第313話 幼馴染ちゃんは歌いたい
「ソワソワしてるな」
「だ、だってぇ……」
バラバラになったパズルを作り直して、廊下の壁に飾った日の翌日。それまで余裕だと言っていた早苗が、ソファーの上でオロオロとし始めた。
今日はクリスマスイベント当日、つまり早苗の晴れ舞台だ。だから、落ち着きがないのも頷けるのだが……。
「だからって、ずっと引っ付かれてるのも困るんだよな」
早苗は10分間ずっとハグしてきている。俺の胸に顔を埋めると落ち着くんだとか。別に嫌な訳じゃないが、あからさまに匂いを嗅がれたり頬ずりされたりすると、さすがに俺の方が落ち着けなくなる。
「トイレに行きたいから一旦離れてくれないか?」
「あおくんは私に死ねというの?」
「お前は俺を社会的に殺そうとしてるよな」
今はまだいいが、いづれ尿意は限界に達するだろう。もしもソファーの上でその時を迎えたのなら、俺は一生咲子さんの前で頭を上げられなくなる。愛する従妹達にも顔向けできないだろう。
そうなれば、俺はもう死んだも同然だ。いや、いっそ殺してくれと嘆くまである。
「てか、いつから俺のハグはそんな重要なものになったんだよ」
「ずっと前からだよ?私、あおくんと離れると死んじゃう」
「お前はどこのメンヘラ女だ」
現実じゃ見たことないから存在するのかは知らんが、いつか早苗から大量の改行の末に『さようなら』とだけ綴られたメールが届きそうで怖い。
悲しみの向こうへGo toさせられないように気をつけないとな。
「とにかく、トイレだけは行かせてくれ。普通に限界だ」
「わかった……すぐ帰ってきてね?不安で枕を涙で濡らしちゃうから」
「わざわざ2階のベッドで泣けるくらいなら、まだ余裕がありそうだけどな」
「もぉ、細かいことに突っ込まないのっ!」
めっ!と人差し指だけを立てて、可愛らしく怒る早苗。俺は彼女の頭をわしゃわしゃと撫でると、「すぐ戻るから、鼻歌でも歌って待っててくれ」と言い残してソファーから立ち上がる。
直後、意外にもあっさりと鼻歌を歌い始めた早苗に、「……聴けたもんじゃないな」という感想を持ったのは秘密だ。
幼馴染という距離にいても、鼻歌を聞くことなんてほとんどないが、違和感を感じるのは早苗が歌は下手じゃないところなんだよな。
歌の上手さと鼻歌の技術は全く別物ということだろうか。誰か、論文書いて提出してくれ。
「意地悪なあなたも嫌いじゃないよ〜♪げっちゅーげっちゅー!あなたのハート♪」
トイレを済ませて部屋に戻ってくると、鼻歌はガチ歌に進化していた。どうやら俺が入ってきたことにも気付かないほど熱唱しているらしい。
俺は邪魔するのも悪いなという気持ちと、もう少し聴いてからいじってやろうという気持ちとを心の中にそっと潜めて、ソファーの横のカーペットの敷かれた床の上に寝転んだ。
肌触りがもふもふしていてすごく気持ちいい。みんなが素足で踏むところだから……なんていう指摘は受け付けないぞ?
