気づき、通報され、敵の防衛が増し、目標の達成がより困難になることもある。

 よって、お前たちの仕事は誰にも知られてはならぬ。隠密とは、常にキズのない状態──完璧が求められるのだ』


「だから、おれ達はもう、剣士の強さだけを目指す必要がねーんだ。目指すのは相手がどんなに強くても、おれ達が完璧であることだ。だろ?」

「うん」

 スコールは静かに短剣を抜いた。二人は眼下に迫る敵を見つめて唱えた。


「「のぞむ兵 たたかう者 みな じんつらねて まえく」」


 少年には【火】、少女には【水】が装われた。


 魔法ではない。古代精法であるとフクロウ老人は説いた。シャラモン神父が聞けば、精霊魔法の一種だと論じるだろうか。

 とにかく、これが〝たった二日〟で勉強した成果だった

 子供たちを世間一般の一人前にしたい保護者の心配は尽きない。


  §  §  §


 一方その頃。マクガイア邸前。

 バンガローの前の道を塞ぐように荷馬車を三台並べて、ボウガン兵を十五人配置した。

 そして、前衛はたった三人。


「いいか、お前ら。後ろからあたいらを撃ったらヤキいれっからなっ」

「おいおい、オルテナ。急にイキリ出してどうした。ついにマックに乙女を捧げたのか」

「うっせーな。まだだよ」

「右手が戻ったからって調子こいてると、今度は首ちょんぱされんじゃねえだろうな」

「こっちの心配する暇があったら、これから敵にテメーのナニをちょんぱされる心配でもしてろ。お互いヘマしたら、〈ジェットストリート商会〉の名折れだかんな!」


 ドワーフのがさつ会話に、二人の龍公主は顔を見合わせて苦笑する。


「聞け」

 マクガイアのひと声で、静粛する。


「敵が城門を抜けた合図がきた。オレの罠で、どこまで数を減らしてくるかはわからん。気は抜くな。ボウガン隊は前衛の三人が取りこぼしたヤツだけ狙えばいい。鎧は安物だからいいが、馬は狙うなよ。高く売れるからな」


 どこが笑い所だったのか、ドワーフたちが盛大に笑う。


「お頭(マクガイア)、マシューのやつはどこに行ったんで?」


「寝てるよ。街の防衛設備を七〇〇人使って三時間で作らせたんで、声が嗄れちまったらしくてな。家帰って寝てる」


「お頭が倒れてから、あいつもエラくなったもんだなあ」

「ちょっと前までは、お頭の腰巾着だったのにな。冴えないジョークばっか飛ばしてよ」

「おいおい。腕のほうは、ちったあマシだったろうが」


 ドワーフは家政長補佐をイジって笑う。そこにアパートメントの屋根から、カンテラの明かりがチカチカと明滅を始めた。

「来たぞ……数11、割と残ったな。──オルテナ。先陣をきれ。武運長久だ」


「にししっ、あいよ。オルテナ〝飛燕〟、行くぜぇっ」


 三倍速に改造された魔導具を放ち、オルテナは手斧一つで闇に飛び込んでいった。


「博士ぇ~っ!?」

「メカ長、わしらは見物にきたのではないのじゃぞ?」


 カプリルとニフリートが、不満を向けてくる。マクガイアは腕組みしたまま肩を回す。


「言ったろ。前衛三人が取りこぼしたヤツを、ボウガンで止めを刺す。オルテナは露払いだ。あいつが手に負えなくて取りこぼす。それを二人で叩いてくれ。オルテナがお前たちに任せる相手だ、おそらく相当強い」


「「おおっ!」」


(なんで嬉しそうなんだろうな)


 それから二、三分待っていると、馬蹄が近づいてくる。通りから角を曲がって、騎影が二つ躍り出てきた。


「よし、出撃だ。武運長久を」


「よっしゃあ、カプリル[パールヴァティー]いっくでぇ!」

「ニフリート[プリティヴィーマ]まいるぞっ!」


 闇に浮かぶシルエットの恐怖をものともせず、二人の龍公主は吶喊とっかんした。


「ねえ、お頭」ドワーフの一人が言った。「おれ達、必要でしたかね」

 マクガイアは少女達の背中を見送りつつ言った。


「向こうは馬使っての夜襲。機動戦に入ってる。あの遊び半分の娘二人じゃ敵に相手にもされねぇよ。それより敵にバケモノが一匹、混じってる」


「え、バケモノ?」

「オレを斬った騎士だ」

「えっ!?」


「あの三人でなんとか敵うと思うが、お前たちでそのバケモノの気を逸らせてもらう必要がある。注意しておいてくれ」


「へ、へいっ、合点でさあ」


「まあ、重装騎兵五〇。手練れといえども、だ。三人いりゃあ負けることもねーだろうがな」

 マクガイアに笑顔はなかった。


   §  §  §


 街の夜闇をドワーフが破る。

 眼を開き、獰猛な笑みを浮かべて低空を飛んでくる。


 速い。先頭を走っていた騎士が何もできず、下あごから斬り刎ねられた。


 彼の後続についた騎士が飛んできた敵に松明を投げつける。くるりと左傾転ロール。騎士は剣の柄を掴んで抜く途中で、兜ごと頭を割られたことに気づくことなく走る馬上から消えた。


