第21話 鬼雨(きう)の夜襲(4)

「おーっ、今のはやっと真っ直ぐに飛んだんじゃねえか?」

 サラーが額に手でひさしを作って、のんびりと言った。

 黄色の精霊が、俺が敷物代わりにしていた鹿革を巻いて砲身をかまえ、マナ供給役の俺とメドゥサ会頭の二人がかりで、薬室を抱える。


 俺の合図で発射したが、反動で二人とも後方へ吹っ飛ばされた。攻城戦用魔導兵器だけあって、とんでもない暴君だった。泥だまりから立ち上がるが、一射目にして下着までぐっしょりと水が浸透したので、今は尻の泥を払う気も失せた。


「ヘレル殿下。大丈夫ですか」


『三〇分休憩だ。貴様らの潤沢なマナで、三連射はちと図に乗りすぎたようだ。雨に任せても良いが、すぐに冷やさねば次は撃てぬぞ』


「了解です。砲撃停止、砲塔冷却!」

 俺のかけ声で、不良達が水たまりの泥水を一斉に砲塔へかけ始める。砲塔がまとっていた水蒸気はジュウッと音をたて、白煙となって立ち昇った。


「狼頭。敵の馬がこっちにお出ましのようだぜ」サラーが他人事の口調で言った。

「数、わかる?」

「んー。ありゃあ、七〇〇くらいかねえ。ここまで十三分ってとこか」


 こっちは二〇人程度でも、やっぱり手加減してくれないか。馬の全力疾走で十三分なら、距離は十三キロから十五キロ。雷鳴に合わせて放ったのに、バレただけでなく本気にもさせたらしい。ムカつくほど勘がいい。経験豊富な指揮官だ。


「サラー。いったん退こう。ヘレル殿下とともに後退を」

「お前さんはどうするかね」


「ここに罠を仕掛ける。時間はかからない。それよりもヘレル殿下を敵に奪われないようにしてくれ。俺たちの生命線だ。──メドゥサ会頭、手伝ってください」


「承知した」

「おい、狼っ! いつまでオレ達を雑用係にさせとく気だ!」


 パラミダが煮えたぎった怒声で突っかかってきた。あえて言うが、殿下に水をかけてくれてたのは他の不良達だ。コイツだけ何もやってなかった。

 俺は牙を剥き、包み紙を投げ渡す。


「あぁん? なんだこりゃあ」

「敵の騎兵がこちらへ来てるっ。数は七〇〇。俺は数を減らすための罠を仕掛ける。罠にかかった直後、お前らが討って出てくれ。タイミングはそっちに任せる。あと、それはビハチ城塞宝物庫の扉だ。一階に部屋が六つある区画の一つがそれだ」


「うっひゃひゃっ、おっしゃあ! おい、お前ら馬乗れぇっ! 斬り込み用意だ。目の前の邪魔なモンぶっ潰して、お宝おがみに行くぞぉ!」


 俺は馬車の荷台に飛びのると、ロープを肩にかけ長杭を両手に持った。


「狼どのっ、ヤツらをほうっておいてよいのか!?」

 荷台の外から前髪に滴をぶら下げ、メドゥサ会頭が身を乗り出す。


「話は後です。時間がありません。木槌を持って来てください。この道にロープを張り、追っ手の先駆の足を止めします」


「くっ……承知したっ」

「ハティヤ。スコール!」二人を呼ぶ。「ハティヤは、この馬車を下げて森に隠し、そこから射撃。──スコールは、森の中からこの道を迂回して敵部隊を偵察。敵本隊の所在が知りたい。くれぐれも見つからないように」

「了解」

「了解っ」


 急げ、急げ。雨の降りしきる中、俺は二本の長杭にロープの両端を巻きつけ固く縛る。高さは成人男性の腰より少し上の辺り。


「メドゥサさん。半分までっ」

「おおさ!」


 ウスコクの怪力姫の振りおろした一撃は、木の長杭が半分まで岩盤に食い込ませた。俺はすぐさまもう一端の長杭を持って反対側に走る。ロープが静かに張りつめた位置は、腰の高さより少し上。狙うは敵の騎馬ひざ。


