第19話 魔狼の王(18)


「ばっかもーん!」

 カラヤンの落雷に、俺は首をすぼめた。


 夕方。

 とある空き屋敷。

 副官ラムザの話では、名義は残っているので家主は戻ってくるようだ。

 そこに一二〇余名のカラヤン隊が一晩だけ間借りする。


「なんで地下水路の調査を命じたのに、焼肉パーティなんぞ始めたっ。おまけに、その片手間で駆逐艦を全滅させましただあ!? どう考えても不自然超えてメチャクチャだろうがっ!」


 隊長の怒声が、豪風となって俺の顔に叩きつけられる。


 その背後で、スコールとウルダ、なんでか小っちゃくなって戻ってきたヴィヴァーチェ、馬車係らカラヤン第6、第7小隊も口の周りを脂まみれにさせたまま整列。カラヤンの本気の激高に背筋を凍りつかせている。


 たまたま様子を見に来たカラヤンに、みんなで肉食ってる現場を押さえられた。しかも、駆逐艦を落とした穴もバッチリ見られた。つまり、俺らは現行犯逮捕。


 現地領主の了承を得ぬままフライング気味の討伐は、あとで指揮官の責任問題になる。なので、俺は首根っこをひっつかまれて強制連行。屋敷に入って、全隊員の前で俺だけ頬を左右にひき伸ばされて叱られた。肉はみんなで食べたのに、おかしい。


「おおかた、自分の独断専行を隠すために、他の隊員を肉で誘って巻き込んだんだろうが!?」

「ふほぉ、ふぉんな証拠はどこにもないでしょうが」


「それじゃあ、焼肉パーティとあの穴の底で燃えつきてる物の因果関係を説明してみろ。偶然にできた物とはいわせねぇぞ」


「肉は……拾ったんです」


「ティボルの調べで、精肉店の証言は取れてる。となりの酒屋からもな。蒸留酒五本に、上物ワイン一本。経費で落とそうとしてたんだってな」


「ふ、ふそぉっ。ワインまでちゃっかり勘定に入れやがったな。あのオヤジっ」


 吐き捨てた直後、上司のハゲ頭が梅干しみたいに赤くなった。


「旦那。今そいつと、バカやってる場合じゃありやせんぜ。男爵の要求は、今夜いっぱいです」


 ティボルが間に入ってくれて、どうにか俺の頬だけは返ってきた。上司の目が俺から離れてくれない。領主との交渉決裂でイラついていたのか。


 なら、結果オーライ。あれ? それなら俺むしろ無罪でよくね?


「んでっ? これからの策はっ!?」


 俺は自分の頬をもふりながら、答えた。


「えーとですね。とりあえず町の情報を聞いて、ヴェルデに近々に訪れる寒波の時期を物知り婆さんという人に聞きに行かせているので、その報告を待って決めようかと」


「今ごろ寒波だぁ? もう春は目の前だぞっ」

「よりにもよって、崖の下の婆さまんとこに人を送るかよ。いくら手段を選ばないにしても、あんた、本当に節操がねえな」


 グリシモンが嫌気が差した顔でぼそりと吐き捨てた。


「おい。その人物と知り合いかっ」

 カラヤンが怒り冷めやらぬままそっちを向いた。その顔の迫力に圧されたか、グリシモンが半歩後ずさる。やーい。


「え、いや。知り合いって程じゃありません。地元の年寄り連中が長老扱いしてる婆さんで、町の者とつかず離れずの関係です。ただ領主だろうと金持ちだろうと、図々しい態度をとるんで煙たがられてました。おれもその婆さんの告げ口で、領主に命じられてここにいるんですけどね」


「じゃあ、ちったあマトモなことも言うんだな」

「いや、どうですかね。見ようによっちゃあイカれてますよ。あの婆さん」


 カラヤンはそういう変人が大好きだ。そっちへ食いつくことを期待する。


「狼。ヴェルデはいつ帰ってくるんだ?」ダメでした。


「午前中に出しましたから、もうすぐ帰ってくる頃ではないですかね」

「なら、さっさとその辺の情報をまとめて作戦企画書を出せ!」

「えーとぉ。事後ではダメですか?」

「事後ぉ? なんでだ」


「だってほら、例によって時間がないじゃないですか。地下水路の排出口ならびに、形骸化した壁などのポイントは分かりました。これから全員で、それらを一カ所だけ残して封じます」