「HeEEEEHaWWWWWW!」

「女ッ!?」


 血迷った声で性別を悟った騎士の顔面を鉄靴が踏み潰す。メキメキと鼻骨、頬骨、門歯を踏み砕き、延髄もついでに踏み折って次の獲物へ飛んだ。


 そこへ左右からの鋭い刺突。地面への鉤爪ハーケンザイルを伸ばして、噴射空圧で後方へわずかに飛ぶ。軌道は半弧を描き、穂先を上にかわす。


 鉤爪を発射するのも巻き戻すのも三倍速い。


 滞空する短躯。頭を下にしたまま発射。鉤爪が敵の口の中を貫いた。巻き戻し、目が上向く騎士の顔面を蹴ってバック転。その下を新たな穂先が空を穿うがつ。


「なっ!?」

「な?」


 刺突された槍柄の上に着地。駆ける。兜を袈裟斬り。驚愕した半面が手斧によって崩れ去った。


「あと、六ッ!」


 だが、突っ込みすぎた。気づけば隊列の真ん中にいた。前に残っているのは後続の四騎。後方に二騎の先行を許してしまう。


「しくったっ」


 失態を覚えるより先に、敵の反攻が達する。脇腹に強烈な衝撃。槍の柄で殴られたとわかったのは、体幹がくの字になりながらも相手の顔が見える距離だったからだ。


「がっ。て、てめぇっ」


 身体が吹っ飛んで、商店二階の壁に叩きつけられる。一瞬、意識が飛んだ。人の膂力りょりょくではなかった。


(──のど仏に、六芒星。あいつ、あの時の、殺人、マシーン……っ!?)


「両名はあのドワーフを始末してから、こい。妙な道具を使う。心せよ」


「はっ」

「あいつが、大将……っ」


 ドワーフじゃなけりゃ死んでた。壁から背中を引き剥がして、白い息を短く何度も吐き、奥歯をきしませる。


「逃げんじゃねぇっ! 落とし前は、テメェの首だからな。ぶっ殺す!」


「おい、逃げるなよ、ドワーフ。ここが貴様の死地だ」

「ドワーフにしては随分とやってくれたな。さっさと片づけさせてもらうぞ」


「っせぇっ! あたいを舐めんじゃねえっ!」


 オルテナは鉤爪を地表に放った。突き刺さるとほぼ同時に着地していた。

 大将を追う。だがすぐに馬蹄が肉薄し、前脚で踏みかかってきた。


 オルテナはそれを地面を転がりながら横に躱し、馬の膝に鉤爪を打つ。


 馬は驚いてその場で跳ね、足を滑らせて横転。

 その時には飛躍した剣がオルテナを狙っていた。


 降下してきた一撃を〝飛燕〟の装甲で〝受け流す〟。ミスリル装甲が火花を散らす。それでなお貫通を許さなかったのは狼の曲線設計であり、神の恩寵などではなかった。


 オルテナは手斧を投げた。騎士は首をかたむけて躱す。


「最後の悪あがきにしては残念だったな」

「いいや。大当たりさ」


 騎士の背後で、ガラクタが地面に落ちた音がした。彼はとっさに振り返りそうになったが、足下のドワーフから目を離さなかった。


「おい、ジョンっ。ジョンっ! 返事をしろ!」

「無理だってよ。返事がしたくても、あたいの斧とキスするのに忙しいとさ」


「き、貴様ぁっ」

「おっと。そうだった。騎士の旦那に大事なことを言うのを忘れてた。悪いことは言わねえ、聞いておいた方がいい」


「なっ、なんだ!?」

「にしししっ。──あたいの蜘蛛の巣へようこそ」


 騎士の目の前を線光がキラッとよぎった。次の瞬間である。


 ギュギギギギギッ!


 およそ糸とは思えぬ硬質な摩擦音で哭き、騎士の靴底をあっという間に浮かせた。


 商店二階から飛んだ先は、その糸──ミスリル糸を張り巡らせた場所だった。

 途中で槍に薙ぎ払われなければ、糸の網が路地の端へ寄ることもなかったが、物事も戦局も一時として定まらないものらしい。


 もちろん、ジョンに手斧が当たったのも偶然ではなかった。すでに別の糸に首から顔を巻きとられて吊されていた。そこへ手斧を投げた。


 仲間の落下音で後ろを振り返らなかったのは誤算だったが、横転した彼の馬が起き上がったことで糸が動いて仕掛けが作動した。

 最後まで糸の存在を知らずにいたのは、果たして幸か不幸か。


「痛ててて……上物の糸を戦闘なんかに使ったバチかよ。あと、四」

 オルテナは、死骸を踏みつけて手斧を引き抜くと、右肩を押さえながら歩き出した。


「アイツだけは、あのバケモノは、あたいが殺る……つぅ。絶対許さねえかんなっ」


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