「よしっ。メドゥサさん、馬車の方へ逃げましょう」

 俺は、松明たいまつを回して後方に罠完成の合図を送ると、ロープから少し離れた地面に捨てた。松明は松脂まつやにを使っているので、水の中にあってもすぐには消えない。


 明かりは周囲の闇を濃くする。松明ひとつで、ロープが濃闇の中にひっそりと沈むのだ。単純な罠ほど、目の色が変わっている敵に効果を発揮する兵器はない。


 俺はメドゥサ会頭の背中からこぼれる緑の光を頼りに、走った。


 アスワン兵站部隊の指揮官は、もうビハチ城塞に連絡を送っただろうか。

 まだ行ってないことを心から願った。


  §  §  §


 ズズン……っ。

 低い地鳴りと室内の揺れで、ジェヴァト特佐は目を覚ました。

 ベッドから飛び起きて上着に袖を通しているときに、部屋に副官が飛び込んできた。


「ジェヴァト特佐っ。一大事でございます!」

「何事だ」

「敵襲です。攻城兵器による攻撃です。〝イフリート砲〟が奪取されました!」


 ジェヴァト特佐は目を見開き、半瞬、声が出なかった。


「ソコプル護衛部隊からの連絡はっ」

「ソコプル、メンデレス両隊からの連絡はありません。ですが、西城壁はすでに半壊。倒壊した壁の下敷きになり城内守衛に負傷者多数」


「見張りはどこを見ていたっ!」


 部屋を飛び出し、廊下を走る。


(〝イフリート砲〟の輸送日程とルートが王国側に漏れていただと。ソコプル護衛部隊、メンデレス兵站部隊を含め、一万五〇〇〇が全滅したというのか?

 どれもあり得ない。その上で、〝キャノン〟奪取だけでは飽き足らず鹵獲ろかく運用されるなど、不可能のはずだ。はずなのだ……っ)


 何が起きているのか何もわからない。それでも手を打たねばならない。


「予備部隊をすべて叩き起こして西面へ向かわせろ。これは訓練ではないと言え!」

 そこへ、伝令将校が飛び込んできた。


「失礼しますっ。第5、第9、第11隊兵舎より急報。多数の幽霊に宿舎を占拠された由。至急、応援求むと」

「なにぃ?」

 このタイミングで、幽霊騒動とは何の冗談だ。


「兵に伝えろ。兵舎から逃げ出せたのなら、そのまま西の城壁へむかえとな。生きた人間の敵兵が入ってくるぞ、城塞を死守するのだ!」


「はっ」

「幽霊……まさか。おのれっ。敵はどこまで〝イフリート砲〟の情報を掴んでいたのだっ」


『ジェヴァト・ウサイン・イブラヒム。きみがこの城塞に留まる限り、死から逃れられないよ。アスワン帝国の繁栄を願うのであれば、ムラダー・ボレスラフを殺しておくべきだね。

 きみが尊敬してやまないあの自由騎士は、一国の王の星位ディグニティを持っている。望むと望まざるとに関わらず、彼の周りに有象無象の星が集まる。きみもその一人かもしれない。それって、アスワン帝国にとって毒じゃないかなあ。まあ、信じるも信じないも、きみ次第だけどさ』


「おのれ、アストライアぁっ!」

 なぜ私に託宣を聞かせた。

 彼の叫びは唐突な室内の圧迫によってかき消された。

 ジェヴァト特佐は、西──右の壁から熱い衝撃を感じたのを最後に、意識を刈り取られた。


  §  §  §


 俺はパラミダという男を甘く見過ぎていた。

 ヤツはヤツなりに海賊の策を持って、ここに来ていたのだ。


「突撃ーっ!」


 罠によって七〇〇の騎馬隊のうち先頭の数十騎が転倒し、混乱渋滞したところにパラミダは斬り込みをかけた。

 不良たちは、獣脂を布で巻き込んだ物に、松明で火をつけて敵の馬に投げつけた。火炎兵器の一種と言えなくもない。

 アスワン軍の馬は狂乱し、制御不能に陥った。そこに気を取られた騎馬から次々と血祭りに上げていった。


 遠巻きから眺めていても、彼らが俺をこの世界に飛ばしたあの〝フルヘルメットの狂人〟に見え、俺は震えが止まらなかった。


 結局、パラミダ達が何十人殺したのか知らない。どっちが負けてもいいように逃げ道だけは開けておいた。分が悪しと本隊へ帰巣されるのはマズいので、俺はハティヤに汚れ処理を頼むつもりだった。