「一カ所だけ残す……お前っ、まさか」


 察しのいい上司は作戦の深層が分かったのだろう。俺はうなずいた。


「デーバの町では、火攻めはしません。逆です。寒さでこの町にいられなくします。そのために寒波を利用します」


「いられなくして、どこへ走らせる?」

「もちろん、旗艦が温かいと感じた所へ走るでしょうね。産卵には環境が不可欠です。ヤツらが栄養以外に記憶も伝達できる怪物でなければ、また」

「……オラデアへ戻るか」


 俺は神妙にうなずいた。あそこには地熱がある。


「そのために、カラヤンさん。先回りして網を張っててもらえますか?」

「わかった」二つ返事だった。


 〝魔狼の王〟は今度は洞窟ではなく、地熱発電所を直接狙ってくる可能性もあるが。それならそれで、やりようは……いや待て。


 俺はグリシモンとアルバストルを見た。


「新たな〝魔狼の王〟被害情報は」

「酒場、居酒屋、冒険者ギルド。どれも回ったが、〝魔狼の王〟がらみで町を喰われた被害報告はすでに襲われた町ばかりだった。東部、南部ともに追加被害は報告されてない」


「こちらも各商会を回ってみたが、被害のあった町が火をかけられて跡形もなく処理され始めたという報告。その数は四六、変わらず。それとオラデアのドワーフが防衛対策に出たことが噂になっていたくらいだ」


 情報が動いてない。変だな。統制を受けているのか。


「中央都の被害に関して何か情報は? 発端になった人物とか」


 二人の諜報員は顔を見合わせて、


「そういや、なかったな」

「ああ。四治領の被害は聞いたが、中央部はなかった。妙だな」


 決まりだな。情報統制を受けてる。にしてもレベル高いな。こっちに悟らせないで口止めかよ。


「グリシモン。中央都に飛んでくれ。〝聖掃の儀〟の詳細と、その儀式が失敗と見なされた事情。もし可能なら、当事者を連れてきてくれ」


「はぁっ?」グリシモンがすっとん狂な声をあげた。「狼、分かってんのか。当事者って、第二公子のことだぞっ?」


「もし可能ならって言ったろ。ダメならいいさ。ただ、もし接触できたら〝魔狼の王〟はまだ生きてる。汚名返上の機会は間に合う。そう伝えておいてくれ」


「マジかよ……龍公殿に忍びこめってのかよぉ」


 だから可能ならって言いました。能力があるクセにぼやきが多いんだってば。

 そこへ、こそこそっとヴェルデが戻ってきた。グリシモンを避けつつ俺のそばに寄ってくる。


「ヴェルデ。どうだった?」

「うん。……今晩からだって」


 俺はうなずくと、一〇〇人規模の隊員に振り返って声を張った。


「諸君っ。メシを食ったからには、仕事の時間だ。中には旅の疲れもあるだろう。だが、もうひと踏ん張りしていい睡眠をとろう。この下でバケモノに添い寝される夜は嫌だろう?」


 笑いが少し起きた。


「第1小隊は糧食を摂ったあと、カラヤン隊長とともにオラデアへ出発。第2、第3、第6、第7は、総出でこの町の排水口を塞ぐ。ただし、風呂屋が使ってる南西の排水口は残す。そこからバケモノにご退去願うためだ」


「狼」スコールが手を挙げた。「バケモノがそれでもしぶとくこの町に居座ったら?」

「それはない」

「なんで?」


「風呂屋の営業は午後八時で終了。そこからお湯を地下に排水。二〇分後、残り湯を使って三〇人体制で大浴場の清掃にかかるそうだが、今夜はさらにそこから大量の水を流してもらう」


「水? それだけ?」

「ああ。それだけだ。ただし、雪解け水だけどな」

「地下水路を冷やすのか」


「それもキンキンにだ。そして今晩、寒波がやってくる。冬から春へ季節が変わる時に、大きな寒気がやってくることがある。これを季節の揺り戻しというが、それが今晩だ。それを利用して、町の地下を冷やす。だから急いで水路の排水口を塞いでもらいたい。以上だ」


