第12話 空が明日を分かつとも(12)
町に戻り、リマが回収してきたジャガイモの袋は、ヴィヴァーチェの予想通り五〇と三袋だった。
「もっ、もう毒イモにしてあるからさっ。これで何とか。ねっ。頼むよお!」
ハエのように手を摺り合わせて拝むと、リマは俺の隙を見て逃げた。
とっさにヴィヴァーチェが追おうとしたが、身体で阻んで止めた。
「はっ、くひひひっ。盗んでおいて頼むよ、かぁ。こりゃあ、呪い確定だぁ」
ヴィヴァーチェは愉しそうに声を弾ませる。でも目が笑ってない。怖いんだが。
イモ泥棒の犯人は複数。特定できない。奪られたイモは今ごろ転売されてる。盗難物の特定もできない。
俺も、少女をゴブリンから救い出せたことで、下町の住民と繋がりができたと悦に入ったところがあったのかもしれない。それ以上にエディナ様との朝食時間を過ぎていたから、ご機嫌を損なうことの方が気になっていた。
二兎追う時は一兎を捨てなければならない。今回は勉強代だ。そう思うしかない。
「マリアなんてガキ、ゴブリンから助けてやるんじゃなかったぜぇーっ!」
突然、ヴィヴァーチェが町に向かって叫んだ。
「よせ。もういい。それより積みこみを手伝ってくれ……ありがとな」
ヴィヴァーチェはいいヤツだ。俺は青年の肩を撫でて、二人で馬車に袋を積み込んだ。
五三袋の毒イモ袋をばらまいて町に戻った時、まだ日は沈んでいなかった。
城門付近で、あの冒険者たちが手を挙げているのが見えた。
「地下水脈に入れる場所を見つけてきたぜ。あと、ゴブリンが地上に出入りしていると思われる穴もな」
ゼラルドから地図を差し出された。
サツマイモに根が生えたような絵。イモ部分は楕円形で、そこから細い根が生えている。東西南北で合計八本。さらにそこが枝分かれしている。
その枝の周りに、バツ印がいくつもつけられていた。
「これって地下空洞を中心とした樹状分布か……潰せそうな巣はどれくらい?」
「いや、全部潰し済みだ」
「えっ?」
思わず地図から顔を上げると、ゼラルドは苦笑した。
「おれ達は冒険者だって言ったろ。ゴブリンの巣は見つけ次第、潰すのが義務だ。とくに冬場は穴の浅い巣は放棄されて、深い巣穴に移動するから戦闘せずに潰せる。それがその結果だ。六五だったかな」
「六五箇所も?」
「油を撒いて、火を付けるだけだ。森や枯れ草に類焼しないことだけ気をつければ、欠伸まじりでやれる。奥に続いているような穴はその奥で寝てる可能性があるから、急な反撃に注意が必要だが、三人いれば簡単だ」
感動で言葉が出ない俺をよそに、ゼラルドは静謐な面持ちで地図を指で叩く。
「それよりも問題は、地下水脈への入口だ。ゴブリンが数匹、見張りに立ってた」
ヴェッラ村の北側の丘を指さし、ゼラルドは言葉を継ぐ。
「ここに、川が?」
「ああ。二本ある。どちらも元々は地下水脈の一部だったようだ。それがこっちの東の川が途中から洞窟へ注いでる。水量もけっこうな量だったぜ。村人の話では、冬場でも水は凍らなくて、春先あたりから水量が増しはじめる。夏の手前から渓流になるんで、たまに様子を見に行ってるそうだ」
「積雪の量は?」
「そうだな。膝くらいだったかな。すぐ北はフレスヴェルグ山脈だからな」
「
ヴァッテンが爪割れて煤で黒ずんだ指で地図を指したポイントは、さらに北。
「距離は」
「一キールないくらいだって」
俺は下あごをもふった。
良いことも悪いことも起きた中でのゴブリン殲滅戦。
一ペニーの金にもならない。誰も褒めちゃあくれない。
それでも、俺たちは間違いなく戦うために結束していた。
§ § §
その夜──。
帝国行きの貨物輸送馬車の一団が襲われた。