 けれど、パラミダはそのことも感づいていて、本隊への連絡を許さなかった。人を殺すのが得意と豪語するだけあって、人が恐怖すればどう動くのかも熟知していた。

 アスワン騎兵が這々ほうほうていで潰走すると、騎馬海賊たちは疲れるどころか猛り狂い、兵站本隊へ流れ込んだ。


 この夜のパラミダにはツキがあった。


 のちに、兵站部隊の指揮官二名が、砲撃の直撃や落石に当たったことで死亡。同崩落により三〇〇人近い負傷者が出ていた。無事な人員の大半がその場を逃げ出したらしい。

 そのことを知らない騎馬海賊は、瓦解寸前の部隊に叫びながら突っこんだ。


「ネヴェーラ王国騎士団五〇〇〇が、お前ら異教徒を地獄へ落としに来たぞ。命が惜しければ、地に伏せよ。地に伏せよ!」


 パラミダは生まれる家を間違えたのかもしれない。散発的に抵抗する兵士から次々と斬り伏せて、あれよあれよという間に護衛部隊の残存兵は戦闘不能。すべての〝魔導砲〟奪取に成功した。


 そこで俺は六五門の半分に当たる〝魔導砲〟の精霊を解放した。

 解放後、彼らはすぐに主従契約を結ぼうとしてきたが、俺は自由契約を結んだ。

 契約解除は双方から行えて、双方の合意で成立すること。立場は主従ではなく、友人であること。俺は城からカラヤン・ゼレズニーを救い出せれば目標は達成するので。そこでいったん区切りとして、自由放免にすることを約束した。


 その談合の結果、一夜限りの〝魔導砲小隊〟が組織された。

 四柱の精霊に瓦礫の撤去を頼み、他の三〇柱の精霊に〝魔導砲〟を持たせて、ビハチまで運搬させた。

 そして、俺とメドゥサ会頭で〝魔導砲〟にマナを充填していく。

 発射号令は、俺だ。メドゥサ会頭は五門目のマナ充填後、軽いマナ欠乏症を訴えて貧血を起こしてダウンした。やはり詠唱痕タトゥと魔法血統だけでは無茶があったようだ。残りを俺だけでリンゴやチーズをかじりながら充填した。アスワン兵は案外、良い物を食ってる。


「──ぇっ!」


 消防ホースから水が噴き出すような発射音とともに、三〇の霊光弾が夜空に放たれた。

 前のヘレル殿下で試した時に、弾道は平射だとわかった。平射とは弾が真っ直ぐに飛ぶことをいう。放物線を描く弾道を曲射といった。

 魔導弾は、空気抵抗からの失速による下方落下をしない。レーザー弾みたいなものだ。射程距離を気にしないでいいのは便利だが、もう次弾分のマナはない。


 ビハチ城塞は小高い岩丘の上にある。打ち上げコースだった。

 放射角は五〇度に設定て発射。城壁に次々と着弾するや、西城壁はあっさりと倒壊。その背後の城館で爆発した。

 また、一番遅れて発射された弾道が、城館の三階部分に着弾した。

 その時の俺は、あの辺はジェヴァト特佐の居室だったな。くらいにしか気づけてなかった。


「宝物庫の中身は、オレ達がいただいきだあ!」

 パラミダと手下達が騎馬を駆って丘陵を駆け上がり、濛々と砂煙をあげる城壁の中へ吶喊とっかんした。


『狼頭。余も出るぞ。我らを開放せよ』


 ヘレル殿下まで精霊の血が騒いだらしい。俺は急いで三〇の薬室を解除する。正直、魔法使いでもない魔改造人間だけのマナ充填ではもう初弾が限界だと思っていた。

 他の薬室から出てきた精霊たちは煙なのに、ヘレル殿下の薬室からは赤い炎が立ち昇った。


 それとともに、周りの精霊たちがにわかに騒ぎ出した。

 殿下は真っ赤な炎をまとったオレンジの熾火青年となって現れた。その煌煌しい姿に、俺は息を飲んだ。


 六七の精霊たちは口々に〝イフリート〟を唱和し、殿下に向かって片膝をついた。サラーだけでなく、あの女子高生ジンニーヤまでだ。


「同胞たちよ。人に後れを取るまいぞ。我らを狭い鉄棺に閉じ込めた報い、敵兵に馳走してやるのだ。我に続けぇ!」


 ヘレル殿下を先頭に、〝魔導砲小隊〟が城へ取り憑いていった。

 俺はしばし、どうしていいか分からないほど途方に暮れた。

 わずか二〇騎ばかりの夜襲で、堅牢な城が落ちようとしている。


 出来過ぎだ。こういうのを奇蹟とか天佑とか言うのだろうか。

 だったら誰が起こしたのか知らない。知りたくもなかった。

 まだ、朝は来なかった。


   §  §  §


 ──ジェヴァト……ジェヴァトっ!

