第7話 俺たちの戦いはこれからだ


「なあ、狼どの」


 数日経った、その日──、

〝爆走鳥亭〟の閉鎖が決まり、扉や窓に板が打ち付けられた。


 その玄関ドアへ山と積まれた花束の上に、少しやつれた顔のメドゥサ会頭も花束をささげた。

 帰りに、俺はメドゥサ会頭と二人で波止場沿いを歩いた。


「あのロジェリオは、私とカラヤンの婚約を、周囲も呆れるほど大泣きして喜んでくれたんだ。あれも真実ではなかったのかな」

「……」


「正直に言ってくれ。推測でかまわんから」

「……合図だったと思います。エディナ様をしいするための」


「ではなぜ、あの偽のタマチッチ夫人は、お母様(エディナ)のとなりにいながら、動かなかったのだ?」


「動きたくても、動けなかったんですよ。これのせいで」俺は牙笛を取り出した。

「笛?」


 メドゥサ会頭は怪訝そうに俺の手許を見つめてくる。知らないのも無理はない。彼女は花嫁衣装の支度で大広間にいなかった。


「俺は、カラヤンさんが会場から逃げ出すだろうと読んで、あらかじめマチルダさんに牙笛を持ってもらっていたんです。俺のこの口だと笛は吹けませんからね。


 その笛を合図に大広間のドアが一斉に閉じる手はずでした。


 暗殺者にしてみれば、計画実行のタイミングを計っていた最中に突然、笛が鳴って、部屋を塞がれたわけです。内心、相当に焦ったでしょうね。


 自分達の暗殺計画が発覚していたのか、このまま強行するか静観するかでとっさに迷ったはずです。


 そこで暗殺者の地金が出てしまい、ところをシャラモン神父に看破されたんです」


「司祭様が?」


「後で、式直前の情況をシャラモン神父から聞きました。最初に気づいたのは、娘のハティヤだそうです。彼女は、タマチッチ夫人とはあなたが自宅に連れてきた時に会っています」


 ハティヤは〝ペルクィン〟のバラの香りを普段から愛好していたのを憶えていた。


「でも、あの日。株仲間の調印式から婚礼という公の場に参列したにもかかわらず、夫人から〝ペルクィン〟の香りを感じなかったそうです。そのことを不自然に思い、父親のシャラモン神父に伝えていたのです」


 カラヤンの弟子は何もスコールだけではない。ハティヤは日常のちょっとした違和感も見逃さず、報告も怠らなかった。彼女もまた優秀な弟子だった。


 娘の疑念を聞いて、シャラモン神父も夫人を注視する。そのうちにいよいよ怪しいとみて、魔法で拘束しようとマナを動かした。周りを傷つけることなく瞬時に拘束できる魔法を知っていたからだ。