馬車は六頭立ての四台。積み荷は食料品・家畜・雑貨類で、貴金属や鉄塊などの金目のものではなかった。
夜間巡回中だった警備隊がおびただしい血痕を発見した。
馬車四台は現場で発見された。だが荷物の家畜(豚三六頭、羊二四頭)をはじめ食料品が消失。また搭乗者十二名、護衛十五名、馬二四頭も死体さえ消えていた。
「それとね。クレマチスは、今頃から植え付けを始めれば、綿抜きの頃にはつぼみになってるかしら。日当たりの良い場所で、水やりは一日二回。土は軽石なんかを混ぜとくと水はけが良くなるわね」
──コンッ、コンッ。コンッ
ドアをノックされて、スコールがドアに近づく。
「どちらさまでしょう」
「
「伝えて参ります。しばしお待ちください」
スコールが戻って、魔法使いに伝える。
「何か深刻な事態が起きたようね。フレイヤ、スコールをお借りするわね。──ラルゴ。登殿の用意をしてちょうだい」
六男はこくりと頷いて、母に杖と手帳を渡す。それから水差しからコップへ水を注いで、そこへ一滴ハチミツを垂らす。
それからコップの縁を撫でるように手を回して唇を動かす。
すると水の中が青く光った。
(〝
養父シャラモンもやっている生活呪術だ。外出時にこれを飲めば、体内マナの巡りが良くなるという。
エディナはそれをひと息に飲み干すと、コップをラルゴに返した。
「スコール。先導を」
「はい」
スコールは廊下を歩き、ドアを開けた。
ドアの外ではスーツを着た文官が二名、恭しくお辞儀して見せた。
「エディナ・マンガリッツァ様でございますか」
「左様。この者は今夜、わたくしの護衛を務めるスコール・シャラモンです」
「はっ。畏まりました。それではこちらに」
宿の外に行くと、正面に貴族馬車が停められていた。
エディナの手を取って馬車に乗せ、スコールはドアを閉めようとした。カラヤン仕込みの作法によれば、護衛は馬車の外を走らねばならない。
「スコール。同乗を認めます」
「エディナ。慮外だぞ」
車内からカーテンを隔てて男の声がした。
「宮殿には参りません。馬車の中で伺いますわ。貴方様もお急ぎなのでしょう。シニョリア」
二秒ほど沈黙があって、車内の男性が折れたらしい。エディナ様がスコールを招き入れた。そして馬車は動き出す。
スコールは二人の顔を見ないよう、正面を見つめて座った。でも、ちらっとだけ相手の男性を見る。三〇代。もみあげの長い猿面だった。
「二時間前だ。帝国へ向けた輸送団が襲われた」
「……」
「当家が親しくしていた商家の積荷で、総額数百万ロット。貴金属を運んでいなかったことだけが幸いだが、運の悪いことにその商家が襲われたのは二度目になる」
「……」
「護衛は、余の手駒から腕利きを用意してやった。なのに、誰も余への報告に戻ってこなかった。誰もだ」
「……」
「今朝がた、
「そうでございましたかね」エディナはすっとぼけて見せた。
「気を悪くするな、エディナ。久しぶりに顔を見せたと思ったら凶報を告げるなど、余でなくとも聞き流したくなるではないか。そばにはスフォルツァもいたろ? ちょうど物資強盗の報告を聞いていたのだ。次から次へとだ。私にどうしろというのだ」
(それ聞き流しちゃマズいだろ。そこを判断するから、国で一番偉いんじゃないのかよ)
スコールは
「では、わたくしの報告に耳を傾けよと、スフォルツァ家からご注進がありましたかしら」
「エディナ……。頼むから機嫌を直してくれ。余が悪かった。ちゃんと聞くから」
「貴方様は昔から、わたくしにとり不遇な生徒でした。五日前にした授業を蒸し返しては翌日に十日前にした授業の内容を提出してくる。……ふぅ。それで、今朝の授業を蒸し返したからには、決断なされた答えは間違っていませんわよね?」