 乱暴に揺すられた。目を開けたつもりで闇は晴れず。たっぷり五秒かけて光が戻ってきた。

 焦点が合ったのは同僚の顔ではなく、個人的に捕虜にしたはずのハゲ頭だった。


「ムラ、ダー……? ここは……」

「お前の執務室だ」


 こんなに散らかった部屋だったろうか。それにしても寒かった。ぼんやりと考えてジェヴァト特佐は心臓よりも脈打っている右腕に目を向けた。

「……あっ」


「お前は運がいい。おれのおかげで、お前は命は拾ったぞ」

「ムラダー。私は……もう終わりですよ。ほうっておいてください」


「だめだ。ここで生きてるのはお前だけだ。その幸運におれ達もあやからせろ」

「……」

「で。早速で悪いんだが、お前にはここで死んでもらうことにした」


「意味が、わかりません」

「カラヤンさん、ありました」


 執務デスクの影から狼頭が顔を出した。あの手代だ。

 そういえば、昨夜はアイツの遠吠えで城壁が騒がしかったと報告があった。からかい半分で追い払おうと火矢を射かけたら、魔法矢を射返された、と。現場が危険視するので、捜索を許したが結局、捕まらなかった。


「ジェヴァト特佐。こいつが、宝物庫のカギでいいんだな?」

 つきつけられた黄銅製のカギを見せられた。赤い宝石が入っている。だが答えられるわけがない。


「よし。それだ。狼。撤収だ。先に行け」目の色を読まれたか。

「了解です」


 狼頭が先導して部屋を出て、廊下に人が来ないか周囲警戒する。

 ジェヴァトはカラヤンの肩に担がれた。


「ムラダー・ボレスラフ。私はこの城塞指揮官です。ここで死ぬ義務がありますっ」

「ああ、そうだな。だからお前の死体は、ほれ。そこにあるだろ」


 そう言って、視界が一八〇度回転すると、壁にもたれてうなだれている将校がいた。顔は焼け焦げて潰れていた。右腕がない。軍服は自分のだった。

 この男のやろうとしている欺瞞ぎまんに気づいて、急にカッと意識がはっきりした。


「ムラダー・ボレスラフ。お願いですっ。後生です。私をここで死なせてください」

「残念だったな。うちは人材事情が厳しくてな。お前の能力が欲しい」


 欲しいと言われて、不覚にも心が揺れた。


「城ひとつ守れぬ敗将など……一体どこの国が必要とするというのです」

「国じゃねえよ……〈ヤドカリニヤ商会〉だ」

 英雄はジェヴァトを担ぎ直して走り出した。


  §  §  §


「あっ、いやがったな狼頭っ。テメェっ」

 出会い頭に一階で見つかったのは、知り合いの不良だった。

 牧場から〝魔導砲〟まで道案内してくれた兄ちゃんだ。


 宝物庫の扉が不良達に開けられないのは知っていた。カラヤン救出に動く俺を捕まえて、鍵を開けさせようとすることも。

 俺は、周りを警戒しながらちょいちょいと手招きして、彼を呼びこむ。


「ちょうど良い所で会いましたね。俺たちは運が良いですよ」

「あぁん? 何言ってんだテメェ! んなことより──」


 皆まで聞かず、俺は彼にカギと暗証番号の羊皮紙を差し出した。


「例のカギです。たった今、三階の指揮官の部屋から盗んできました」

「えっ……ま、マジか」しげしげと羊皮紙を覗きこむ。


「パラミダとの取り決め通り、俺たちはここから撤退を始めまています。だからこれは、手柄ですよ」


「おっ、おおう。マジか……。わ、わかったぜ。任せろ。気をつけて帰れよ」

 俺は彼に手を振って見送った。……ふっ。ちょろいな。


「サラー」

「あいよ」

「ヘレル殿下に、目標達成。撤収すると言ってきてもらえるかな」

「承知した」


 城内の精霊たちがいなくなれば、逃げたアスワン兵は戻ってくる。それまでに宝物庫の財貨を持ち出せるといいな。パラミダ。

 ただし、カギは三本だ。くさび形文字式も羊皮紙に上下も左右の区切りも描かれてなかった。初見でも試していればそのうち合うはずだ。そのうち、な。

 あーばよ~、達者でな~。

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