 次に、となりにいたカラヤンが前に進み出た。


「第1小隊、糧食を始めろ。三〇分後に出立。今日中に留守居の第5小隊と合流する」

「了解。──第1小隊、糧食開始っ」

 ラムザ小隊長が復唱。屋敷内の兵士がバタバタと動き出す。


「馬車係……っ」


 俺は屋敷のロビーがごった返す中で外へ向かう若者を呼び止めた。

 振り返った彼に、〝飛燕〟ラスタチカを手渡す。


「これ、魔導具っ。おれに?」

「原理はスコールとウルダと同じ物だ。使い方を教わっておいてくれ。あと、ある物を採ってきて欲しいんだ。その意味でも二人をつける」


「班長二人もか。いいけど、何を取ってくればいいんだ」

「お前が俺を殺しかけた、あの黒い液体だ」


 馬車係は、俺をじっと見て、


「量は」

「樽で五つ」

「え、樽っ!?」

「だめか。そんなに採れそうにないか?」


「いや、採れると思うけど。あの液泥はひと掬いがけっこう重いんだ。人手がスコールとウルダだけじゃ足りない。あと五人欲しい。それと馬車も。樽だったら石炭なみに重くなる」


「わかった。俺の馬車を使ってくれ。そのうちの一樽はこの町で使う」

「すでにある魔物の卵を焼くのか」

「ご明察だ。でも、それは俺一人でやる」


 馬車係は呆れたように俺を見やる。なんだよ。


「またそういう、単独行動を。さっき隊長に怒られたばっかりだろう」


「理由はちゃんとある。全部隊は作業完了後、すぐに陽動のためこの町を出てもらう。人気がなくなったところで、〝魔狼の王〟は寒さに耐えかねて排水口を出る。それを見届けて、俺が最後の確認と後始末をして封鎖も解除。魔法で旗艦の後を追う」


「なるほどね。でも、なんであの液泥を使う気になったの?」


「この隊に卵を燃やすだけの、燃料代がない」


 馬車係が白目を剥かんばかりに途方に暮れた顔をした。


「それ、マジで言ってるの?」


「大マジだよ。ヤドカリニヤ商会お抱えの傭兵と違って、今のカラヤン隊は国家公務員だ。給料はそれなりだけど、活動備品の費用は切り詰められている。馬の餌を買う額も最低限度だ。人は運べても正直、カラヤン遊撃隊の騎兵は実戦には使えない」


「そこまでとはなあ……。わかった。他には」

「うん。なぜ今回、ラリサが来なかった?」


「あっ。それそれ。そうだったよ。ペルリカ先生からその事情を話すからって、手紙預かってきたんだった。必ず狼に直接手渡せってさ」


 もしかして王国側の〝ケルヌンノス〟の調査を急がせる気か。ラリサはカラヤンの薫陶を得て急成長を見せたが、精霊王が見えないし、〝混沌の魔女〟とぶつかれば勝ち目はない。


 俺は手紙を受け取り、馬車係に礼を言って別れ、ひとりロビーの二階へ昇った。

 誰もいない吹き抜け廊下の手すりの上で手紙を開く。


 目を通し、俺は思わず手すりを拳で殴っていた。下階の隊員全員が動きを止め、見あげてくる。


「嘘だろッ!? これって……なんでだ?」

 違った。そんなファンタジーな内容じゃなかった。


【親愛なるわが友 狼へ

 ラリサの妊娠を確認した。出産予定時期は、秋の見込み。

 本人の証言から、カラヤン・ゼレズニーの子と推定することを宣誓する

 本人は産みたい旨を告げている。妾に異存はない

 ヤドカリニヤ家に波風を立てる意思がないこと、ラリサも同意した。

 以上のこと、貴殿にだけ報せておく

 滞在期間中。二人に伝えるかどうかは任せる  

 取り急ぎ、失礼する 

           春眠月の8日 記す   ペルリカ 


 追伸、この書簡は後日、なんらかの争いが起きた時の証拠となる。保管を頼む】

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