 シャラモン神父も、僧侶になって使わないと決めた魔法に、つい頼ってしまうのはこういう時なのだろう。


 さらにその魔法術式を起動させた波動を察知したモデラートが、敵の襲撃と誤認。拘束魔法とタッチの差で、先にレントの防御魔法が発動したそうだ。


 完全な計画失敗を覚ったウルダが窓へ逃げ、魔法の拘束からからくも逃れた。

 だが動揺したまま外に跳び出てしまったためにアンダンテが戻っていたことに気づけず、逃走にも失敗した。


 これらのことは、彼らが事前に示し合わせていたわけではない。


 ハティヤのちょっとした違和感が、ドミノ倒しとなって拡がった。その結果、婚約式は血で汚されることなく、幸福と歓喜のまま式を終えることができたのだ。


「確か、あの式が終わってすぐ、ロジェリオはいなくなったな」

 メドゥサ会頭の追憶に、俺はうなずいた。


「暗殺は不首尾に終わり、仲間を置いてさっさと逃げたのでしょう。ウルダという少女はその程度のコマに過ぎなかったわけです。

 しかし、理由もなくただ逃げたのではマンガリッツァに自分が怪しまれます。逃げながら町の中を走って祝いを口実にし、自分の店で振る舞い酒を行ったのだと思います」


 メドゥサ会頭は疲れた眼差しで、くすっとわらった。


「私の知っているロジェリオにも、そういうお祭り根性はあった。隙あらば、どんちゃん騒ぎが好きな男だった。敵にそこまで真似られた。実に……狡猾な連中だ」


「はい。俺もロジェリオの家族的な人柄を知っていました。だから花嫁花婿のために人々へ振る舞い酒をする意味をさほど深く疑えませんでした」


 今にして思えば、振る舞い酒は、結婚した新婚夫婦の親族が行うのが慣例だ。

 ロジェリオは双方の友人であり、振る舞われる側なのだ。


 それなのに結婚式も挙げてないうちから、勝手に一人で周囲に祝い酒を配って盛り上がるのは、慶事主宰者であるヤドカリニヤ家のメンツに先んじる行為。

 海賊を辞めても主人と仰いでいた本物なら、まずやらない背信行為を俺は不自然と見なくちゃいけなかった。

 反面、ロジェリオのバカ騒ぎが彼の人となりを知る友人らには、その先走りがとてもロジェリオらしくて掛け替えのない嬉しいことのようにも思えた。


「いずれにしても、彼と彼の家族を助けることはできなかったのが、残念です」


 そう締めくくると、メドゥサ会頭は地面に大きなため息を落とした。


「狼どの。まだわからないことがある。どこで暗殺の指示者がロジェリオだと特定できた?」


 俺は灯台を眺めて、


「ウルダの口封じに灯台へ向かった六人は、ツァジンへ行商に行く時、ロジェリオが俺の監視としてつけた連中でした。俺はカラヤンの名を借りて、彼らを使って〝爆走鳥亭〟の警護を頼んだのです」


 パラミダを警戒してこの世界で初めての指示した小隊だったが、見事に機能しなかった。当然だ。彼らは地元に根付いたウスコクでなかった。カラヤンの威光は届かない。そこに俺がリーダーの警護をしろなんて言っても、わからなかっただろう。


「その上で、式の三日前。ウルダが、スコールに本音を吐露していたそうです。『あんな宿で、眠りたくない』と」


「あんな宿? ……では、あの男はその時既に、シャクティとミーシャを?」


「はい。殺害していたのでしょう。男はロジェリオと入れ替わっていたことを彼の妻子に気づかれた。だから口封じのために殺した。


 ウルダは、自分の任務前に事件が起きたことを知り、関わり合いになるのを嫌ったのでしょう。それでも、男には自分の変装技術に自信があり、事件発覚はないと高をくくっていた。実際その通りでしたが、巡りめぐってウルダが告発したような形になりました」


 また、ウルダはミーシャと仲良しだった。暗殺者としてではなく一人の少女としての友達と、任務として殺した仲間の板挟みに苦しんでいたのかもしれない。

 あくまで、俺の願望だが。


「もはや我々は、彼らをいたんでやることしかできないな」

「はい」

「それにしてもっ、……ひどい婚約もっ、あったものだな~……くぅ~っ!」


 メドゥサ会頭は海を眺めながら空に向かって、のびをした。


「山は爆発するわ。自宅で要人暗殺は起きるわ。カラヤンや狼どのはバケモノと戦って死にかけるわ。オマケに親友家族まで。──畜生ぉっ! 私は本当にこのまま幸せになれるのか~っ!」


 やけくそ気味に海へ声を張りあげる。

 俺は、結果論の気休めだとしても、その背中に言っていた。


「今回、あなたとカラヤンさんの幸せが、唯一の救いだったと思います」

「うん?」


 彼女は長いポニーテールを狐の尾のようにふって、振り返った。


「襲撃は婚約式をする前に起きました。敵は、株仲間の調印式を目標にこの町へ潜り込み、暗殺を計画していたことになります。

 それも町の住人になりすますことが易々とできてしまう曲者くせものです。お先真っ黒な中で、お二人の〝間違いない気持ち〟が俺たちの希望になっていますよ」


「ふっ。そうだな。なら、くよくよしても始まらんか。希望になったからには、前を向き歩まねばな」

「はい」


 ただ、情報が集まる居酒屋の店主を押さえられていたことは痛恨だった。


 遅まきながらタマチッチ長官命令で、町を巡回する衛兵の数も増員されることになった。既に敵が要人暗殺に失敗し、この町に興味を失っていたとしても必要なことだ。


「メドゥサさん。ヤドカリニヤ商会の移転構想。少し遅らせた方がいいのかもしれません。カラヤンさんにも、そう伝えておいてください」

「狼どの……その、実はな。そのカラヤンのことなんだが、な」


 メドゥサ会頭は、急にモジモジと両手をいじり始めて、口ごもった。

 うそだろ。俺の狼の毛が本能的に逆立ち、トサカになった。

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