「うっ。まったく手厳しいな……。調査隊を派遣する。五名だ」
「殿下っ。わたくしは早急に討伐をと申したはずですっ」
温和なエディナがくわっと目を見開いた。
「今は僭主だ。陛下と呼びたまえ」
思考力不在の王様は、せめてそう言い張ることしかできないようだった。そこでスコールは推測した。貴族の馬車に同乗を命じられたのは、エディナが自分を
そういえば、朝から狼に高い酒を注文させてヤケ酒していた。この国のトップは鬱憤のたまる相当な劣等生らしい。でも、素直に笑えないんだが。
「まことに兵を出す予算がないのだ。内戦に次ぐ内戦にあった西方列強が仮初めの連盟を結んだ。雪解けを待って帝国を西から脅かしてくるだろう。そのために帝国は、東の侵攻を止める代わり、わが連合に物資供給を恐喝同然に迫ってきた。
他の僭主とも話をしているが、アウルス3世の御代は愚鈍な熊だったが、皇太子が摂政に就いてからは三面を持つ獅子となったのだ。ちょっとでも敵対を見せればたちどころに食われる。
余は余なりに国の行く末を考えておるのだ。そのために、ゴブリンに女子供が攫われたところで……大事の前の小事ではないか」
「殿下。〝
エディナは神妙な眼差しで元生徒を見つめた。
「崇高な大事をなす前の小事なら、それも致し方なきこともございます。ただ、小事と見過ごしたがためにできた小さな穴が、やがて殿下にも手に負えない災事となってこの領国に降りかからぬよう心からお祈り申し上げます。わたくしは、もはやヴィスコンティ家をお
「……エディナ」
「ですので、ゴブリンの件。わたくし達が収めて参ります」
「おっ。おおっ、まことか。ぜひに頼む」
両手を握りしめて、僭主陛下は神に祈らんばかりに顔を輝かせた。
「その代わり、正当なる報酬をいただきたく存じます」
「ああ、よいとも。いかほどを望む?」
「金貨二万八〇〇〇ロット。と、余剰被害の免罪」
「二万八……ううむ。相わかった。約束しよう。……時に余剰被害とは何だ?」
「数日の後に契約成就の報告をお持ちいたします。その時に調査隊を差し向ける場所を指定したしましょう。名誉もご辞退いたします」
「うむ。つまり余に手柄を渡すから後始末をこちらにせよ、というわけか。仕方あるまい。それくらいは引き受けよう」
僭主が馬車の壁をノックした。やがて馬車が止まり、ドアが開く。
目の前にスコール達が泊まっている宿の入口が見えた。
下車するエディナに手を貸して地上に降り立つと、惜別の挨拶もなく馬車のドアが閉まり、走り去っていった。
「あの。エディナ様。お訊きしてもよろしいでしょうか」
「なにかしら」いつもの温和な婦人に戻っていた。
「なんで、報酬が二万八〇〇〇ロットなんですか?」
「少なかったかしら」
「いえ、今回オレは係わらせてもらえないんで、ちょっとわからないですけど」
「ふふ、誰にも内緒よ」
エディナは宿の前で止まった。まるで少女のように軽やかに振り返る。
「彼はね。二万九〇〇〇以上の数を憶えられないの」
「えっ!?」
「面白いでしょう? 彼は十三の時にそれに気づけたから、今僭主でいられるかしら」
「気づけたから、僭主になれた?」
スコールは小首を傾げた。
「人はね。自分の弱さに早く気づき、克服した者から成長していけるの。だから、あなたもこれからいっぱい自分の弱さに気づいて、成長してお生きなさいね」
エディナは母の顔で微笑み、宿の中へ入っていった。
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