第5話 ホムンクルス会議(5)
「狼。吾輩に何か用があって来たのではないのかや?」
「聞きたいことが五つくらいあります」
「ふんっ、五つでいいのかや」
「ええ。他言はしません。本人達が知りたくなって、聞く覚悟がで来たどうかは俺が見定めます」
「ふむ」
「一つ、ティボル・ハザウェイとニフリートの関係。
二つ、交戦記録の記録者スコール・エヴァーハルトについて。
三つ、ウルダとニフリートが姉妹である経緯。
四つ、ニコラ・コペルニクスについて。
五つめは、俺が前世界で目にした、とある植物の研究論文を話します。それについての意見考察をお願いしたいのです」
「ふむ。話が長くなりそうじゃのぅ。──ヨハネス。あんたが壊した分の新しい水をもらえるかのぅ。あと、毒は入れるなよ」
「煮沸した水がいいですね。薬を飲んだ後なので」
「たかだか水に注文が多いぞ、お前たち……ちょっと待っていろ」
「あ、すみません。さっき兵士の方に人払いをかけてもらいました」
「私の兵士を勝手に使うんじゃないっ。まったく。戻ってくるまで話を始めるなよ、いいな」
細かいことまで念押しして、ムトゥ家政長は憤然と部屋を出て行った。
「ふん、えらそうに。そもそも水差しを投げた自分が悪いのじゃ」
「なんで怒ってたんですか?」
「艦底にできた亜空間の中に、〝
「それだけ? あっ……もしかして〝徨魔〟に〝ナーガルジュナⅩⅢ〟の所在座標を特定されていた?」
科学の魔女は悔しそうに唇を引き結んでうなずいた。
「おそらくニコラ・コペルニクスが〝ナーガルジュナⅩⅢ〟に現れたのも、そのことを確認するため。あるいはヤツらを駆除するためだったのかもしれんのぅ」
「そう、なんでしょうか? 俺が攻撃を受けた時、そんな態度はなかったように思いましたが」
「ふむ。そうかや……。では、どう感じた?」
「カルセドニーという女性の口を介して、自分の影を追ってきたら殺す、と」
「狼。この地へ来るまでに何をしてきたのじゃ?」
「帝国魔法学会と称する魔術師ギルドの分派サークルである〝黄金の林檎会〟という魔女の組織があって、別名〝黄昏の四魔女〟と呼ばれる魔女のうち二人の魔女に接触していました。〝星儀の魔女〟アストライヤ。〝秩序の魔女〟エウノミアです」
「ふん。この世界で大物と呼ばれる女魔術師どもじゃな。目的は」
「〝過去視の魔眼〟を持ち去った〝混沌の魔女〟ディスコルディアの目的が気になったもので、その答えを見つけるためでした」
「うっ。ディスコいや、その名前を呼んではマズいの。あやつは地獄耳で有名じゃ」
「そのようです。わざわざカテドラルターミナルまでやってきて、俺の両足に魔法で氷の杭を打ち込んで警告してきましたから。でも、そのおかげで一つの可能性にぶち当たりました」
「ニコラ・コペルニクス
「はい。この世界の魔女でありながら、あのダンジョン施設を熟知していた。とくに使い魔のカルセドニーから発せられたあの獣のような甘い臭いには、何度も覚えがありました。
しかし彼女が現れてもカテドラルターミナルの防衛システムが作動しませんでした。博士の時には散ざん警告をアナウンスしていたのに、です」
「ふむ。それは妙じゃのう。ニコラ・コペルニクスの遺伝子パターンなら、今も登録済みのはずじゃぞ。ゆえに、たとえあやつが魔女となろうとも遺伝子解析サーチが働くはずじゃ」
俺は鼻先を左右に振って、動かなかったことを強調した。
「カルセドニー。ニコラ・コペルニクス。その双方があそこで眠っているのであれば、名前がアナウンスされるはずです。なのに二人とも、それがありませんでした」
「二人とも……では、狼はどうじゃ。関係者以外の警告はあったかや?」
「俺は、この顔ですから……なると」
俺は下あごをもふった。
「〝不可視化〟でしょうか。カルセドニーの顔は魔法で視認できないようにしてありました。それでセキュリティの目を解析不能にして……」
ライカン・フェニアは一瞬考えて、かぶりを振った
「無理じゃな。顔を隠したくらいでは、あそこのセキュリティを
「死体……あっ。そういえば、俺、死んでました」
ライカン・フェニアは軽蔑の視線を投げかけた。
「はあ? 何をたわけたことを言っておるのじゃ」
「いやいやいや。本当ですって。ほら」
ライカン・フェニアに手を差し出した。脈をとってもらうためだ。
博士も察して、しかし面倒くさそうに手首に二指を載せる。その表情はすぐに怪訝へ変わり、軽い驚きへと達するのにさほど時間はかからなかった。
博士はベッドからよろよろと立ち上がると、俺の首筋にも指を這わせた。
「これは……確かに、お前はもう死んでおるの」
「実は、ただそれが言いたかっただけでは?」
ライカン・フェニアは納得がいかないようで、ベッドの上で腕組みすると小首を傾げ、それから俺の背後に回って、服をたくし上げた。
「これは〝
呼ばれて音もなくヘレル殿下が寄ってきて、軽く唸った。
「確かに見事だ。マナの相互連環交流に無駄がない。道理で狼頭からもらうマナが美味いと思った」
マナって味があるのか。
「ふむふむ。これは眼福じゃ。狼の秘密をとくと見させてもらったの。ヨハネスの凡人唐変木などに見せるなど、もったいないわ」
二人が拝みだしかねない感嘆を洩らした。
俺としては自分の恥部をまじまじと見られたみたいで、なんだか恥ずかしい。
「となれば、もしかするとカルセドニーはカテドラルターミナルに入った時点で、殺されておったのかもしれんのぅ」
服を直しながら、俺は博士の推測にうなずいた。
「確かにそれなら、遺伝子解析をされずに
「うん。しかしカテドラルターミナルに侵入するために、わざわざ死体を創り出すとは容赦がないのぅ。あやつの目的はわかっておるのか?」
「いいえ。俺への警告だけで魔法攻撃を受け、そのまま戦闘に入ったので目的まではちょっと」
「そうか。まあ、どうせロクでも……いや、一つあるな」
「なんです?」
「〝ニューロモルフィックシステム〟じゃよ」
「えっ。脳演算ッ!?」
正式名は、ニューロモルフィックシステムコンピューティング。
脳の
ニューロンはシナプス(積演算)、樹脂突起(和演算)、軸索小丘(活動電位生成部)、軸索(活動電位輸送部)から構成されている。
中でも不揮発性メモリを用いたニューロモルフィック集積回路が注目された。
ちょっと何言っているのかわからないだろうが、コンピューターは原則単一命令の直列処理しかできず、脳のような情報処理方式(並列処理)を模倣できたこのシステムは、発表された当時は画期的なアイディアだった。
「あそこは、ほぼ五〇〇〇体の各脳を
「それなら、ニコラ・コペルニクスはもう生きてる確定で、いいんじゃないでしょうか」
「確かにいよいよきな臭くなってきたの。しかし、あれだけの大容量をもってして、どんなテーマを予測しようとしておるのじゃろうな」
そこだよな。俺みたいな凡人では考えもつかない。
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