定期的に洗われているし、踏んでると言っても咲子さんや早苗、茜と葵だろ。足臭属性がある訳でもないし、別になんとも思わないな。
「体がなくても恋はでき〜る♪死んでるからって乙女は乙女♪」
そうこうしているうちに、早苗は2曲目に入ったらしい。この曲は確か……最近1期が終わった『同居中の幽霊が婚姻届に実印を押したがっている』という15分アニメの主題歌だった気がする。
俺はアニメを見ても歌は飛ばす派だから、そのあたりはあまり覚えていないが、『をにがの』や『ゆうこん』などの略称で親しまれていたあの作品は、なかなかに良作だった。
序盤のストーリーとしては、いいバイトがあると先輩にそそのかされた主人公が、そのバイトの内容として幽霊の出るアパートの一室に住み始めるところから始まる。
おどろおどろしい雰囲気に、怯える主人公の描写。初めこそホラーかな?なんて勘違いしてしまいそうになるが、部屋に取り憑く幽霊の幽々子さんが婚姻届を握った姿で現れてからは、実にほのぼのとした日常路線にもどる。
1話では幽霊がいることに怯えていた主人公だが、家事ができない自分の代わりに全部やってくれる優しい幽々子さんに少しずつ心を開いていき、やがて死んだ時の後悔のせいで部屋から出られない幽々子さんを助けたいと思い始めた。
でも、どうすれば地縛を解けるのかなんて知らない主人公は試行錯誤の末に、オカルト部に所属しているクラスの目立たない女子の助けを借りることで地縛を解除。
晴れて自由の身になった幽々子さんだったが、主人公とのデートで遊園地や買い物に行った後、満足したような顔で主人公に別れを告げ始める。
『自分は満足してしまったから、もうあの世に行かなくてはならない』と。
行かせたくないと薄れていく体を抱きしめる主人公。それでも昇天は止まることはなくて――――――――――。
『ねぇ、婚姻届に実印を押して……』
『ごめん、今は持ってないんだ』
この会話を最後に、幽々子さんは高く高く昇って行ってしまった。
これでバッドエンド……かと思いきや、家に帰った主人公は、なんとキッチンの前に立つ彼女の姿を見つけたのだ。
『えへへ♪地縛が復活しちゃって、強制的に帰宅させられちゃったみたい……?』
『なんだよ、召されたんじゃないのかよ!』
口ではそう言いながらも嬉しそうに笑い、最後は2人が抱き合う1枚絵で第1期は終わりを迎えた。
15分アニメなだけあって少し早足ではあったが、その中に良さが凝縮されていて、時間の無い人にもおすすめできるアニメだと俺は思う。
原作は四コマ漫画集という形の単行本でまだまだ続いているらしく、グッズの売上によっては2期の制作早まるらしい。
是非ともオタクの人たちには、アニメーション界に貢ぎまくって頂きたいな。
そんなことを思いながら1人でニヤニヤしていると、ポンポンと肩を叩かれる。
なんだよ、今楽しく自分の世界に浸ってるところだってのに……と振り向くと、そこには耳まで真っ赤にした早苗が立っていた。
「あ、あおくん……いつ戻ってきてたの……?」
声が少し震えている。もしかして、羞恥のあまり怒らせてしまったのか?
「…………イマモドッテキタトコダヨ?」
「間があるもん!信じられない!間があるもん!」
大事なことは2回言うもんだが、そんなに指差しながら問いただすみたいに言わなくても……。
「もぉ、ひとりの時にボカロ歌ってるのバレたぁ……」
「え?アニソンだろ?」
「バッチリ聞いてるじゃんかぁっ!」
「あっ……」
こいつ、巧みな誘導で俺に事実を吐かせやがった。こういう時だけはずる賢いやつなんだから。
「……今、失礼なこと考えてたよね?」
「イヤ、カンガエテナイヨ?」
「嘘つく時にカタコトになるのバレバレだから!」
くっ、上手く騙せていると思っていたのに、見破られるとは……。早苗も頭が少しずつ成長してるってことなんだろうか。
「あおくんもここで歌って!私だけ聞かれてたなんてずるいもん!」
「それはお前が勝手に歌って―――――――」
「がるるる!」
「わ、わかったわかった……」
八重歯を見せながら威嚇してくる早苗犬に、俺は仕方なく言うことを聞くしかなかった。
彼女の差し出してくるマイクに見立てられたリモコンを握り、「歌といえば……」と浮かんできた曲を歌い始める。
「千の風に〜千の風になって〜♪」
「選曲が渋い!?」
早苗に『もっと盛り上がるのを!』と怒られてしまったが、すぐに取り出せる曲の脳内ストックがあれしか無かったのだから仕方がないと思う。
でも、久しぶりにカラオケの楽しさを思い出したし、また笹倉や早苗を誘って行こうかな。その時はカラオケ好きな唯奈も――――――――って、それは塩田に悪いか。
きっと、今晩には2人は結ばれてる可能性が高いしな。
……塩田、男になれよ。
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